7 ユージュ様の秘密 其の一
ユージュ様とのお見合いディナーが終わって、私は自分の部屋に帰る途中でブロディンに話しかけたわ。
「ブロディン、確認したいことがあるんだけど」
そう言うと、ブロディンは私の意図をすぐに理解したようだった。蟀谷を指さして、頷いた。
「俺は、この屋敷に着いた時からです」
「やっぱりそうなのね…! 実は私もなのよ」
アメリとジオツキーは、わからないという表情で顔を見合わせている。
蟀谷がジリジリと疼く様な感覚。
これは、あるレベル以上の魔力を持つ者だけが感じることのできる感覚で、聖魔術以外のものが在るときに感ずるものなのだ。
先刻から感じている蟀谷の疼きは気のせいだと思いたかったけれど、ブロディンにも同じ感覚があることを知って、何かがこのお屋敷に在ると認めざるを得なくなった。
聖魔術以外の何かって……?
そうなると、あのノートルという秘書の存在が、どうしても気になってくる。
けれど……今の私には、それ以上わからなかった。
「お嬢、何かわかってきたら、教えてください」
「ええ。多分明日にはもう少し視えるようになるから」
実は、私には特別な力があるの。
それは「月の加護者」と呼ばれている、限られた一部の者が持つ珍しい現象。
魔力の有無や程度は、ほとんどは生まれつきのものなのだけど……一つ、例外があって、それが「月の加護者」なのだ。
月が満ちると、それに合わせて魔力が増幅していくの。そしてこの増幅された魔力は、特級魔術者には感知され難い(特級魔術者は相手の魔力レベルを感じられるのよ)という特徴がある。そういった特殊な魔力のため、国によっては月の加護者は軍事利用に使われることがあるそうよ。幸いトゥステリア王国は平和なので、そのようなことは無く、月の加護者は聖殿に仕えるよう推奨されているわ。
だから、一般的には月の加護者であるということは、身の危険が伴うので伏せておくのが賢明とされている。
私の場合も以下同文で。
だから、私のごく親しい者しかそれを知らないのよ。
聖魔術以外の何かがあるとわかって、その夜はジオツキーとブロディンが交代で私の部屋を警護してくれることになった。
私は王宮の自分のベッドよりは小さいけれど、充分に広くて柔らかなベッドに横たわりながら、雨で濡れる窓を何となしに見ていたわ。
今夜はお天気がよければ、上弦の月が見えたはずだった。
ユージュ様とのお喋りはとても楽しかったわ。もっとユージュ様とお話してみたいな、と思う。
優しい雰囲気になんだか安心するし。こんなにちゃんとお相手の方とお話しできたこと、今まであったかしら…と思うと、この先が楽しみになったわ。
…ただ、蟀谷のジリジリした疼きはずっと感じる。
それが何なのか。
やっぱりあの秘書と何か関係があるのかしら……
他にも気になることと言えば、…この屋敷の使用人は少なすぎる。
トマスとキャシー、他に数人しか見当たらなかったわ。
でもこの客間は綺麗に掃除が行き届いてるし、問題は無いのかな……
と考えていたら、なんだか瞼が重くなってきて……
なんだろう、何かが変なのでは……?
あれこれ気になることはあれど、昨日からの旅の疲れもあって、私はあっという間に深い眠りに落ちてしまった。
明け方、夢を見た。
嫌な夢だった。
私は何者かに追いかけられていた。
必死に逃げる私。
走り続けて息も続かず、つんのめって転ぶ。
私は巨大な黒い手に掴み取られると、そのまま放り投げられる。
「ジャマモノメ…」
黒い手の思念なのか。
私の身体は落下していき湖面に激しく体が叩きつけられると、
そのまま湖の底へと沈んでいった……
変な夢を見てしまった。
朝早くに目が覚めてしまったわ。
ベッドの上でぼうっと座り込んでいると、だんだん頭が冴えてきて、部屋の中に朝の光が差し込んでいることに気が付いた。
雨は止んでいた。
窓ガラスはまだしっとりと濡れていたが、明るい光を反射していた。
目覚めも悪かったし、朝の新鮮な空気が欲しくなって、私は窓を開けてみたわ。
そうすると気持ちよい空気が風に乗って、部屋に一気に流れ込んできた。
窓の外を見れば、眼下に広がるのは美しい湖。向こうには白樺林が広がり、小高い山の上には薄桃色の朝焼け!
昨日までの雨のせいで朝霧が立ち昇っていて、とても幻想的だったわ。
キャー! まさに絵画! 綺麗!!
これこそ湖水地方なのね!!
悪夢のことなんかすっかり忘れて風景に大興奮した私は、まだ寝ているアメリを起こしに行った。
私の部屋と隣室の侍女用部屋はドア一枚で繋がっていた。
「ねえねえアメリ、起きて! すごい綺麗よ!」
早朝に起こされたアメリはたまらない。目をこすりながら主人に言われるままに仕方なく起き上がると、窓から外の景色をぼーーーっと見る……
と、途端にいつもの団栗眼になった。
「うっわ~! すんごい綺麗!!
ほらっ、フェリカ様、やっぱり湖水地方に来て正解でしたね~!」
……アメリ、確かここに来るの反対してたわよね?
あまりに素敵な風景に感激したアメリと私は、早朝散歩をすることにした。
私たちは早速支度をした。
お見合い二日目の私は、昨日の二着とはまた違う雰囲気の薄水色で半袖のシンプルなドレスにしたわ。スカートの裾が異素材の生地で仕上げてあって、私のお気に入りなの。女性側ってと色々と気を遣うわよね?
部屋のドアの前ではジオツキーが警護していたので、彼も散歩に付き合わされることになった。
正面玄関に近い、とある部屋を通り過ぎようとしたときだった。
その部屋の中から、言い争うような声が聞こえてきた。
ユージュ様の声だったわ。
私たちは驚いて足を止め、息を潜めて部屋の中の様子をうかがった。
「もうお約束をしてしまったからね、しばらくはお泊めするよ」
「早々に帰らせるんだ」
鋭い声は秘書のノートルだろう。
「いつものように言うとおりにすればいい」
「お断りはできないよ?ノートル。それこそ不敬罪にも値するからね」
なぜだか震え声のユージュ様。
そのユージュ様に対する答えは聞こえてこなかった。
ノートルは何も言い返せないようだった。
「ノートル、何を恐れることがあるんだい? おまえが一番わかっているじゃないか。どうせ私はここから出られないのだから」
震える声で挑発するその物言いは、昨夜の優しいユージュ様とは別人のようだった。
これ以上ここにいると、部屋の中の人物と出くわすかもしれない。
私たちはお互いに目配せをすると、気づかれないようにそうっと自室へ戻った。
いったい何が起きているのかわからなかった。
だけど私は、もう外に出かける気分はすっかり消え失せてしまっていた。
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