11 湖水地方の街にて
翌日。
腕の良い馭者ジオツキーのばっちりな運転で、馬車箱の後ろにはブロディン、馬車内の私の斜め前の定位置にはアメリが座り……私たちは、別邸から馬車で二十分ほどの街にやってきたの。湖水地方に来た時と違ってとても気持ちの良い天気で、道中の景色もやっと堪能できたわ。
湖水地方で最も大きなこの街は、地元の魅力的な商店やトゥステリア王国各地の有名店が軒を連ねている。観光客たちは、ここで買い物をしたり食事をするのも楽しみの一つになっている。
またこの街には歴史的建造物も多く、広場の庁舎や博物館なども有名だが、…中でも一番有名なのは魔術聖殿だろう。王都には中央魔術大聖殿があるが、その支部として各地に魔術聖殿がある。特にここの魔術聖殿はかなり古くに建てられており、重要文化財に指定されているそうだ。
ちなみに中央魔術大聖殿は、魔術に関する全てのことを束ねる最高機関として機能しており、魔力の鑑定、魔術師の育成なども行っている。確か私のいとこ達は王都の中央魔術大聖殿に勤めていたっけ。
私たちが馬車を降りた大通りは、観光客でとても賑わっていた。その通りの両脇には等間隔にウフダム領の旗がたなびき、商店がずらっと並んでいた。店はどれも同じような大きさに揃えられているが、各々の壁は趣向を凝らしたデザインを施されているので、見ているだけで楽しくなる。土産物屋、雑貨店、皮製品店、宝飾店、菓子専門店、燻製肉店等々、多種多様だった。店の飾り窓には商品が遊び心いっぱいに陳列されていた。
私はここで、王から依頼された貿易品を探すつもりなの。
こういう街の散策は女の子同士がベストよね。そのほうが店に入りやすいし。
だから散策のときはいつもジオツキ―とブロディンには適当に行動してもらっているの。……そもそもあの二人を連れて歩くと大抵の人は彼らを振り返って見るので、一緒に行動しないほうが目立たず助かるのよ。もっとも護衛をしてくれているので、その辺にはいる筈なのだけどね。
私とアメリは多くの店に入って、貿易品に相応しい物を探し回って、ついにいいモノを見つけたわ!
私が見つけた一番の掘り出し物は、湖水地方で採取された蜂蜜だけを扱っているという蜂蜜専門店の一品よ。
何かというと、湖水地方でしか生息していないという『クレーベル花』の蜂蜜よ。クレーベルという花を私は初めて知ったわ。味見をさせてもらったら、今まで私か食べたどの産地の蜂蜜にも感じたことのない、クセが無く気品ある香りがしたのよ。味も絶品だった。パンケーキにも合うし、紅茶に入れても美味しいだろう。なにより菓子職人達が飛びつく素材になりそうよ。蜂蜜色は湖水地方を代表するカラーだし(住宅に使われている石灰石の色と同じよ)、なんかぴったりでしょう? これはぜひお父様に進言しようと思ったわ。
私は試しにと、違う養蜂園のクレーベル花の蜂蜜もいくつか買い込んだ。
いろいろと買ったらけっこう荷物がかさばって、ずっしりと重くなってしまったわ。蜂蜜って瓶に入っているからけっこう重いのよね。
私とアメリが困っていた絶妙のタイミングで、お店のドアがさっと開いた。
見れば外の光をバックにジオツキーが入ってきた。
蜂蜜店の若い女性店員さんが条件反射で、
「いらっしゃいま」
と言おうとして息を呑み、パッと顔を赤らめた。
それを小耳にしていた品出し係の年上の女性店員さんは、挨拶がなってないわとばかりに後輩店員に、
「ちょっと!お客さんにちゃんと対応しな……ええっ!?」
ジオツキーを見て手を口元に当てる。
「きゃっ、嘘でしょ……?」
品物はバサバサと足元に落ちた。
そのままお姉さんたちは電光石火、我先にとジオツキーに近づくと、
「お探しの商品はっ?」
「お手伝いいたしますっ!」
「味見はいかがですっ?」
「店をご案内しますっ!」
目をキラキラさせて話しかけていた。
………イケオジ、恐るべし。
ジオツキーは上品な笑顔を浮かべると何も言わずに手でお姉さんたちをやんわりと制すると、私とアメリのところにやってきた。
「荷物をお持ちしましょう」
慣れた手つきで荷物をすっと受け取った。
そのジオツキーの肩の向こう側から、お姉さんたちが私とアメリを飢えたハイエナのような三白眼で睨んでいる……
…こ、こわっ!
それなのにお姉さんたちは、ぱっと表情を笑顔に切り替える。
「あの~、お客様♪」
さっきまで私たちには見せなかった極上の笑顔と揉み手で話しかけてきたわ。
詮索されると面倒なのと、お姉さんたちの狙いが丸わかりだったので、私とアメリは引き攣った笑顔をに~っこり作って
「どうも、お世話様でした~!」
慌ててジオツキーの背中を押すようにしてさっさと退場したのだった。
お忍びの筈なのに、……なんか目立ってしまうのよねえ。
店を出た私たちは、荷物を地図に持ち替えたジオツキーに連れられて魔術聖殿へ向かった。荷物はブロディンが担当してくれた。
といっても観光目的では無くて、私には確認したいことがあったのよ。
魔術聖殿の広い敷地は、年代を感じさせる高いレンガ塀でその両端を囲まれていた。魔術聖殿の正門は、困った者たちがいつでも魔術聖殿を頼れるようにという理念から、一日中開かれており閉じることは無い。開いた正門の向こうには、奥まで広がる芝生と魔術聖殿関連の建物が点在している。手入れのいき届いた芝生には、寝転がって休んでいる者やピクニックの家族連れなどもいて、長閑な雰囲気だった。
私は正門の前に立つと、周囲の人たちに気づかれないように、さりげなく掌を上へ向けて魔術聖殿に溜まっている魔力を感じてみたわ。今の私には空気中の魔力はチラチラと輝いて視える。チラチラと輝く魔力は、魔術聖殿の正門付近や芝生エリア、その奥の敷地内に沢山漂っていた。
よし、大丈夫。ここには充分に魔力が溜まっているわね。
私はさらにその魔力を吸収してみた。
すると、魔力が私の掌に吸い込まれていくのが視えた。
私が確認したかったのは、これなの。
魔術聖殿は大昔から魔力を持つ者が多く集う聖なる場所だ。だから、自然と魔力がその地に溜まり、地魔力になっているのよ。
私はそれを利用しようと考えていたの。
「フィー様、建物の中を見てみません?」
アメリが重要文化財だというホール棟を見学したいと呼びに来た。
「はーい、今行くわ!」
私は、ホール棟へと向かおうと、魔術聖殿の正門の中へと入って行った。
本作は全19回です。只今、第11話。折り返し地点を過ぎたところです。
ここまで読み続けてくださった、あなた様(^^)! 本当にありがとうございます。お楽しみいただけていますでしょうか? よろしければ最後までお付き合いください<(_ _)>
次回は、第12話「魔術聖殿」 何かが起こります…!
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本作品は作者の処女作です。今後の参考に、是非読者の皆様の声をいただけたら嬉しいですm(_ _)m