5 ワケアリのお見合い
宿駅の個室は基本的に素朴な四人掛け木製テーブルと椅子、それに簡易ベッドにもなるソファが一つあるだけの部屋だ。もっと豪華な部屋もあるけれど、私は目立ちたくないのでこういう部屋で休憩を取ることが多いのよ。
後から合流したジオツキーと一緒に、私たちはさっそく食事にありついた。
ブロディンががっかりして、ソテーされた鶏腿肉の脂をよけながら食べている。本人いわく鶏胸肉がよかったそうなのだけど、胸肉メニューは無かったのだ。彼がこんなに胸肉好きだったとは知らなかったわ。
それでもがっつり何皿も食べているブロディンに比べ、ジオツキーはスマートに食事を終えて、ナフキンで口の端を拭う。アメリと私はずっと馬車の中にいて動いてないので、女子的にはやっぱり軽くサンドイッチで済ませたわ。
「湖水地方までは、あとどれぐらいかしら?」
「ここからは二時間ほどかと」
ジオツキーは懐中時計を見ながら答えた。
アメリが食後の紅茶を飲みながら、私に疑問を投げかける。
「それにしても、どうしてウフダム侯爵様は湖水地方の別邸で、フェリカ様にお会いすると決めたんでしょう? 侯爵様のお屋敷なら、この中心街に本邸がありますよね?」
湖水地方には、ここからさらにカム渓谷方面へ二時間かけて行かなくてはならないので、アメリの言う通りである。
「ウフダム侯爵様は、湖水地方の別邸でいつもお過ごしになっているみたいなのよ。あの有名な水と緑豊かな湖水地方でお会いできるなんて、なんだかロマンチックじゃない? しかも別邸にご招待もしてくださるのよ?」
私は胸の前で両手の指を絡める。
そう、この領地を治めているウフダム侯爵様が今回の私のお見合い相手。
数か月前、私はウフダム侯爵様にお見合いを打診する一通の手紙(釣書同封よ)を送ったの。
数年前、私が二人の婚約者を亡くした後、トゥステリア王国のこれはと思えるほとんどの貴族男性には、釣書を送ってお見合いの打診をしていたのだけど(その方達からのお返事については……お願いだから質問無しで頼むわね?)、その当時ウフダム様は、ちょうどお父様を亡くされて爵位を継いだところだったので、お相手候補の対象から外れていたのだ。
数か月前にお相手候補のリストを見直していたら、ウフダム侯爵様のお名前を見つけてね。それで改めて白羽の矢を立てたのよ。
ええと、裏事情が生々しすぎるけど、お見合いなんてみんなこんな感じよね?
あまり詳しくは言いたくないけど私が送った手紙は、今度ウフダム領の産業発展に貢献しそうな貿易品の視察に行くので、お見合いもいかがでしょう? 的な内容になってるわ(前述参照よ)。
そんな私のお手紙にもかかわらず、というかだからこそなのかもしれないけど、驚いたことにウフダム侯爵様からは快諾のお返事がいただけたの! 湖水地方の別邸でお会いするだけでなく、数日間宿泊もさせていただけるのよ。
湖水地方はカム渓谷の手前にあり、トゥステリア王国でもっとも美しい風景だといわれている場所よ。延々と広がる小高い山、点在する森や湖、蜂蜜色の石造りの家々が並ぶ様はまさに絵画の世界で、王国民からは保養地として昔から親しまれているわ。
「湖水地方がステキだっていうことは私も良く知ってますよ? でも王都から丸二日ぐらいかかるし、それなら早く到着できる中心街のほうが、お相手には親切じゃないでかしょうか?」
アメリは主人である私への待遇を考えてくれているのだ。
実はそれには理由があるの。ウフダム侯爵様から手紙を受け取った私は知っている。
……それは皆には言わないほうがいいと思っていたので、内緒にしていたの。
「もうそんな硬いこと言わないで? アメリ」
私は焦って、アメリの気を逸らそうとしてみる。
「別邸がすごくご自慢なのかもしれなくてよ? ここまで来たからには湖水地方の美しさを見てほしいとか…?
それにね、ウフダム侯爵様はとってもお優しくていい方のようよ? 社交界でも悪い噂は無かったというし」
私は更に続ける。
「なによりも、ウフダム侯爵様は私がお送りしたお手紙に快くお会いしましょうとおっしゃってくださってるのよ?
考えてもみてよ、こ~んな貴重な方は滅多にいないわよ? そう思わない? ねっ?」
まあ私も正直お返事をいただいたときは夢かしら?と思って、手紙を三回も読み返しちゃったもの…って。
あれ? なんか私、気づかず自虐しちゃってない?
「それはそうですけど…」
とアメリはちょっと不満げだったが、
「そうですね、私も細かいこと考えすぎました。お会いしてくださる方なのですものね」
と納得してくれた。
ああ良かったと、胸を撫でおろしたのも束の間、私たちの会話を黙って聞いていたジオツキ―が口を開く。
「私は遠い湖水地方で結構ですが」
馬車の運転大好きなジオツキーが、案の定、私が気づいて欲しくないことを言いだした。
「ただフェリカ様は先ほど、ウフダム侯爵様はいつも湖水地方で過ごしているとおっしゃいましたね?」
「……ええ」
「中心街の本邸とかなり離れた湖水地方に住まいながら、果たして公務を滞りなく遂行できるものなのか、と」
ジオツキ―は、切れ長の目と眼鏡をも光らせて鋭い意見を言う。
「どんな若造なのか、このジオツキー、大変気になります」
自分より身分が高い者を若造呼ばわりする辛口のジオツキーだが、彼は小さい頃からの私をよく知っているので、実の娘のように感じているのだそう。
父親よろしく、お相手男性を判断しようという気持ちからの発言なので、聞き流すことにするわね。
私が皆に内緒にすることで、ウフダム侯爵様が不信感を抱かれてしまうのは申し訳ないわ。
ウフダム侯爵様はきちんと手紙に書いてくださっていたのに。
別邸にいらっしゃるのは、仕方がないことなのよ……
私はウフダム侯爵様を理解してもらいたかったので、内緒にしていることを話そうと決めた。
「……実は別邸でお過ごしになっているには理由があってね」
私は膝にかけたナフキンを指先でいじりながら、ごにょごにょと口籠る。
歯切れが悪くなった私をじっと見ている三人の視線が痛い。
私は白状した。
「あのね……ウフダム侯爵様は…湖水地方では静養をされていて……お体の具合がすぐれないので……外出がご無理なんですって」
「「「…………」」」
三人の表情が、固まってしまった。
そこに誰もいないかのような、長い長い沈黙が流れ……
……沈黙に耐え切れなくなったブロディンが、喉を引き攣らせて呟いた。
「フラグ!?」
しかと聞こえたわよ!? ブロディン!
中心街の宿駅を出発する頃、先程まで出ていた日差しは鼠色の雲にすっかり遮られていた。山のほうからすでに雲が下りてきて、空気が湿気を帯びて冷たく変化していた。
そして馬車に乗り込むと、……馬車内も外同様にひんやり。
これは空気ではなくて……アメリが怒っているのだ。
「そんな大事なこと、なんで私に黙ってたんですかっ?」
と宿駅でめちゃめちゃ怒られて、あれから口を利いてくれない。
それでも宿駅では私の着替えを手伝ってくれた。
お見合いは初対面の印象がとても大事よね。初対面はやっぱり清楚な印象がいいかなって。
なので私は、柔らかなクリーム色のワンピースドレスに着替えた。
襟元や袖とスカートの裾には細やかな白い絹のレースが幾重にもついていて、シンプル過ぎず少し華やぎも感じられるデザインよ。この微妙なバランスが難しいのよね。
……ワンピースドレスは素敵なのだけれど、今はとても気まずい雰囲気で……。だからドレスが皺にならないよう何度も伸ばして座りなおしたり、窓を見て時間をやり過ごす。
そうしていると、案の定、雨粒がガラスにつき始めた。
さっきからずっと、アメリは私と距離を置こうと湖水地方のガイドブックを読みふけっていたが、顔を上げ窓を見て呟いた。
「雨ですね」
このタイミングを逃してはいけないと私はアメリに謝ろうと話しかけた。
アメリはちょっとむくれて言った。
「今度はちゃんと話してくださいね」
「…ハイ。…ほんとにごめんね、アメリ」
雨足が少し強くなってきたようだ。私は窓を開けて、馬車の後方にいるブロディンに言う。
「雨除けの魔術、私かけるわね」
ブロディンが私を振り返って、頷く。
私は呪文を唱えて、ジオツキーとブロディン、それに馬たちが濡れて冷えないように保護の魔術をかけた。ブレーキが利きやすいよう馬車全体にもかけておく。
そうそう、私はさっきヤプジー達の退治をしたけど、実は魔力保持者なの。
このユセラニア大陸の中でも我がトゥステリア王国は、他国より魔力を持って生まれてくる者の割合が多い。人によって魔力は様々で、生まれついての差もあるけれど、成長とともに変化することもあるの。
私とブロディンは基本的に中~上級程度の魔力が、アメリは生活魔術程度の低~中級程度の魔力保持者だ。ジオツキーにはほとんど魔力が無いらしい。
ね、それぞれ違うでしょう?
湖水地方に入ってからも、雨は一向に止む気配は無くますます激しく降ってきて、とうとう土砂降りになってしまった。
そのおかげで絵画のようだという風景どころか、少し先でさえもよく見えなくなってしまった。
雨除けの魔術は既にかけてあるけれど、なんだか心配になってもう一度かけちゃったわ。それぐらい雨は強かった。
大雨のざあざあと降りしきる中、やっと馬車は目的のウフダム侯爵別邸に到着したのだった。
(※フェリカ王女が侯爵を様付けで呼んでいるのは、お相手として敬意を表しているからです)
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次回、第6話「ユージュ・ウフダム侯爵」 いよいよお見合い相手の登場です!