進む歩みと片付けと。ー立成19年 磨穂呂×樹
えっと、洋服はこっちの段ボールで………机の中身は、こっち。教科書とノートは……ううん、もう使わないから、でも捨てちゃうのももったいないなぁ。家に送ろうかな。
……ふぅ、これで一通り、片付いたかな。
それにしても、もうすぐこのお部屋ともお別れかぁ。3年って、早いなぁ。
少し傷ついた机を撫でながら私ーー磨穂呂は部屋をぐるりと見渡す。引っ越してきた時は何にも無かった静かな部屋だったけど、今はあちらこちらに私、私と樹とエリカの3年間の足跡が刻まれていて。ーーこの机で3人で勉強したんだよね。頭もお互いにぶつけたし、もっと大きな机欲しかったかも。
ーーエリカ、向こうでどうしてるんだろう。期末テスト受けてすぐに帰国しちゃってその後連絡無いけれど……大丈夫、なのかな…卒業式来れるのかな……
そうだ、樹はもうお部屋片付けたのかな。色んなものが置いてあるから樹が埋まってないといいけど……
靴を突っ掛けて部屋を出ると、樹の部屋まで歩いていく。この時期は部屋の片付けに追われている所も少なくなくて、部屋の扉が開けっ放しなとこも多い。そんな中、樹の部屋のドアはぴたっと閉めてあるままで。
「樹? お部屋片付いた? 」
コンコンとノックしてみるけれど反応がない。ドアを開けようとしても鍵がかかってて。……もう、しょうがないなぁ。
ポケットから鍵を取り出すと樹の部屋の鍵を開けて中に入る。そういえばこれも返さなきゃいけないんだよね。
……え、なんで樹の部屋の鍵を持ってるのかって? そ、それは……その………
と、とりあえず樹は……って、部屋の中全然片付いてないし……
「いつきー、どこー? 」
返事がない。机の下もベッドの中も、ついでにベッドの下も探したけれど見つからなくて。……また猫と遊びに行ってるのかな。しょうがないなぁもう、そろそろ引越しの準備しなくちゃいけないのに。
ため息をつくと樹の部屋の鍵を閉めて、樹の行きそうなところを片っ端から調べていく。多分中庭だと思うけど……あ、居た。
「樹、見つけた」
「あっ」
声をかけた途端猫が飛び出してきて、
「もー、磨穂呂が来るからねこさんが逃げちゃったのです」
「逃げちゃった、じゃないよ。お部屋の片付け、全然じゃない」
「あとでやるのです」
「そう言ってやらないくせに」
「ちゃんとやるから」
「ほんと? 」
「本当。んもう、磨穂呂は最近ママみたいにうるさくなってきたのです」
「誰が樹のママだって?」
樹の首根っこをつまんで持ち上げようとする。勿論持ち上がるほど樹は軽くないけど、
「や、やめるのですっ、わたしはねこさんじゃないっ」
じたばたもがく樹から手を離すと、代わりにお腹周りをつかんで持ち上げる。
「はいはい、お部屋の片付けに、戻りましょうね」
「じ、自分で歩けるからっ、」
じたばたしないでよ、余計重く感じるから……
「はい到着。さ、お片付けするよ」
「うう……抱っこはもう嫌なのです…」
しょぼんとする樹を横目に段ボールを組み立てていく。足りるかなこれ……
「ほら、まずは要るものと要らないものの仕分けだけでいいから始めて。その間に樹のお洋服とかしまっちゃうから」
「そ、そこは自分でやるからっ」
「……いい、樹のパンツとか見慣れてるから何とも思わないし」
「うう……磨穂呂がほんとにママになってるのです…」
「怒るよ?」
「わ、分かったのです……片付ける…」
……もう、いっつも樹はこんな感じなんだから……これじゃ恋人じゃなくて親子みたいじゃない……この3年は何だったんだろう……
そんな悩みを振り払うように無心で樹のクローゼットの片付けを行うと、向こうはちゃんと片付けてるかなとふと振り返る。すると樹は居なかった。また脱走したかな、でもドア開く音しなかったし……ん?
段ボールを覗くと、中で樹がちょこんと座っていて。
「見つかっちゃったのです」
……この忙しい時になにしてるの…もう…
樹入り段ボールの四隅を折ってフタを閉じて、ガムテープをびっと伸ばしてみせると慌てて樹が飛び出してくる。
「ほ、ほんとに仕舞われちゃうっ!?」
「いや、このまま樹のおうちまで、送り返そうかなって」
「た、宅配便は人は運べないよっ!?」
「箱入りだし、お片付けしないお荷物だから、いけるんじゃないかな?」
「ちゃ、ちゃんとお片付けするのですっ」
慌ててその辺の荷物を片っ端から段ボールに詰めていく樹。……ま、いっか、向こうで仕分ければ。
「ほんとに磨穂呂がママみたいなのです…」
「何か言った?」
「な、なにも……」
……やっぱり3年間、2人ともなにも変わんないまんま。きっと次の3年間もこのまんまかも。
……いつになったら進めるのかな。
「……でも磨穂呂、最初よりもちゃんとおはなしできるようになったのです」
「……たしかに、それもそうかも」
まだスラスラは話せないけど、それでも樹たちの前では思ったことがすぐ言えるようになって。そこだけは前に進めたのかも。
「……でもそれは、樹たちのおかげ」
……前言撤回。私たちの3年間はちゃんと前に進んでた。後は2人の間を横に進めていくのが、次の3年間。そこから先は……うん、また考えよう。
「それにしてもお片付けは疲れるのです……」
「まだ全然片付いてないって……ほら、終わったらアイス買いに行こ」
「アイスは今食べたいのです…」
「ダメ、終わってから」
「ケチー。やっぱり磨穂呂はママ」
「ぶつよ? 」
「お、お片付けするのです……」
……本当に進んでいけるのかな?