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17 幽霊大顔女

 ブロディンはフェリカが落馬してすぐ、ノートルが馬車を追いかけて来ないことに気が付いた。


「やっぱり馬車を止めてくれ! ジオツキー!」

「フェリカの命令だぞ!  私も下車を許さん!」


 元とはいえ王宮近衛騎馬隊長の命令も絶対だ。ブロディンは畜生と拳を震わせる。


「ウフダム様を守れるのはお前だけだ! そして魔術聖殿にお連れすることが最善だ!」


 ジオツキーの言葉はもっともだった。戦える魔術を使えるのは自分だけなのだから。己を納得させようと、ブロディンがフェリカを残してきた後方の道をじっと睨んでいると、その奥からゆらゆらと左右に揺れる白い塊が、馬車を追いかけてくるのが見えた。

 先刻の炎玉よりもさらに大きく、意志を持って飛んでいるかのような動きだった。その塊は白く渦巻いており、そこに黒い穴のようなものが三つあった。……近づいてくると、それが人の顔――女の顔が浮かんでいるのだとわかった。人頭の三倍はある巨大な白い顔だけの女。

 ブロディンはその女と目が合った。

 顔女は眉を吊り上げ目をぎらつかせると口の両端をにいっと引き上げて笑った。そしてブロディンに噛み付こうと口をガッと勢いよく開いた。避けるほど開いた口は顔女よりも大きく見えた。

 ブロディンは反射的に光の矢を放った。顔女はさっと避けて一度馬車から離れて行った。


「……あの顔も口も、怖すぎだろ」


「は、初めてあんなもの見ました……」

 馬車の中で、ユージュもアメリも真っ青になった。

「幽霊みたいな大顔女、もう見たくないです~」


 前を向いて運転に専念するジオツキーが、ただならぬ雰囲気を感じて声を張る。

「どうした? 何があった?」

「知らないほうがいいぞ。……そのうちわかるけどな!」


 ぱらぱらと何かが降ってきた音がした。

 顔女が遠ざかったときに防護壁に何かが落ちてきたのだ。

 ブロディンは防護壁の外に手を伸ばし、小さな乳白色の欠片を手に取った。冷たく感じたその欠片は掌上ですうっと水になった。


「氷……?」


 さっきの顔女が今度は上空から襲い掛かってきた。氷に気を取られていたブロディンは敵に気づくのが遅れ、攻撃魔術が後手になった。顔女はその隙に防護壁に体当たりした。

 轟音が響いて、炎玉との戦いで傷んでいた防護壁に、さらに長く複雑に亀裂が入る。


「まずいぞ! 威力が炎玉の比じゃない」


 ブロディンは攻撃魔術として炎の矢を繰り出した。それを顔女目がけて放つ。

 顔女は嫌悪の表情になって、素早く炎の矢を躱す。そしてそのまま防護壁に突っ込んだ。

 亀裂は瞬く間に広がり、防護壁は粉々に砕け散った。

 ブロディンは決意した。防護壁を再び張ったとしてもすぐ破壊されるのは目に見えていた。馬車全体への防護魔術はかなりの魔力消費にもなる。全員の身体を守る保護魔術だけをかけ、顔女と直接対峙する覚悟を決めた。

 防護壁に突っ込んだ顔女は、ブロディンに嚙みつこうとしてぬうっと近づいた。ブロディンは顔女を片手で抑え込んだ。顔女は額と目をブロディンに抑え込まれながら、物凄い力で抵抗する。噛みつこうと口をさらに開く。近づかせまいとするブロディンの屈強な筋肉が膨らむ。さっき顔女が炎の矢に嫌悪を示したのをブロディンは見逃してはいなかった。ブロディンはその至近距離から、もう片方の手で炎の矢を顔女の口の中へ叩き込んだ。

 その攻撃から逃れられるわけもなく、顔女は苦悶し消えていった。


「だから。顔、怖すぎだろ」


 冷汗を拭いながら、目の前で顔女の苦悶する顔を見せられたブロディンは悪態をついた。


 ほっとしたのも束の間。今度はジオツキーが襲われる。


「こいつは……なんだ!?」


 ジオツキーの頭上をゆらりと飛んでいた顔女が急降下する。ジオツキーは馬車を走らせながら、鞭で顔女を払い落とした。落とされてもすぐに顔女は空中へゆらりと浮かび上がる。顔女はジオツキーを舐めるように見て笑う。(おぞ)ましい表情だった。

 馬車の後方で顔女を退治したブロディンが、屋根の上から馭者台にひらりと飛び降りる。


「なかなかの美人だろ?」

 ジオツキーに声をかける。勿論、周囲の警戒は怠らない。


「確かに知らないほうがいいものだ。……こんな顔がおまえの趣味なのか?」


「まさか」


 だがそれは、ジオツキーの問いに対する答えでは無かった。ブロディンの声が硬い。ジオツキーはちらりと見回した。

 一体だけのはずだった顔女が、五体に増えて、自分たちの馬車の周囲を取り囲んで飛んでいたのだ。

 顔女たちはジオツキーとブロディンと目が合うと、その大きな口を引き上げてぞっとする笑顔を見せた。

 ブロディンは炎の矢を連射した。顔女たちは嫌がって散り散りに逃げるが、またすぐに馬車を取り囲む。顔女の動きがすばしっこい。ブロディンは連射に工夫を凝らすも、顔女に巧みに(かわ)され、再び五体に囲まれた。

 じり、じり、と近づいて周囲を狭められる。

 ブロディンには考えがあった。魔術を放つ用意をしながら、顔女がぎりぎりまで近づくのを耐えて待った。


 今だ!


 炎の矢を攪乱するように連射する。顔女が散り散りに逃げる。一番最後に矢を放った顔女は思った通り、他の女たちの逃げ惑う動きに阻まれて自由には動けない。狙い通りとブロディンはその顔女を素早く捕まえた。しかし動く顔女を掴んだため、運悪くその開いた口から下顎にかけて掴んでしまっていた。


「嘘だろっ……」


 上顎を閉じられたら片手はもう終わりだ。

 ブロディンの背中から事を見守っていたジオツキーも血の気が引く。

 顔女はブロディンの手を咀嚼すべく歯を合わせようとしてきた。噛みちぎられては堪らないとブロディンは夢中で口から鼻をもう片方の手で掴む。ブロデインの肩と腕にぐっと力が込められ、顔女の咀嚼を阻む。そして顔女の閉じようとしていた口が少しずつ()じ開けられていく。白い唇の両端にぴりりと亀裂が入る。


「うおおおおおおお!!!!」


 ブロディンの鍛え上げられた身体が跳ね上がる。開いた下顎を片足で踏みつけると上顎を両手で持ち直し、全身をバネのようにして顔女を一気に裂いた。氷がバラバラと振ってきた。裂けた顔女を空中にぶん投げて炎の矢を投げ込むと、顔女は消失した。

 残った顔女たち四体がまた馬車を取り囲む。

 ブロデインはまたぎりぎりまで顔女たちを引き寄せようと思った。

 だが、今度は違った。

 顔女たちが一斉に動いたのだ。

 一体はユージュのいる馬車の窓へと突進した。それを阻止しようとして腕を伸ばしたブロディン目がけて、二体が左右から噛みつこうと迫りくる。ブロディンは夢中で、左右の手で顔女たちの顔面をそれぞれ引っ掴んだ。





 窓ガラスが激しく割れて、アメリいわく幽霊みたいな大顔女が馬車の窓から侵入しようとしていた。アメリとユージュは顔女を間近で見て、その恐ろしい顔に凍り付いた。顔女は歯を剥き出しにして、割れたガラスの隙間から入り込もうと暴れていた。窓ガラスに押し付けられてひしゃげた顔も十分に怖い。馬車の中が顔女の冷気であっという間に寒くなった。

 ユージュが自分の身を盾にして、アメリを庇う。

 アメリはさっきブロディンが氷と呟いて、攻撃を炎に変えていたことに気が付いていた。


「幽霊大顔女が氷なら!」


 アメリは呪文を唱えた。

 毎日のお茶の時間には欠かせない、水を沸騰させてお湯を作る、あの魔術だ。

 遠くに魔術を放つことは自分にはできないが、手元にあるものなら。


「お湯に変えることができる!」


 アメリの魔術が動き出し、顔女の表情が止まる。

 見る見る顔全体が崩れて水の粒になり、その粒が沸騰して泡立つと、最後は気化して消えて行った。


 見たこともない化け物が消え行く様もまた、ユージュにとっては恐ろしい体験だった。

 ユージュは震え声でなんとかアメリに声をかけた。


「…アメリさん、ありがとう、助かりました」


 アメリはユージュ以上に呆然としていた。

 だがすぐに頬に赤みが射してくる。


「自分でも、驚いてます……

ねえウフダム侯爵様、私って……

私って、なんか、すごくないですか!?!?」





 ブロディンに顔面を抑え込まれた二体の顔女は、目の前の獲物に近づこうと口を突き出しながら猛然とブロディンの掌を押す。それを押し返そうと対抗するブロデインの頑丈な筋肉が、パンパンに張り詰めて血管が浮かびあがる。両者の力は拮抗していた。

 もう一体はジオツキーを狙って、ゆらゆらと馬車の進行方向へ先回りしていた。

 ジオツキーは馬車の前方の道から、さっきまで自分たちを脅かしていた白い顔女が近づいてくるのを見た。魔力が無いジオツキーには鞭しかない。顔女を薙ぎ払えても倒すことは難しい。


「ブロディン、一匹来るぞ!」


 ブロディンもジオツキーを狙って正面から迫りくる顔女を確認する。


「悪い、こっちは手一杯だ!」


 ジオツキーが隣を見上げれば、ブロデインが歯を食いしばりながら左右の手で二匹の顔女を相手にしていた。

 前方には確実に自分を狙ってくる顔女。

 ジオツキーは総毛立つ。

 ジオツキーは手綱を握りながら、自分が腰かけていた馭者椅子に立ち上がった。

 ブロディンはジオツキーが立ち上がった意図を理解した。


 ジオツキーは下卑た形相の顔女から目が離せなかった。


「私は女性は好きだが、魔物はごめんだ!!」


 正面の顔女がぐんぐん近づき、ジオツキーの眼と鼻の先で大きな口を開ける。


 ブロディンが答える。


「それは俺も同じだ!」


 その瞬間、ジオツキーは身を屈めた。

 ブロディンも左右の手首を傾けると、いきなり手を離した。

 正面の顔女は食いつこうとした獲物を見失い、そのまま直進する。

 ブロディンが押さえこんでいた顔女たちは、力一杯押していた壁が急に無くなって、その勢いのままに突進した。

 そうして三体の顔女は、お互いを避けようもなく激しく衝突した。その衝撃で顔女たちから凍るように冷たい突風が吹き、氷の粒があられの如くジオツキーとブロディンの上に、馬車の屋根にも降り注ぎ、バチバチと撥ねた。

 顔女たちはお互いにかぶりつき合い、共食いの様な形になった。

 そこへブロディンが魔術で火を放つ。

 三匹の顔女は炎にまみれると、瞬く間に消失した。


 息を整えながら馭者台に座り直したジオツキーが全員に声をかけた。

「もうすぐ魔術聖殿へ着くぞ!」


「聖殿に着いたらすぐに引き返してくれ! お嬢は道がわかってない!」


「あ、そのことなんですけどぉ」


 緊迫した二人の会話に、アメリが明るく口を挟む。


「そのことなら、大丈夫です! 道案内は、もう頼んじゃいました!」


「頼んだ……?」とブロディン。

「いったい誰に……?」とジオツキー。

「ですよね……?」とユージュ。


 アメリはみんなを安心させようと全員を見回し、にっこり笑うと、胸を張って言った。


「ピーちゃんです!!」


「「「ピーちゃん???」」」


 男三人は、口をそろえてアメリに尋ねた。


「「「ピーちゃんて、誰!?!?!?」」」





もし気に入りましたら、ブクマや★で応援していただけますと、励みになり嬉しく思います。

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次回、第18話「終戦」


最終話まであと2回です。

ここまでお読みくださって本当にどうもありがとうございます。

最後までフェリカ達への応援、よろしくお願いいたします。


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