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16 フェリカ王女とノートル

 ノートルはユージュに追いついてもいないのに、なぜだか妙に気分が良かった。炎玉の黒魔術を詠唱するたびに胸が熱くなり、充足感を味わっていた。


「あいつらのあの恐怖で歪んだ顔といったら……くっくっ…

それにしてもまだちょこまかと動き回りやがって……まるで溝鼠(どぶねずみ)だな」


 ノートルの目がさらに赤く燃え、狡猾な笑みを浮かべる。


「さあ、まだまだゲームは続いてるぜ?」


 なんとか人の手の形状だけは保っているその異形の両手を、上空に突き出し黒魔術を詠唱した。

 今度はその手から氷の粒を作り出す。その粒が渦を巻いて人頭の三倍ぐらいの塊となると、うねるように馬車が消えた方向へと飛んで行った。





 ノートルの攻撃が少しの間止んでいたので、私は気が緩んでいた。

 それは突然だった。

 真上から突風が吹いたかと思うと、私の身体に衝撃が走った。

 何が起きたかわからなかったけど、自分の身体がぐらりと大きく揺れた。

 

 落ちる!


 反射的に手綱を掴んだけど、あまりに強い力が加わって、私は馬上にいることができずそのまま落馬した。慌てて手綱を手放し、焦茶君に踏まれないように石畳をゴロゴロ転がった。

 アメリやユージュ様、ブロディンの慌てる様子が見えた。


「フェリカ様!」


 アメリが馬車の窓から身を乗り出す。

 ブロディンが馬車から降りようと身を屈めた。

 だけど。

 今、守るべきは私ではない、ユージュ様だ。

 私はきっぱりと叫んだ。


「行きなさい! ユージュ様を守るのよ!」

「これは命令よ!!」


 ブロディンはびくりとしてそのまま飛び降りるのを止め、ぐっと耐えている。

 その悔しそうなブロディンの姿がどんどん小さくなっていった。


 大丈夫、私はきっとなんとかなる。

 そう私は信じた。


 ひゅうっと私の左頬を痛いほどの冷気が当たった。氷の粒が渦巻く白い塊が左右にゆらゆら動きながら瘴気を撒き散らし、ぬうっと馬車を追いかけていった。

 そういえば落馬の瞬間、この冷気を感じたわ。先程私に体当たりしたのは、この気味の悪い塊だろう。

 私は落馬した痛みから直ぐには立ち上がれずにいた。ただ仰向けになって、荒い呼吸を繰り返しながら、強い痛みが引くのを待った。

 焦茶君が私の傍に来て顔をこすりつけてくる。


「優しい子なのね。すぐまた出発するから、あなたも休むのよ」

 私もその顔を撫で返した。


 私が石畳の上で休んでいると、馬の駆ける足音が聞こえてきた。足音は次第にゆっくりとなって、私のすぐ横で止まった。

 ノートルが馬を降りる。


「どうしたどうした、王女様? 仲間に置いて行かれたのか?」


 愉快でたまらないという口調で、ノートルが私を真上から覗き込んだ。

 私は恐怖で震えあがった。

 その姿は、私がさっき対峙したノートルとは異なっていた。目玉はメラメラと赤く、両手は真っ黒く変色し、なにやらぶくぶくと蠢いていた。


「その程度の黒魔術とさっきお前は言ったな? …………馬鹿にするな!!」

 そう叫ぶとノートルは、私を思い切り蹴飛ばした。


 そうそう、安心してね。ノートルが近づく直前に保護魔術をかけておいたので、痛くなかったわ。十日月の私は相手にバレない上質の保護魔術を使えるの。

 だから私は身体を曲げて痛がる振りをした。


「どうだ? その程度の俺の黒魔術でお前は馬から落ちたんだよ? 

おまえの仲間も()()に追われちゃあ、そう長くないだろうなあ。ユージュもすぐに捕まえるさ」


 ノートルは黒魔術を詠唱し、先程と同じ氷の粒が渦巻く塊をいくつも作り出した。塊は馬車の方角へぬらり、と追いかけて行った。

 ノートルがその塊を先程の炎玉より高度な魔力で作り出していることは、見ている私にもわかった。ノートルも自身の魔力が強くなっていると感じ取っているようだった。

 ふふふふ…と恍惚とした表情で、ノートルは不敵に笑った。


「俺の黒魔術、冴えているからなあ!」


 悦に入り笑い続けるノートルだったが、その顔の皮膚は手と同様に変化が始まっていた。


 ――――私は昔、偉大なる魔術師リンダから学んだことを思い出していた。


『黒魔術は人を魅了する。そして人を喰らい尽くして、人を滅ぼす。終には、人は異形の悪魔に成果てるのだ。故に決して黒魔術に手を出してはいけない、禁忌魔術なのだ』と。


 ノートルは今、黒魔術に溺れ、黒魔術に自身を滅ぼされているのだ。

 私は、人が人でなくなっていく様子を凝視した。


 ノートルはその恐ろしい己の変化に気づいていないようだった。

 私の背中の上に片足を乗せると、憎々し気にぐっと踏みつけた。


「王女が地面に伏しているとは惨めなもんだな。俺も()()()を足元に見下ろすなんて痛快だ」


「……私は、自分が惨めだとは思っていないわ」


 私はノートルを射抜くように見上げて言った。

 その気持ちに偽りは無かった。

 私は誰かを守るためなら、なんだってするもの。


 ノートルは燃える赤い目を不快とばかりに細めた。


「この世界はなあ、上位に立つか平伏するかのどちらかなんだよ。おまえらは、何にもできないくせに身分が高いっていうだけで、俺に指図しやがる。気に入らないんだよ。

……だがなあ、この黒魔術(ちから)は最高だぜ? これさえあれば、お前たちを俺に(ひざまず)かせることができるんだよ。今度は俺の命令におまえたちが従うんだ!」


 ノートルは呪文を詠唱し、怪しく光る短剣を作り出すと私の喉に切っ先を当てた。


「ほら、命乞いでもしてみろよ」


 ノートルは優越感に浸りながら、にたりと笑う。


 上質の保護魔術をかけているとはいえ、黒魔術の短剣の効力は恐ろしかった。それなのに、私の気持ちは波立つことはなく、むしろなぜだか冷静だった。


「あなたのその黒魔術(ちから)は、あなたが大嫌いな身分の高い者達が振りかざす権威と同じだわ。

気が付かないの?

みんな、あなた自身を認めて跪いているのでは無いわ。

あなたが振りかざしている恐怖という権威に屈しているにすぎないのよ」


 私は言葉を続けた。


「結局、あなたも彼等と同じことをやっているのよ」


 私の言葉がノートルの逆鱗に触れたのは確かだった。

 ノートルの身体の内から怒りが吹き出しそうになったのを感じた私は、瞬時にノートルの足首を掴んで勢いよく引くと、自分の身体を起こした。

 ノートルは不意を突かれて体制を崩し、短剣を手から離した。

 私はその隙に呪文を詠唱して、短剣を破砕した。

 そしてすぐに立ち上がると、横で待っていた焦茶君に素早く飛び乗った。


「行くわよ!!」


 焦茶君は馬車が消えた方向へと颯爽(さっそう)と走り出す。

 ノートルは石畳から怒り心頭で立ち上がり、黒毛馬に跨った。

 黒毛馬はまたまたノートルを払い落とし、得意の背負い投げを披露してくれた。


「ジオツキ―の作戦に感謝だわ!」


 この間に少し距離を稼げた私は、魔術聖殿へと焦茶君を走らせようとして、……思い出した!!


 しまった!!

 ……道!!!

 道が、わからないのよ!?!?


 魔術聖殿は、どこですかああああ!?!?!?!?





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次回第17話「幽霊大顔女」 

 (我ながら凄いタイトルですw)

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