3 フェリカ王女の決意表明
我がトゥステリア王族一家は、家族が交流できる唯一の時間ということもあり、共に食卓を囲むことを大事にしている。
家族八人(両親と六人兄姉)の賑やかな食卓だったが、兄姉達は皆結婚して家庭を持ったので、今この食卓には私の父母である王と王妃、それから私だけである。
小花地紋の白いクロスが掛けられた長い楕円テーブルは、銀の燭台と色鮮やかな生花が華やかに飾られているけれど、主のいない空の五脚の椅子達が目立って寂しくも感じられる。その有様は、次に巣立つ者は私なのだと否応なく意識させられる。
夕飯の終わりにはデザートにショコラとプチマカロンが給仕された。いつもならすぐにいただくのだけれど、緊張で手が伸びない。
どうしてかって?
私は今夜この場で、父と母に自分の決意を伝えようと思っていたのよ。
王妃はその優雅な指先でデミタスカップの持ち手を摘まむと、私と同色の瞳を心配そうにこちらに向けた。頭上でシンプルかつ品よくまとめられている髪も、私と同じ金茶色だ。
「どうしたの? フェリカ。今夜は食が進まないようだけど…?」
いつもはぺろりと平らげる料理の数々も、今夜は半分程度しか喉を通らなかった。
ここ何日も、私は自分の妙案についてあれこれ考えていた。
私の案はきっと両親に反対されるだろう。とても一国の王女の行動とは思えない、常識外れの考えなのだ。
でも私は、自分の未来を変えるには、もうその方法しか無いと強く信じていたの。
私は大きく深く息を吸った。
「お父様、お母様。私のお相手探しのことでお話しがありますの」
王と王妃もこの難題を承知していた。
二人は、何気なく避けてきたこの話題を私が単刀直入に切り出したことに驚いていたけれど、自分たちの娘がこれから何を話そうとするのか、注意深く耳を傾けてくれた。
私は姿勢を正すと、二人を真直ぐに見た。
「お相手探しは、どうかこの私自身にお預けくださいませ」
王妃の明碧色の瞳が大きく見開く。
すぐ考えが顔に出る王妃とは対照的に、王は得意の無表情を装ってじっと私を眺めていた。
私は膝の上で汗ばむ両手をぎゅっと握って続けた。
「お相手探しは、私のやり方で一からやってみようと考えているのです。
……先方のご意向をただ伺うのではなく、実際に私という人間を見ていただいて判断してもらおうと思います」
何を言っているのかよくわからないという表情で、王妃は訊ねる。
「見てもらうって……いったい、どういうこと?」
「……こちらからお会いしに行くんですわ」
そう、待ってても誰も来ないのだ。
三年待ってみたけれど、果報は寝ていたら来なかった。だからこちらから果報をつかみに行くのよ。
もしこれを父母に認めてもらわなければ、決定!おひとりさま人生!になっちゃうので、私は必死だった。
「こ、こちらから会いに行くって…?」
「正攻法では難しいでしょうから……いろいろな口実…いえ手段を使って、とにかく出会いを作ってしまうんです。
……そこはまあ、外交手腕の見せ所ですわね」
私は内心の緊張を両親に気取られないように余裕を示そうと、策ありとニッと笑って見せた。
実のところ策は全く無いけれど、そう思わせないと説得力に欠けてしまうし、何としてでもOKをもらわなくては…!
策はこれから作ればよし! と自分を鼓舞したわ。
「フェリカ、でも王族一家の品位が」
王妃は苦言を呈す。
「……お母様、恐れながら、もう品位とか恥とか外聞とかヘッタク…とか、言ってる場合じゃなくなっているのです」
そう言葉を返しながら、母の気持ちを考えて心の内では謝った。
私だって抵抗はあるわよ?
あるけど、……でもそれしかないんだもの。
王妃は呆然と私を見ていたが、急に頭を抱えて嘆いた。
「…二回の婚約破棄から三年! …そうよ、確かに誰もいなかったものねえ?
フェリカの言うとおりだわ! 嗚呼、ならば仕方ないことなのだわ!」
と自分を納得させるようにブツブツ呟いていた母の声は、バッチリ丸聞こえだったわ。
自分でもよく知る事実だったけど、改めて母の口から聞くと、自分の胸にぐさっと刺さるものだったわ…うぐぐ……
私のハートは傷ついたものの、王妃は納得してくれたようだったので、もう一押しだと、母の嘆きに乗っかって私はきっぱりと二人に言った。
「ですから今までのやり方では、もうこの窮状は変えられないと思っていますの!」
と、ちらりと父の顔を盗み見る。
「…それから釣書も作り変えさせていただきたいの。そもそも昔に作ったままでしたし。先日内容を確認しましたら、私の趣味が刺繍と詩作にされておりまして」
ここまで表情を変えずに聞いていた王の眉が、驚きで跳ね上がった。
どうやらあまりにお相手が見つからないからか、私の釣書は従者たちによって、殿方ウケする女子力の高い内容に改編されていたのだ。
ちなみに刺繍も詩作も私の最も苦手とするものなの。縫った刺繍はミミズのようだったし、詩についてはセンスが全くないみたいで読んでもさっぱり理解不能だし…。
私は二人の前で話したかったことを全て口に出してしまうと、心臓がドクドクしていることに改めて気づいた。
そして一人心の内でずっと悩んできたことを打ち明けたのに、話してみるとあっという間に終わってしまったので、なんだか気が抜けてしまって……
……私はそのまま何も言えずに、王の反応を待った。
「おまえが、……刺繍に詩作だと?」
ずっと黙っていた王は、肩を震わせてそう言うとたまらず吹き出した。
そしてその筋肉質の引き締まった身体を揺らしながら大声で笑い出した。
「お転婆のおまえが? 刺繍に詩? はっ!」
お腹を抱えて豪快に笑いだす。
……おとーさま、反応するのそこ? それに私のことお転婆とか思ってましたの…?
「フェリカが刺繍に詩…?」
王妃も驚いている。
きっと母は、昔私に刺繍の手ほどきをした、あのミミズ事件を思い出しているに違いない。あの時は本当に散々な出来だった…というか完成すらしなかったけど。
やっと笑いが収まった王は、短い顎髭を蓄えた目鼻立ちの整った相貌で、私をじっと見据えた。
その表情が、真剣な面持ちへと変化する。
「……フェリカ」
「はい、お父様」
私も父を見返す。
……父の黒い瞳は、とても深かった。
「おまえがそうまで言うなら、思うがままにやってみるがよい」
当然反対されると思っていた私は、すんなり許す王に驚いた。
隣にいる王妃は心配そうだが頷いている。
「おまえのことだ。やると決めたからには引くつもりはないのだろう?」
王はにやりと笑った。
そして美しい木彫の施された飴色の肘掛けにゆったりと腕を置き、暫し顎髭を触る。
「…相手探しのついでに、おまえに頼みたい仕事があるのだが」
「なんでしょう? お父様」
「おまえに、新しい貿易品を探してほしい」
「貿易品……ですか?」
王の意図はこうだ。
我がトゥステリア王国は、かの有名な魔術師リンダをはじめ多くの有力な魔術師を輩出しており、魔術大聖殿の規模は大陸で最も大きい。そのため世界中から多くの人や物が集まってくる大国なのだ。魔術力のお陰で国の繁栄に全く問題は無いが、それだけに頼らないのが我が父の方針だ。多文化が混合するこの王都は海にも面しており、貿易も盛んだ。さらなる経済と文化の活性化を目指し、魅力的な貿易品を見つけ出したいのだという。
実は私は諸外国の雑貨品集めが趣味で(刺繍と詩作じゃないのよ)、海外商人たちともやりとりがある。独特の文化が独自の感性によって作りあげる雑貨品は、どれも素晴らしいのよね。
自分で言うのもなんだけど、私はもしかして目利きなのかも? と思っている。
というのは以前、これはと思った白磁カップをある商人に紹介したら西方諸国で大流行したことがあってね。その時我が国の白磁業界はだいぶ潤ったのよ。
王はそのような私の経験を買っているのだろう。
それなら得意分野だし面白そうだわ、と私は二つ返事で引き受けた。
王は私の瞳をじっと見続けながら、
「新しい貿易品を探したいのは本当のことなのだが」
と前置きをして、
「おまえのお相手探訪の名目にも使えるぞ」
王は悪戯顔でにやりと笑う。
さすが、お父様。
お相手探訪には、そう、大義名分が役立ちますわね。
各地の貴族のお相手候補を訪れるときに、
『私、このたび貿易品を探しに立ち寄りましたの。いい品があればあなたの地域の経済が潤うかもしれなくてよ?
そうそう! 実は私お相手を探しておりまして、良かったらついでに私とお見合いいかがでしょう? おほほほほ!』
的な感じで、使えるってことですわね?
そのお知恵、拝借いたしますわ。
とにかく出会いを作っちゃえと言ってる私が言うのもなんですけど、お父様、これはかなりズルイような気がしますわよ?
まあでもこの際、背に腹は代えられないですわね。
「フェリカ、おまえの『外交手腕』とやらに期待しているぞ」
「はい、お任せくださいませ」
と一人前に返事をしたけれど。
私の虚勢を張った外交手腕なんか、到底お父様の足元にも及ばないわ。
全てを見透かしているような父の漆黒の眼を私は恥ずかしくて見れなかった。
そうして、私は理解を示してくれた王と王妃に丁寧に感謝を述べると、ドレスのスカートを両手で少し持ち上げてカーテシーで敬意を表した。
そしてやる気満々、意気揚々と部屋を後にしたのだった。
フェリカを見送りながら、王妃は娘の意見に賛同したものの、心配を夫に伝えていた。
「あなた、あのお転婆娘がお相手探しですよ? あの子任せで本当に大丈夫とお思いに? あの子を信じて見守りたいですけど、どうにも心配ですわ」
王も認めはしたものの、改めて娘の性格を思い出した。
王妃の心配はもっともである。
「こちらでも、心しておいたほうが…よい、か……?」
と少々弱気になって、王妃にしか見せない表情で訊き返す。
王妃は返事の代わりに苦笑する。
「まあでも、今しばらくは様子をみようじゃないか。フェリカには『幸運の月の加護』もあるし、何事もやり遂げようとする娘だとおまえもよく知っているだろう?
……そういうところはおまえに似ているのだな。
…それに、美人なところもだ」
と傍らにいる王妃に目配せをする。
王妃はちょっとはにかんで、
「豪胆で、でも優しいところはあなた譲りよ」
と王を誇らしげに見上げた。
が、ふと王妃は眉をひそめ、両手で口を覆った。
「まぁ……だから、お転婆娘になっちゃったのかしら」
二人は、目を合わせて苦笑した。
「きっと良き伴侶が見つかるさ」
王は、頷く王妃の肩を引き寄せて、そう言った。
両親のそんな心配を余所に、私はこれからのお相手探しと与えられた仕事のことを考えると胸が躍った。
きっと素敵なお相手が見つかるわ!
私は期待と希望に胸を膨らませて、知らず知らず廊下を小走りに駆けだしていた。
こうして私の、私による、私のための婚活は、スタートしたのだった。
少しでもいいなと思ったり続きが気になりましたら、ブクマや★で応援していただけますと、励みになります。
全19話連載です。
次回、第4話「フェリカ王女の従者達」
フェリカはクセある従者達と共に、とあるお見合いに出発します。その様子は第4~5話にて。
お見合いは、第6話から始まります(^^)
引き続きお楽しみください。