【最終話】19 お見合いの結末
魔術による激しい衝突の反動で起きた気流によって、魔術聖殿の方へ吹き飛ばされた私は、その上空に張り巡らせてあった結界を突き破ってしまった。
背中に強い衝撃が走り、同時にドンと結界が破れる爆発音が空に鳴り響いた。
私の身体は、そのままパーティ会場のど真中に背中から落下した。
芝生はめくれあがり、砂埃が立ち上る。
幸いにして巻き込まれた人はいなかったわ。
保護魔術のお陰で私も怪我は無かったけれど、衝撃が強すぎて保護しきれず、声が出ない程痛かった。
パーティで美しく着飾った人々は騒然となった。
だって、空から結界を破って何かが降ってきたんだもの。それは驚くわよね。
皆さん安全なところへ素早く移動し、遠巻きになってこちらを見て、何が起きたのかを確認しようとしていた。
その人垣の間から、警備兵達が突然の侵入者を取り押さえようと、こちらに向かって走ってくるのが見えた。
このままだと警備兵達と一悶着あるわよね。
……そう思った私は、自分の身分を知らせる手っ取り早い方法を選んだわ。
私はトゥステリア王家の者だけが繰り出せる、紋章掲示の呪文を詠唱した。
王国民なら、この魔術は知らない人はいないわ。王宮の新年の祝賀行事では、王族がこの紋章提示の魔術を披露するのが慣例となっているの。
私の頭上では、トゥステリア王家の紋章と私の名前の頭文字『F』が、光のラインで形作られ浮かび上がった。
空中に明示された王家の紋章を見て、警備兵たちは驚いて足を止めた。
突如パーティ会場に落ちてきたボロボロの怪しい女が、王家の紋章を翳したので、人々も水を打ったように静まり返った。
光る紋章とFの頭文字が、私がトゥステリア王国のフェリカ王女だと皆に告げていた。
私は勢いで紋章を翳してしまったけれど、ここにきて後悔したわ。
王女の私は、髪はほつれて焼け焦げているし、ドレスも泥だらけで擦り切れているし、とても人の前に立てる格好ではなかったのよ。
でもこれが、この場を収めるには一番良い方法だと思ったの。
そこへ、ユージュ様がいち早く私のところに駆けつけた。
「フェリカ様!!!! 大丈夫ですか!?」
「……ユージュ様!! ご無事でしたのね!? 大丈夫ですわ!」
いろいろな意味で大丈夫では無かったけど、とりあえず悪魔は消失したし、痛みはあるけど、保護魔術のおかげで大きな怪我は無い。
ユージュ様が手を差し出してくださったので、私はその手を取ってなんとか立ち上がったわ。
ユージュ様はもう片方の手で私の手を取り、そのまま両手で私の手を握る。
「なんと感謝を申し上げてよいか……」
と声を絞り出して涙ぐむ。
「そんな、私はただ……」
「フェリカ様にこのようなことを……本当に申し訳ありません!」
ユージュ様の両手が柔らかく温かい。
頭上では紋章魔術が光り、私とユージュ様はスポットライトに照らされているようだった。
そのライトの下で私たちは両手を取って向かい合っている。
パーティのお客さん全員が、私たちを見ていた。
私は恥ずかしくて、思わず真っ赤になった。
「……フェリカ様」
ユージュ様は、濡れた薄茶色の優しい相貌で私をじっと見た。
も、もしかして、まさかだけど……
私、このまま、こ、公開プロポーズとか、されたりしないわよ…ね?……ね!?
「は、はい……ユー」
「ユージュ!!!!!!!!」
突然、ユージュ様を呼ぶ女性の声が聞こえた。
正門の方から一人の女性が勢いよく走ってくる。
ユージュ様はその声を聞いて私の両手をふと放すと振り返り、彼女の方へと走り出した。
「キャシー!!!!!!!!」
え? キャシーさん?
「ユージュ!!!!!!!!」
あれ? 呼び捨て?
「キャシー!!!!!!!!」
がしっ!!!!
二人はお互いに駆け寄るとしっかりと抱き合った。
って、え? ちょっと?? どーいうこと……!?!?!?
「ユージュ!! お屋敷から出られたのね? ああ、本当に黒魔術が解けたのね!」
泣きじゃくるキャシーは、ユージュ様の腕にしっかりと包まれていた。
ユージュ様はキャシーの髪をやさしく撫でる。
「今まで、心配をかけたね。……もう大丈夫だよ、僕のキャシー」
ボクノ、キャシー?
え?
「愛しているよ」
「私もよ、ユージュ」
アイシテル?
ワタシモヨ?
ええっ?
「ずいぶん待たせたね。……これでやっと君にプロポーズできる。
結婚しよう、キャシー!」
えええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?!
私は抱き合う二人を只々茫然と見つめていた。
パーティのお客さんたちも、静まり返って一部始終を見ていたが、次第に私とユージュ様たちを交互に見ながら、ひそひそとざわめき始める。
この状況、ま、ま、まずいわ……!
フェリカ王女の名前を堂々と翳し、
ハッピーエンドのカップルの隣で、
詫びを述べられ、一人ズタボロの恰好で佇む私。
どうやら、私は『釣書姫』の新たな黒歴史を作ってしまったことは確かなようだった。
この噂はどうやって伝わるんだろう?
……人の噂って怖いんだから。
紋章のお陰で警備兵は近寄ってこなかったが、代わりに濃紫長衣の聖殿長と背の高い異国風の服を着た男、その他関係者らしき人々が王女の私の方へ歩いてくるのが見えた。
このままだと私、この酷い身なりのまま、あの人たちに王女として対応をし、お見合いに来たこととか、黒魔術のこととか、私が特級魔術者並みに魔力が高い理由とかを説明しなくちゃならないじゃないの……!
それは心底勘弁してほしい。
だいたい今、私の心は大混乱中なのよ?
そんなオフィシャル対応する冷静さは、これっぽっちも持ち合わせてはいなかった。
……ここは、さっさと退散しよう!
ウフダム侯爵様に説明責任を押し付け、いえお願いすることを勝手に決めて(後日フォローすることにしたのよ)、私は紋章を消す呪文を唱えた。
紋章は消える直前に、一度眩いほど光る。
その光を目くらましに利用して、私は素早く魔術聖殿を後にしたのだった。
「はああっ……」
魔術聖殿を出て湖水地方を後にした私は、馬車の中でもう何度目かわからない溜息をついた。
「はあああああっ」
特別に長い溜息もついてしまう。
「もうフェリカ様ったら、元気出してくださいよお!」
アメリはツインテールを揺らしながら、斜向かいの席から私の隣へと座り直すと、私の背中を優しくぽんぽんとたたいてくれた。
「ノートルは退治できたし、掘り出し物の蜂蜜は見つけたし、良かったじゃないですかぁ!」
アメリ、そういうことじゃなくてね。
私が落ち込んでいるのはユージュ様のことよ?
「それにしても、ウフダム侯爵様とキャシーさん、やっぱりかあって感じでしたよね?」
アメリは団栗眼をきらきらさせて喋っている。
「お屋敷でもよく二人で見つめ合ってましたもんね」
えっ? そうなの!?!?
「初日の夕食の時には、私もう気がついちゃいましたよ~、うふふ」
アメリは得意そうに語る。
私、全然、わからなかったわよ……!?!?!?
「で、でも、ほら一応お見合いだったわけだし」
と、アメリの意見に異を唱えてみた。
「やっだ~、フェリカ様! ウフダム侯爵様があんな状況で、本気でお見合いなんかできるわけ無いじゃないですかあ?」
びしびしびしっ。
私のガラスのハートに今、無数にひびが入った。
「ねえ、フェリカ様はいつごろ二人がデキテルなって気がつきました? ねえねえ?」
ばりばりばりん。
粉々に砕け散った、私のガラスのハート。
きっともう再生不可能。
言えない。
全然気がつかなかったなんて、言えない。
お見合いだってずっと信じてただなんて、さっきまで信じてたなんて、死んでも言えない。
……だって、カッコ悪すぎだもん。
「アメリ、私、戦ってさすがに疲れちゃった! もう休むからっ」
そう言ってブランケットを頭まで被った。
……ブランケットの中で一人になった私の頭の中は、消化できないことがいっぱいありすぎて、それがぐるぐるといつまでも回っていた。
……全然知らなかった。そうだったんだ。
なのに、一人でどきどきしたりして。
私……バカみたいじゃない?
……ユージュ様、ちょっと素適だったな。
やさしい笑顔が眩しかったな。
優柔不断なところもあったけど。
可愛いって言ってくれたし。
そんなこと、男の人から言われたこと初めてだった。
……私、ちょっと好きだったな。
ユージュ様にはもうキャシーがいたけど。
いつか私も誰かと出会いたいなあって。
それで、恋、とかしちゃったりして。
そんな日が私にも、訪れるのかしら……?
つんつんと、ブランケットをアメリが引っ張った。
「フェリカ様、お疲れならスイーツでも食べません?」
……甘いものって心を元気にさせてくれるものね。
私はブランケットから顔だけ出して、アメリが差し出してくれるスイーツを見た。
それは虹色の美しい砂糖菓子だった。
思わず手に取って口にいれると、ホロホロと溶けて優しい甘さが広がる。
「まあ、これすごく綺麗で美味しいわね?」
アメリと私は砂糖菓子の見目の美しさと美味しさに感動して、ジオツキーやブロディンにも食べてもらった。
「お、これはなかなかですね」
と珍しくジオツキーは、ちょっと驚いた表情をして、爽やかに微笑んだ。
「うまい」
とブロディンは、無精髭に隠れた頬を緩ませ、気に入ったと目で合図する。
皆が嬉しいと私も嬉しい。
私は、少しだけ元気になれる気がした。
ふと、私はひとつ気になることがあったので、アメリに訊いてみた。
「ねえアメリ、こんなお菓子いつのまに買ったの?」
「あ、これですかぁ? さっきフェリカ様がノートルをやっつけたのを見てから、速攻買いに行ったんですよ! 魔術聖殿の向かいにね、すごく有名な砂糖菓子の店があって、閉店ぎりぎりの時間だったから慌てて飛び込んで。このスイーツは湖水地方で一番の名物で……」
そこまで一気にしゃべったアメリは私の物凄い形相を見て、しまった! と大きく口を開けた。
「な、な、なんですって……!?」
私が満身創痍で魔術聖殿に落ちたあの時に……?
私は肩をぶるぶると震わせて、アメリを睨んだ。
そして私は、と~ってもかわいいアメリの頬を両方から、むぎぎぎぎ~っと優しく引っ張った。
「ア、メ、リーー―――!!!!!」
「わ~ん、フェヒカひゃま~、ごめんにゃひゃ~い!!!!!」
馬車は次の目的地に向かって、街道を駆ける。
私はもう一つ、虹色の砂糖菓子を口に放りこむ。
うん、また頑張ろう!
自分で自分を応援する。
「よ~し!!」
「次、行きますわよっ、次!!!!」
~ ~ ~ ~ Fine. ~ ~ ~ ~
百戦錬磨の釣書姫
~見合いも厄介事も百戦錬磨!?
不運な婚約破棄で婚活に苦労する王女は、捕われ侯爵邸で出張婚活奮闘します!【終】
この物語が良かったよ!と思われましたら、ブクマ、★、感想などいただけたら励みになりますので、どうぞよろしくお願い致します!
最後までお付き合いくださった読者のあなた様!
本当にどうもありがとうございました!<(_ _)>
お楽しみいただけましたでしょうか?
読んでくださった皆様、ご感想等で応援くださった皆様、★で評価してくださった皆様、全ての方にお礼申し上げます。
さて、お気づきかと思いますが、この作品は実はまだ終わりではありません(え、知らないって?)。
だって、ほら、なんか主要人物っぽい人がチラリと出てきましたよね?
(えっ? と思うあなたは、第12話魔術聖殿へGo! 階段をダイブしてくださいw)
それにアメリも六日後に予定が入っていると言ってましたよね?
(おっ? と思うあなたは、第13話作戦会議へGo! 特性パルフェを食べてくださいw)。
実は、筆者はハッピーエンドが大好きなのです!
(こんな終わり方して何言ってるんだ~って、怒られそうですが……)
ですから、この物語はまだ続くのです(^^)
そうそう、もしお時間がある方は、ちょっと優柔不断なユージュ・ウフダム侯爵&キャシー目線でチェックしてみてください。発見があるやもしれません。
(へぇ? と思うあなたは、第6話と第10話の二人の会話にGo!)
【続編情報】
このままではフェリカが心配だという方は、ぜひ次作も読みに来てください<(_ _)>
続編は完結済みです。
【王女なのに婚活に苦労してまして。~このたび、会いたくなかった騎士と運命の出会いをしているようですが、それとは別件で歌劇場の殿下のために事件解決奮闘します!~(釣書姫シリーズ②)】
最後に、本作は筆者の処女作のため、稚拙ゆえに読者の皆様が解読してくださったところも多かったかと思います。そんなこの作品にお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。皆様に私の作品を読んでいただけたこと、とても嬉しく有難かったです。
ではまた皆様と次作でお会いできることを祈りつつ。
感謝を込めまして
あき伽耶













