2 ことのはじまり
『釣書姫』。
ユセラニア大陸でこの渾名を知らない人はおそらくいないだろう。トゥステリア王国のフェリカ姫が、大陸中のお見合い候補に釣書を送って絶賛婚活中らしいという話はあまりにも有名だ。人々の間で面白可笑しく語られて、とうとう『釣書姫』という渾名まで付けられてしまった。
アメリは不名誉というけれど、まぁ本当のことだから仕方ないのですけどね。
そもそも、どうして私が釣書を大陸中のお見合い候補に送ることになったのか、お話しするわね。
私は十六歳の時、とある侯爵と婚約をしたのだけど、顔合わせ直前に侯爵が流行り病で亡くなって、婚約破棄となってしまったの。そして一年後、今度は身体の丈夫な方をと屈強な大尉と婚約をしたの。けれどこの方も正式にお会いする前に、蛮族との戦いに勝利した夜、祝杯に酔って足を滑らせてしまい、なんと打ち所が悪くお亡くなりになってしまったのだ。そして二度目の婚約破棄。
お二方とも本当にお気の毒で…今でもご冥福を心からお祈り申し上げているわ。
私は死神じゃないし、呪われてもいないと思うし、自分はマジメに生きてきたと信じてるし、…だからこの出来事は不運だったとしか言いようがないと思っているんだけど、世の中はそうは見てくれなかった。
それ以来、二度も不運な形で婚約破棄となってしまった私との婚約を希望する者は、死を恐れるあまりにパッタリといなくなってしまったの。
まあでも殿方側の気持ちを察すると、なんの噂も無い可愛いお嫁さんをもらったほうがいいわよねえ、と避けられている張本人の私でさえ思うわ。
それでも初めの頃は、ほとぼりが冷めればきっと婚約者は見つかるわ! なんて楽観的に構えていたけれど……
………それから三年。
六人きょうだい末っ子の私は政治的な結婚話も兄姉でとうに片付いているし、婚約者が不運に見舞われた黒歴史が尾を引いて、結局、婚約もお見合いもしてくれるお相手が見つからないままに、三年という月日はあっという間に流れてしまった。
友人は次々と結婚していき、気が付いたら私の適齢期も過ぎようとしていた。
世間は想像したよりずっと厳しかったのだ!
これは、いけないわ!
私は焦って、従者達に尋ねてみた。
「ねえ、最近私のお見合い相手ってどんな殿方が候補に挙がっているの?」
すると、皆一様にハッとして目を伏せ口籠る。
「今、お探ししておりますので、しばしお待ちを……」
……だいたい今までも現れなかったお相手が、しばしお待ちしていて現れるものだろうか?
と三年を経て、やっと現実的に考えられるようになったギリ適齢期の私は、あれこれ提案してみるようになった。
「年の離れた殿方でもいいのよ?」
「年下でも歓迎よ?」
「遠い国の方とかどうかしら?」
「趣味が合わなくてもいいわよ?」
「お顔の造作はこだわらないけど?」
「再婚の方とか、お子様もちとか?」
「背格好も全然こだわらないし!」
「性格がイマイチでもいいわよ!!」
かなり条件を譲歩してみたけれど、皆は目を明後日のほうに泳がせて、
「ああ! 用事を思い出しました~!」
と棒読み台詞を叫び、さっさとその話題から逃げて行った。
「…このままでは本当に、いけないわっ!!」
きっとこの先も同じだわ…ずっとこのままお相手は見つからず、私は齢を取っていくのだわ…!
私はお相手探しのことを真剣に考え始めたわ。これまで周囲の者達に託し過ぎていたことを反省した。
王族の結婚というものは本人外で進められるのが世の常だけど、慣習に則っていたら、私は永遠のおひとりさまになりそう…。まあそれも悪くない……のかもしれないけれど、今は結婚という人生の選択肢を取ってみたいと思うのよ。
何か良い打開策はないかしら、と悶々と日々考えていたある日のこと。
気分転換に趣味の乗馬を楽しんで、久しぶりに少しすっきりした気分で私室に戻ると、アメリがいつものようにお茶の用意をしていた。私がいない間に部屋も整えてくれていて気持ちもいい。
「フェリカ様、見てください! これ、可愛くないですかぁ?」
アメリが窓辺に掛かっているアンティークの銀鳥籠を指さしている。この銀鳥籠は私のお気に入りで、観葉植物を絡ませて部屋のインテリアとして楽しんでいるものだ。
いつもの鳥籠だけど…? と返事をしようとしてアメリの指先をよく見てみると、中には白くて半透明の可愛いらしい小鳥がいた。セキセイインコに似たその小鳥は丸いクリッとした目を私に向けると、首を傾げた。
うわっ、キュンとなっちゃうわ。
私は飛びついた。
「可愛いっ!! この子なに?」
「子供が喜ぶおもちゃ魔術で作ったんですけど、フェリカ様、喜ぶかなあって」
アメリはえへへと照れて笑う。
アメリは魔力保持者で、その魔力は決して強いほうではないけれど、生活魔術の熟練者なの。その力を思いもかけない方法で使って、こうやって時折私を喜ばせてくれるのだ。
アメリは慣れた様子で手を動かし呪文を詠唱して、忽ちポットの水を沸騰させ湯を作りお茶の準備を進める。
「フェリカ様のお好きなモリ島産アールグレイとトリャの杏ゼリイもありますよ?」
悩める私を元気付けようとしてくれているのだろう。サプライズの白い半透明の小鳥はアメリの団栗眼とそっくりでとっても可愛かった。それに私の大好きなモリ島のアールグレイと王都老舗菓子店のトリャの果物ゼリイまで用意してくれるなんて。
すっかり心配かけてるわ。早くなんとかするからね、アメリ。
と私は、お見合い相手ゲットを改めて誓ったわ。
一人でお茶するのは味気ないから、いつものようにアメリを誘って仲良く舌鼓を打つ。
「はあーっ、甘酸っぱくて美味しいですね~。さすが老舗のトリャです!」
スイーツ大好きっ子のアメリは満面の笑顔を浮かべた。
甘味に元気をもらったところで、私たちの話題はここ最近悩みのお相手探しの件となった。
問題は、黒歴史が祟ってお見合いを避けられていること。
避けられていたら何も始まらないわけで……。でも婚約者が二人亡くなってしまったのは事実なわけで……。そうなるとやっぱり殿方も避けちゃうわけよね……、ああいったいどうしたらよいのかしらね? と話はまた堂々巡りなワケなのだ。
「うーん、今までと同じやり方では埒が明かないと思うの。なにかこう、違うアプローチはないかしらねえ」
と私は腕組みをして考えあぐねる。
アメリは難しいですよねえと私同様に眉を寄せながら、再び湯沸かしの呪文を唱えるとおかわりの紅茶を作り、白磁のカップに注ぐ。
「でも、一度でもお会いしてくださったらフェリカ様の魅力、すごくわかると思うんですよねえ。ええ、私がそうでしたからね」
アメリはうんうんと一人納得して頷いている。窓辺で小鳥もピッピとアメリに共鳴する。うーん可愛い。
私はアメリの十八番話を思い出して、あれはかなりアメリフィルターがかかっているけれどねと心で呟きつつ、湯気の立つカップに口をつける。
ん? あれ、ちょっと待って?
お会いしたら……お会いしたら?
私はその瞬間、閃いた。
そっか!
とにかくお会いしちゃえば、いいんだわ!!
「アメリ! それよ、それ!
その方法があったわよ!!」
と私は熱いカップのことを忘れて、勢いよく立ち上がる。
「きゃ~!! 熱いっ~!」
閃いた妙案をすぐに話したかったけれど、まずは紅茶惨事の後始末に追われたのだった。
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次回、第3話「フェリカ王女の決意表明」(全19回)