13 作戦会議
あれから暫く芝生エリアで体を休めていたので、思ったより魔術聖殿に長居をしてしまった。
もうお昼の時間も疾うに過ぎ、私たちはとにかくお腹がすいてしまったので、遅い昼食をとることにしたの。
「ガイドブックに載ってたお店なんですけど、お昼ご飯は絶対そこに行きたいですっ!!」
そういえば、アメリは馬車でガイドブックをだいぶ読み込んでいたわよね。
「湖水地方の地元料理とスイーツのお店なんですけどね、私のターゲットはここのパルフェです。ほらこの絵、見てくださいよっ! すごいでしょ? これは食べないと絶対後悔しますよ!?」
アメリに後悔させたらあとが絶対大変になると思った私たちは、アメリお勧めレストランに付いて行くことにした。
『苺の森と私』というそのお店は、かなりの人気店だったが、混雑のピークを過ぎていたのですぐに席に通された。ドーム型の天井には大きなガラスが填めこまれ、太陽光が気持ちよく降り注ぐサンルームのようだった。真っ白い壁にはこの店のシンボルである苺の苗が所々に描かれている。お客同士の目隠しには大きな観葉植物が設置されていて、まるで森にいるような演出になっていた。
ただ少女趣味の店名とパルフェが売りというだけあって、当然のようにお客さんのほとんどは女性ばかりだった。
――――アメリよ、なぜこのお店にした?
心の中でアメリを責める。
アメリは今ルンルンなので全く気にしていないけれど、あの男性二人と一緒に入るにはめちゃめちゃ勇気のいる店だった。
店の案内係は何食わぬ顔で対応してくれたけど、他のお客さんにはじろじろと見られるし、小さい子達は大きな熊の人が怖いと泣き出すし、熟女のお姉さま方はやたらとざわめいていたし。
もっと普通のお店だったら、こんなに目立たなくてもすんだと思うのよね。
当の男二人は自覚があるのかないのか、知らんふりである。
気が付けば私たちは、他のお客からちょっと離れた奥の席を案内されていた。私がお店の主人だったら同じ判断をしたと思うわ。まあもっとも、いろいろな意味で私は他のお客とは離れていたほうが助かるから良しとするわ。
壁際に私とアメリが、通路側にジオツキーとブロディンが座る。
店のお兄さんはメニューを持ってきて私達を真顔でチラ見した後に、プロの営業スマイルをばっと浮かべたわ。
「今、ランバルド国と湖水地方のコラボメニューがオススメです。明日までの特別メニューなのでよかったらいかがですか? 名物のスペシャルパルフェもセットでお得になってますよ?」
それを聞いた途端、アメリの団栗眼と顔がキラキラ輝いた。
「それにします! それ四つ!」
と勝手に注文すると、テーブルに身を乗り出して私たち3人を見回した。
「スペシャルメニューですよ? 勿論食べますよね!? ねっ!?!?」
…………アメリの圧がスゴい。
私たち三人には食べないという選択肢は与えられていなかったので、ひたすらコクコクと頷いた。
続けて私は、お兄さんに気になることを質問してみたわ。
「すみません、ランバルド国…ってどうしてなのかしら?」
確かランバルド国は十五年位前にトゥステリア王国と友好国となった北方の国だ。湖水地方とランバルドの関係は初耳だったので、一応この国の王女としては訊いておきたかったのよ。
「今ですね、魔術聖殿にランバルド国から親善使節団が来ているんですよ。明後日に使節団は帰国しちゃうので、スペシャルメニューは明日までなんです」
なるほど、そうだったのね。
我がトゥステリア王国は有名な魔術師を多く排出する魔力先進国なので、世界各地から使節団が来るのはよくある話だった。
そうか、今日はその使節団の魔術研修だったのね。きっとさっきの外国人は、ランバルドの国の人だったんだわ。
しばらくすると、お兄さんが料理を運んできてくれた。
コラボメニューのメイン料理は、ランバルド国の代表的食材の北斗七花鶏のコンフィと湖水地方の人気食材であるクル鱒のフリッターだった。お兄さんによると北斗七花鶏はどの部位も普通の鶏胸肉のように脂質が少なく、従来の鶏より柔らかくジューシーなことが特徴なのだそうだ。
「待った、兄さん。それはどこで手に入る?」
急いで厨房に戻ろうとするお兄さんの手首を引っ掴んで、鋭い目をしたブロディンが質問した。
「ほ、北斗七花鶏ですか…? トゥステリアでは、む、無理ですよ…、こ、こ、今回は特別ルートで仕入れたんで…」
鶏の仕入れ方法を尋ねる眼光鋭い筋肉男に、強く腕を掴まれたお兄さんは、蒼白になりながら、震える小声で特別ルートを教えてくれた。
……ブロディン、無精髭で表情は良くわからないけど、なんだかとても嬉しそうだ。
魔術聖殿が退屈そうだったから、とりあえず良かったわ。
そしてお兄さんには申し訳なかったから、チップをはずんでおいた。
食事をあらかた終えると、ジオツキーが周囲を見回した後に口火を切った。
「フィー様、ウフダム侯爵様に掛けられた呪縛はどうするおつもりで?」
そう、明日の夜にはノートルが帰ってくるのだ。私たちはこの話を詰めておかねばならない。
「私が、黒魔術を解くわ」
ジオツキーが目を細めて確認してくる。
「月の加護ですね?」
「一昨日の私にはできなかったけど、…そうね、今日の私なら呪縛の黒魔術を解けると思うわ」
私は自分の身体の魔力を感じようと、両掌を握りしめながら答えた。
ブロディンが感心して呟く。
「月の加護、やはり凄ぇな」
「じゃあ、帰ったらすぐにウフダム侯爵様にかけられた黒魔術を解くんですか?」
「いやアメリ、それでは目的は果たせないだろう?」
とジオツキーが冷静に言う。
私は頷く。
「私も、それは得策ではないように思うの。少しでも早く解放して差し上げたいのだけど」
私も胸が痛い。
昨夜のユージュ様をふわふわと思い出す。
もし黒魔術を解いたら、
「フェリカ様、ありがとう」
なーんて、またあの笑顔で言われちゃうのかも。
……と想像して、ついニヤニヤしそうになってしまった。
そんな妄想、いえ想像をぐっと飲みこんで平静を装った。
「え? どうしてですかぁ…?」
アメリが不思議そうに言う。
説明しようとしたとき、お兄さんがブロディンを避けて逃げ腰になりつつ、アメリ待望のスペシャルパルフェを四つ持ってきてくれた。
スペシャルというだけあって、その一番上には店の看板である苺が花開いたかのように精緻かつ華やかに並べられ、その上には飴で出来た銀糸がふわりと載っていた。苺の花の下層にはバニラアイスや苺のジュレ、生クリームやチョコソースが幾重にも折り重なっていた。
「可愛い~っ!!!!」
と超ハイテンションなアメリ。
えっ、可愛い?
どきり。
昨夜、ユージュ様に言われたことを思い出す。
『可愛いところもあるんですね』
私はまたユージュ様の顔をふわふわと思い出して赤面しちゃいそうに……
……いいえ! ここはぐっともう一度飲み込んで。ふう。
私は努めて冷静に話す。
「あのね、どうして今日黒魔術を解かないほうがいいかというとね……」
先程のアメリの質問に答えようとしたら、当のアメリ本人が掌を私に向けてきっぱりと制した。
「フィー様!!! 私パルフェに集中したいんで!! 話はそのあとでもいいですか?」
「…………ハイ、ワカリマシタ…」
そんなわけで、私たちは黙々とパルフェを食べた。
勿論、とっても美味しかったわ。
私はジオツキーとブロディンがどんな反応をしているのか、なんだか怖くて見れずに、ひたすらパルフェと向かい合っちゃったのだけど……
あとから聞いたアメリの話では、二人はかつて見たことない程の笑顔だったそうで。
……やっぱり見なくてよかったかも。
だって、それ、怖すぎるわよね?
パルフェも無事に完食したので、アメリに説明しようとしたら、先にブロディンが口を開いた。
「アメリ。そもそも黒魔術を解いた瞬間、ノートルに感知されちまうんだ」
「ノートルが戻ってきちゃうかもってこと? ああでも、ここには戻らず逃げちゃうかもしれないですよね? そうなるとウフダム侯爵様はいいけど、他の誰かにまた黒魔術かけたりとかして…」
早口に想像を膨らましすぎるアメリをジオツキーが制す。
「待て待て、アメリ」
ジオツキーが淡々とした口調でアメリを落ち着かせる。
「明日やつが帰ってきたところで、黒魔術を解くことが賢明だ」
ジオツキーは続ける。
「それに、やつは逃げない」
ジオツキーが自信満々で断言するので、私は思わず尋ねた。
「どうしてそう思うの?」
「やつは……ウフダム侯爵様に執着している。それも異常なほどに」
確かに。……ユージュ様は言っていた。
『あの男は私を蔑すめば他の者に見向きもしなかったんです。ですから自分さえ標的になっていれば、従者や領民を守れると』
さすがジオツキー、王宮近衛騎馬隊の元隊長の洞察力はすごい。
「ここで随分私服も肥やしてるんだろ? それは逃げねぇな」
「むしろ追いかけてきますよ」
「問題はノートルをどうやっちまうかだな」
ブロディンはやる気満々で拳の関節を鳴らしていたが、その手をふと止める。
「……黒魔術か。厄介だな」
そう。敵は、手強い。
ノートルは元来そんなに魔力は強くないようなのだけど……やはり黒魔術の力は強く恐ろしい。
「そこは、私が。でも本音をいうと、もう少し日にちが欲しいの。大きな魔力があれば対するのに余裕ができるわ」
「満月はいつ?」
とブロディン。
「今日は九日月だから…あと六日先よ」
アメリが鞄から手帳を取り出してページを繰っている。
「駄目ですよ、フィー様。六日後はカルド国首都アルマンの予定です。その後にも次のお見合いパーティも控えてますし。予定を入れたじゃないですか?」
私はユージュ様との甘い未来を想像して、アメリに言った。
「……次は必要ないかもしれないじゃない?」
「何言ってるんですか」
アメリが冷たい目で見返してきた。
「ねえ、そもそもこういうのって、このお相手と駄目だった~となってから、次の予定を組むものじゃないの?」
「『そんな綺麗ごと通用しないわよ、予定はどんどん入れて、チャンスは絶対に逃すなっ』て私に言ったの、誰ですか?」
私は毛穴から汗が噴き出した。
ぎゃ~~~!! アメリ!
それ私たち二人だけの会話よ?
ジオツキ―とブロディンに、聞かれたくな~い!
なんでここで言っちゃうのよ~!
ブロディンの表情は読めないけれど、女子の本音トークを聞いて、その奥まった目はピキーンと固まっている。
一方ジオツキーは目を閉じてやり過ごしていた。もともと澄ましているので固まっているかはよくわからないけど…。
ジオツキーがゆっくり目を開く。
「私も常に女性に声をかけられていましたからね。この女性とのデートが終わってから、その次に約束した女性と、なんて言っていたら、誰が誰だかわからなくなるものですよ」
……それって、なんか話が違っちゃってるけど?
私の話を肯定してくれている…のかな?
ジオツキーの話が凄すぎちゃって、ピキーンと固まるのは、こっちのほうだった。
ブロディンが咳払いをして、話を元に戻した。
「じゃあやはり明日だな」
「…そうね。それと、ユージュ様なのだけど、黒魔術を解いたら魔術聖殿にお連れするわ。あそこはユージュ様を黒魔術から守ることができるから、万が一のためにもね。それにね、私も魔術聖殿に行けばかなり力がもらえるわ。さっき確かめたところよ」
魔術聖殿には大いなる聖魔術の地魔力が存在している。
だから、ユージュ様を黒魔術から守ることもできるし、私のようにそこから魔力を供給して自分の魔力を一時的に高めることができるのよ。
私はこの力を使ってノートルと対峙しようと考えていたの。
「あれだけの地魔力があれば、…おそらく、負けないわ」
「ということは、みんなで魔術聖殿に行っちゃえばいいってことですかぁ?」
「ウフダム侯爵様を屋敷の外へ連れ出せば…」
「やつには追いかけさせればいいんです」
「そして私が魔術聖殿で討つわ」
私は深く頷いて、三人の顔を見渡した。
「決まったわね。――――その手で、行きますわよ?」
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次回 第14話「開戦」 (全19回) いよいよノートルと対峙します!