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18 終戦

 私は魔術聖殿の方向が全くわからなかったけど、とりあえず焦茶君を走らせるしかなかった。

 後方からはノートルの馬の駆け足が聞こえてくる。


 あれ?


 馬の駆け足だけでなく、何か違う音も聞こえてくるような……?

 それも、私の頭上から。


「ピピ、ピピピ……」


 上空を見上げると、夜空に何やら白っぽい小さなモノが、月明りを浴びて飛んでいた。

 よく見ると、それは魔術で作られた小鳥だった。

 あの小鳥は、見覚えがある……


「あれは……!」


 小鳥は、さあっと焦茶君の耳の間の(たてがみ)に飛来して、ちょこんととまった。そしてクリっとした団栗眼(どんぐりまなこ)で私を見ると、首を傾けた。


「ピ!」


「あっ! あの時の!」


 アメリがいつか出してくれた、おもちゃ魔術の小鳥だった。


「ピ」


 きっとおもちゃ魔術の小鳥ちゃんは、『そうだよ』と言ったんだと、……思うわ。

 おもちゃ魔術の小鳥ちゃんはさっと飛び上がると、私の前方をすいすいと飛び出した。


「おもちゃ魔術の小鳥ちゃん、あなたが魔術聖殿に連れてってくれるのね?」


「ピ!」


 なんていい子なの! おもちゃ魔術の小鳥ちゃん。


 ああ、おもちゃ魔術の小鳥ちゃんは呼ぶのに長いし言いにくい。


 そうだ! いい名前つけちゃお。


「道案内よろしくね? ピーちゃん!!」


「ピ!!!」


 私はピーちゃんの後に続いて、焦茶君を走らせた。

 背後からぞわっとする冷気が近づいた。私を落馬させた白い塊だった。

 私は振り向きざまに呪文を詠唱して、それを撃退した。

 でもまたすぐに同じ冷たさを感じた。周囲を見渡すとその塊は三つに増えていて、私に襲いかかろうとゆらゆらと飛んでいた。

 塊には薄気味の悪い女の顔が浮かび上がっていた。


「幽霊みたいな大顔の女!? うわぁ……悪趣味ねっ」


 だけど十日月の私の敵では無いわ。

 私は退治せず適当にやり過ごしてノートルを引き付け、幽霊大顔女の皆さんもろとも、魔術聖殿まで追いかけさせることにした。





 ユージュを乗せた馬車が、ついに魔術聖殿の正門前に止まった。

 ジオツキー、ブロディン、ユージュ、アメリは急いで馬車から正門へと駆け寄った。

 しかし、どういうわけだか常に開いているはずの正門は、固く閉じられていた。

 その理由はすぐにわかった。

 ホール棟の前の広い芝生エリアでは、魔術で作られた大きな灯がトゥステリア王国とランバルド国の国旗を明るく照らしていた。その下には大勢の人が集っている――人々は談笑して食事を楽しんでおり――野外パーティが開かれていたのだ。


 ブロディンが顔を曇らせる。

「……ランバルド国の親善使節は明日帰るんだったな」


 ジオツキーも眉をひそめる。

「まさかフェアウェル(さよなら)パーティの際中だとは……。だが、とにかくウフダム侯爵様を中へ!」


 正門横の通用門にいた筋肉隆々の警備兵が、正門前に立つ四人を不信に思い近寄ってきた。


「貴様ら何をやってる」


「こちらはウフダム侯爵領のウフダム様だ。急ぎの用件で魔術聖殿に立ち入らせてほしい」

 ジオツキーが紳士的に頼む。


「ここ数年、ウフダム様は屋敷で臥せっておられるはずだ。本人のわけがないだろう。……おい、お前ら何が目的だ?」


 警備兵が、端から彼らを相手にするつもりがないことは明らかだった。

 警備兵はブロディンに目を付けていた。この四人の中で一番怪しく、自分の敵となるとすれば、こいつだ。

 警備兵は自分より大きなブロデインを威圧しようと、(にら)みながらぐいと近づいた。


「さっさと帰り」


 警備兵は最後まで喋ることはできなかった。目の前の大男(ブロディン)は全く動かなかったが、何かに顎をクリーンヒットされ、意識を手放してしまったからだ。

 警備兵は地面に力無く倒れ込んだ。

 ブロディンは、自分の隣で警備兵を回し蹴りしたジオツキーを呆れて見つめる。


「あいかわらずだな」


「この男に説明したところで時間の無駄です」

 ジオツキーはてきぱきと警備兵から鍵を奪って通用門を開けると、ユージュを中へ導いた。


「フェリカ様!!!」

 アメリが叫んだ。

 アメリの見る方向には、魔術聖殿の角を曲がってこちらへと疾走するシルエットが二つあった。





 ノートルはフェリカの背中をひたすら追いかけていた。

 あの女を殺し、そしてユージュを取り戻す。そのことだけが頭の芯にあった。

 黒魔術の呪文を次から次へ唱える。酒に酔ったかのように気分は良い。だが一向にあの女が倒れることは無い。それが魔力の差であることに、ノートルはもう気が付けなくなっていた。

 そして己の身体がもう人で無くなっていることにも。

 次第に考えることすらもできなくなっていた。

 ただあるのは、目の前のあいつを殺すことと、取り返すこと。

 取り返す? ……誰を? …………何を?

 ……それすらもう自分では、思い出せなくなってきていた。

 

 ただ憎しみだけが、意識として残っていた――――





 私は魔術聖殿の横に位置する高く長い壁の道をひたすら駆けた。

 ノートルが仕掛けてくる幽霊大顔女を適当に炎の魔術で脅して遠ざける。


「あの角を曲がったら、正門だわ!」


 アメリのピーちゃんが、お役目終わりとふいと消えた。

 それをきっかけに、私は幽霊大顔女達を一気に葬った。

 そして魔術聖殿の正門へと続く最後のコーナーを曲がった。

 魔術聖殿の高いレンガ壁が、正面に来ると鉄柵にとって代わる。

 鉄柵の隙間から中の様子が見えた。


「えっ!? どういうこと? 夜なのに人が大勢……?」


 私の目には、灯りに照らされるトゥステリアとランバルドの国旗が飛び込んできた。


「困ったわ! なんてこと!! フェアウェルパーティだなんて!!」


 しかしそんなことは構っていられなかった。

 私は片手を掲げると、魔術聖殿の地魔力を思い切り吸収した。

 私には、魔術聖殿に漂っていた大量の金色の粒子が、自分の掌に吸い込まれていくのが視えた。

 身体に魔力が充満する。

 自分でも力が満ちていくのがわかる。

 私の全身が金色を帯びて視える。

 私は正門前で焦茶君から飛び降りて、黒魔術に乗っ取られた者を葬る、壊滅魔術のはじめの呪文を詠唱する。

 壊滅魔術の呪文は、二段階で構成されているのだ。

 迫ってくるノートルに向かって魔力を放った。

 ……だが、もうそれはノートルでは無かった。

 あの男の痕跡すら無かった。

 ノートルは完全に黒魔術に食い尽くされ、悪魔化していたのだった。

 人としての原型は留めておらず、闇より黒いその身体は沸々と蠢き、何かに飢えたように目が真っ赤に揺らめいている。体中からは瘴気を噴出する。

 

 黒魔術に魅せられた人間の辿った末路――――

 

 私は醜く(おぞ)ましいその悪魔の姿をしっかりと脳裏に焼き付けた。

 悪魔は、私のはじめの呪文の魔術に絡めとられて、激しく抵抗した。

 空中に浮かびあがり苦しみ、方向を失って飛び回りながらも、私を威嚇し続けていた。


「死ネ……死ネ……死………」


 私は魔術聖殿を背に、迫りくる悪魔に向かって、壊滅魔術の(くく)りの呪文を詠唱した。

 それと同時に悪魔が、私を死へと導く呪文を叫んだ。

 しかし私の魔力の方が勝っている。

 私の壊滅魔術は、死の黒魔術をも滅しながら、悪魔の体に彗星の如く衝突した。

 激しい衝突の反動で起きた気流によって、私の身体は空中に巻き上げられ、魔術聖殿の中へと飛ばされる――――


 ……悪魔は、断末魔をあげて塵尻になって消えていく。


 それを私は、飛ばされながら目の端で確認して、安堵した。




いよいよ次が最終回となります!

第19回「お見合いの結末」

最後までフェリカ達への応援をどうぞよろしくお願いいたします!

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