意志を継ぐもの
新たに始まる物語。
タグに異世界という単語を着けたいがために作り出されたこの物語がこれである。
薄暗い地下には闘技場があり、怒涛罵声が飛び交っていた。
闘技場には普通の人間だけではなく長い耳を持つエルフや獣の耳を持つ亜人までもが武器を持ち殺し合っている。
目元を仮面で隠した人々が闘技場を囲むように作られた観客席を埋めており、誰が生き残るのかで金を掛け、死にゆく者をあざ笑っていた。
そんな闘技場にも待合室はある。
待合室と言うよりかなり劣悪な独房と言ったほうが正しいほど汚く寒くボロボロだ。
ただ田舎の村で平和に暮らしていただけだと言うのに私は闘技場と繋がっている奴隷商人に捕まりここへ閉じ込められた。
少しずつ近づく自分の番が近づくにつれて死が近づいているような気がした。
殺し合いどころか喧嘩すらしたことがない私に生き残れるはずはない。
たとえ生き残ったとしても証拠隠滅のために殺されるのは目に見えている。
そんな絶望をごまかすために隣の独房に入れられた青年に話しかけた。
「もうすぐ私達の番だね。」
「そうだな。」
青年はこれから殺し合いをすると言うのに全く怯えることなく冷静だ。
「怖くないの?」
「怖くない。俺にできることは害あるものを殺す事だけだ。」
「無茶だ!ここの闘技場には化け物がいるのよ。私達のような普通の人間が勝てるわけがない!!」
たまに巡回してくる見張りの男達の会話を盗み聞き知った話だ。
相手になる者がいない無敗の大男。
この男にほとんどの客が金をかけるため面白くないと話していた。
それほどまでに強いのだ。
「ならお前は、こんなくだらない場所で死にたいのか?」
青年の赤い瞳がこちらに向いた。
「私は武器を受け取った瞬間自害する。奴らの遊びに付き合いたくないから。」
「ならその自害。少しだけ待っておけ。お前にとって良い事が確実に起こる。」
「は?そんなことあるわけないでしょ!!」
静かな牢獄に怒鳴り声が響いた。
期待するだけ無駄なのは平和ボケしていた私にだってわかる。
なのにこの青年は希望を持たせようとしているのだ。
「安心しろ。俺はその辺の偽善者とは違う。可能な事しか可能と言わない。」
何をふざけたことを。
もし殴れるならおもいっきり口の中がぐちゃぐゃになるぐらい殴ってやりたいと思った。
□
ついに私と青年の番が回ってきた。
闘技場に入る前に錆びついたボロボロの武器を渡された。
私はナイフ、青年はロングソードだ。
こんな錆びついたナイフで自殺しなければならない事に不安を感じる。
闘技場に入場した瞬間その場の光景に絶望し、その場に膝をついてもどしてしまった。
口の中に酸っぱく苦い味が広がる。
「おいおい!なんだよあのお嬢ちゃんは?あんなんで戦えんのかよ!!」
「お前に大金かけたんだ!しっかり楽しませろ!!」
心のない観客の声が闘技場に響く。
闘技場に広がっていたのは大量の死体だった。
手足がバラバラになり、内蔵が飛び出している者もいる。
子供の姿まであった。
胃の中が空になったところで何とかその場に立ち上がる。
「大丈夫か?」
無意識のうちに青年の手を握っていた。
ゲロを吐いた直後にも関わらず青年は嫌な顔ひとつせずに私の背中を擦ってくれた。
「さっきも言ったが、まだ死ぬな。俺を少しの間でいいから信じろ。」
死ぬ覚悟をしたつもりだったが死体を目の前で見たせいか、死ぬのが怖くなった。
藁にでもすがりたい気分だ。
「…少しだけ……いや!お願い!私をここから助け出して!!」
恐怖で涙が出てくる。
死にたくない。こんなところで。
「了解した。」
死体の中から巨体が姿を表した。
三メートルはあるであろう身長、赤い肌、巨大な角。
丸太の様な腕で巨大な斧を引きずっている。
間違いなく噂の化け物、オーガだ。
「次はお前らか?」
「そんな……」
絶望を絶望が上書きした。
いくら青年が強くてもこんなオーガに適うはずがない。
人間が挑める相手じゃないのは一目瞭然だ。
「隠れていろ。」
「逃げなきゃ殺されるわ!!」
「真剣勝負ってのは大番狂わせが起きた瞬間が一番面白いんだ。なかなか無いレアなもんだからな。安心しろ。今から俺がお前の予想を狂わせてやる。」
この先に待つのは絶望だけだ。
青年の血で染まった兇器を次に赤く染めるのは私の血だ。
そう思っていた。
「何?!」
しかし血を流したのは巨大なオーガの方だった。
その場にいる誰もが遅れて理解する。
斧を握っていたオーガの右腕が地面に落ち、断面から大量の血が流れているのだ。
「なまくらではこれが限界か。」
青年が持っていた剣の刀身は粉々に砕け散り、持ち手だけになっている。
それを見た観客は歓声を上げて喜び始めた。
「いいぞ!お前にかけて正解だったぜ!!」
「殺っちまえ!」
腕を切ら降ろされたと言うのにオーガは悲鳴を上げるどころかまったくの真顔だ。
「お前。何者だ?」
「国家機密だ。死ぬ瞬間でいいなら教えてやる。」
「そうかよ。」
「安心しろ。すぐにわかる。」
青年は頭上に魔法陣を展開し、一本の刀を取り出した。
その刀がさやから抜かれ、刀身を見た瞬間、私は確信した。
「私は助かる。」と。
当然だ。この刀はかつて戦乱の世を終わらせた伝説なのだから。
「『妖刀 世斬り』。魔王を殺したとされる伝説の剣。なぜここに?」
作者不詳、使用者不明。
見たことはないが、それでも一瞬で分かる次元の違う美しさ。
使用したとされる魔王殺しの英雄は何かしらの理由で明かされていないが、魔王が倒されたのは二十年以上前だ。
こんな若い青年が持っているはずがない。
「お前の実力ならわかるはずだ。勝ち目はない。降参しろ。」
「ここに降参は存在しない。殺すか、殺されるか、逃げて毒で死ぬか。その三択だ。」
オーガは残された腕を使い斧を拾い上げる。
「たとえ降参できても、俺にその資格はない。」
「そうか。なら教えてやる。俺の名は桜魏。お前の名は?」
「紅丸だ。」
「覚えておこう。」
紅丸は斧を構え、桜魏へ突進する。
決着は一瞬だった。
かつてオーガ一族は魔王につかえていた。
主君のために戦って死ぬ覚悟をしている。そんな誇り高き一族の中に紅丸はいた。
数々の戦場を駆け巡る姿は正に鬼神そのもの。
しかし、とある戦場で敵に囲まれ紅丸以外のオーガは全滅した。
指一つ動かなくなるまで戦い抜いて仲間に続こうとした。
しかし、敵の目的は紅丸を殺すことではなく捕獲する事だった。
魔術で強化されたロープにより、紅丸は捕獲され自害する暇も与えられず気絶させられた。
目を覚ましたときには薄暗い闘技場で、罵倒罵声を飛ばされながら必死に殺し合う者たちが目に入った。
一人の少年が紅丸を殺そうと剣を振りかざしてきた。
刃を避け「これは無駄な殺しだ。やめろ。」そう言って止めようとしたが少年は止まらない。
少年の剣を振るう姿を見て違和感を感じる。
少年から感じるのは殺意ではなく怯えなのである。
防御に回っていると頭上から何かが降り注ぎ少年の肩に突き刺さった。
弓矢だ。
先端に毒が刺された矢。
少年は毒のせいで苦しみ、泡を吹き始めた。
少年だけではなく周りの至る所で矢が刺さり苦しむものが大勢いる。
わざと長く苦しんで死ぬように毒を調整しているのであろう。
弱く一人も殺せなかった者に毒の矢を放つ事で見せしめにして、強制的に戦わせているのである。
苦しみ、悶え苦しむ少年に紅丸がしてやれるのは殺すことだけだった。
それからは必死に殺した。
恨まれてもいい。
毒で苦しんで死なせるよりも一思いに殺したほうが間違いなく早く楽になれるのだ。
どんなに汚れようと構わない。
これが俺にできる最後の務めだ。
□
真っ白な無限に広がる世界に紅丸と桜魏は立っていた。
殺し合った中でもお互い、恨みは一切ない。
「俺にはこの闘技場を潰すことが出来なかった。桜魏、どうかこの闘技場を潰して死んで行った者たちを家族の元へ返してやってくれ。」
「了解した。安心して行け紅丸。」
紅丸の首が転がり、体がその場に倒れ込んだ。
思いがけない番狂わせに観客は歓声を上げた。
私は目の前で起きたありえない出来事を受け入れられず呆然とか桜魏を眺めていた。
「いいぞ!あとはその女だけだな!」
「やっちまえ!刀のにいちゃん!」
「黙れ。」
観客を睨みつける桜魏からオーガと戦った時と全く違う明確な殺意を感じる。
「お前達を今から殺す。理由はわかるな?」
「おいおい!寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ!!」
「まあいいや。おい!あの女を矢で殺せ!そうすりゃ嫌でも立場が分かるだろ!」
黒い布で身を隠した集団が弓を構えて私を狙う。
無数の矢が放たれ私に迫る。
歯を覚悟したその瞬間頭上から大量の岩が降ってきた。
砂煙が目や口に入り咳き込む。
体に痛みが無いということは、矢も岩も当らずにすんだらしい。
「やっと見つけたぞ社会のゴミ共!!」
砂煙が止むとそこには軍服を着た集団が立っていた。
「遅いぞ。クロ。」
「上司に対してその態度はなんだ?ガキが。」
「クロ隊長。本当に全員殺してもいいんスよね?」
東軍のうち一人の男がベルトの鞘から小型の鎌を抜く。
観客を睨みながらあるき始めた。
「こいつらを連行するのも独房にぶち込んどくのにも税金がかかる。どう考えたって無駄金だろ?」
「わかりました。遠慮なく殺るっスね。」
するともう一人の大太刀を携えたオカッパヘヤーの女が肩を並べた。
「右は私が殺る。左は任せたよレイ。」
「右のが多そうッスけど大丈夫ッスか?ランさん。」
ランと呼ばれた女は横目で死体の山を見て答える。
「ひさびさにムカついたから多めに斬りたいんだ。ここは譲ってもらうよ。」
「了解ッス。」
二人は同時に観客席へ飛びかかり悲鳴を上げる観客へ獲物を振りかざした。
「俺と桜魏で保護活動だ。付いてこい。」
「了解。」
クロに桜魏が続いて歩く。
私は呆気にとられていた。
伝説の剣を持つ青年と見た事も聞いたこともない謎の部隊。
これが第0師団「無裏軍」との初めての出会いだった。
◯
活気に溢れ幸せだった村はたった一晩で、見る影はなく地獄へ変わっていた。
吸血鬼による襲撃である。
逃げるものや抵抗するものは多くいたが、圧倒的な力によりねじ伏せられ首筋から血を飲まれている。
「俺の血をやるから娘は見逃してくれ!頼む!娘はまだ十歳なんだ!!」
震える私を父は庇うように抱きしめる。
その光景を鋭い牙を見せて不気味に笑う吸血鬼は、恐怖でしかない。
「殺すのも活かすのも決めるのはお前じゃない。俺達だ。」
吸血鬼は父を私から引き離し父の首筋に噛み付いた。
みるみるうちに父の体から血が吸い取られ、父の体はやせ細りミイラのようになってしまった。
まるでゴミのように父を捨てた吸血鬼は今度は私へ襲いかかる。
最後の勇気を振り絞り村から逃げ出した。
森の中をひたすら必死に走る。
背後から複数の明らかに自身のものより早い足跡が聞こえ絶望した。
そしてなんとか森を抜けた私の目にうつったのは絶壁。
もう逃げ場はない。
底の見えない崖から飛び降りるか、吸血鬼に死ぬまで血を吸われるか。
そんな絶壁的な二択しかないのだ。
崖から落ちるのは怖いが、血を抜かれた父の姿を思い出せば吸血鬼より崖のほうが怖くないと思えた。
不気味に笑いながらゆっくりと近づいてくる吸血鬼。
もう考える余裕はない。
一歩を踏み出そうとしたその時だった。
「ガキ一人に吸血鬼が三人か。大人げなねぇな。」
突然、吸血鬼の動きが止まった。
「な?!体が動かない!?」
茂みの奥から現れたのは一人の男……ではなく女性だった。
忍び装束に身を包み体の至る所にクナイを着けている。
「確か戦闘に特化した不死のなり損ないがお前ら吸血鬼だったよな?」
「貴様は?!!元魔王軍偵察部隊の明花!?」
「アハハハ!俺も有名人になったもんだな!!」
魔王軍は確か、東西戦争において西と東、どちらにも属さず両国を追い詰めた最強の軍だ。
最終的には東軍と西軍が同盟を結んで結成された魔王討伐部隊により倒された。
その魔王軍の生き残りがなぜか私を助けてくれたのだ。
「吸血鬼も動けなくなりゃ可愛いもんだな。」
「術をとけ卑怯者が!」
「嫌だね。てめえらは確か日光に弱いんだったよな?夜明けまでそこでボケッとしてるといいぜ。」
明花は訳もわからず立ちすくしていた私の肩をがっしりとつかみ優しく微笑みこう言った。
「行き場ねぇんだろ?俺の弟子なれ!!そうすりゃ仇をとらせてやる!!」
□
これは決して表に出ることのない第零師団「無裏軍」と偽善者に中指を立て続ける青年の記録である。
□
第零師団に配属されて初めての休暇。
軍隊とはブラックな労働環境だとわかってはいたが第零師団は想定外のブラック企業だ。
ろくに休みはなく寝る時間があれば良い方。
常に死と隣り合わせの職場を転々とするのである。
そんな中実に半年振りの休暇をもらったのは良いが、休暇がひさびさすぎて何をすれば良いのかわからずとりあえず帰省することにしたのだ。
道を進むにつれて見慣れた田舎特有の田んぼの風景が広がり懐かしさを感じる。
隣の女を覗けば。
「なぜついてくる?」
「興味があるから。桜魏と『魔王殺しの力』に。」
「知ってどうする?」
「私は仕事柄刀に目が無いの。あなたが持ってるような伝説クラスの刀には特にはね。」
相手をするのが面倒になり魔方陣から刀を取り出す。
ここは田舎でなおかつ真っ昼間。人気はかなり少なく最後に人とすれ違ったのはここに来る前だ。
見られる心配はないだろう。
鞘から抜いて女に渡す。
「やっぱりすごい!これが魔王を倒したとされる「妖刀 世斬り」。生きてるうちにお目にかかれるなんて!!」
「満足したら帰ってくれ。」
女は首を横にふり、刀を返してきた。
「言ったじゃん。わたしが知りたいのは桜魏、あなたの力とあなた自身についてだって。」
刀を見せれば帰ってくれると思っていたが、それだけでは満足してくれないらしい。
面倒だ。
「私名前は幸刃。町外れの村で鍛冶屋を営んでいたの。今は家も職場も失ったニート!!よろしく!」
家も職場もうしなったというのになぜこんなに元気よく自己紹介ができるんだ?
結局、幸刃は家までついてきてしまった。
実家には二つの建物があり一つは和風建築の普通の家。
もう一つは広い空間の端っこに竹刀と木刀が並ぶ道場になっている。
桜魏の剣術はきほんここで身に付けたものだ。
「すごく立派な道場と家だね!」
道場のドアを開け中にはいると一人の女が木刀を振るっていた。
伸びた髪を後ろでまとめて結び、四十代とは思えない肉体を持つ美人。
桜魏と同じ赤い瞳をしている。
「あっ!お帰り桜魏!!」
「ただいま。おふくろ。」
桜魏の母親で、「魔王殺しの英雄」でもあるその女性は優しく微笑んだ。
特になし
仕事が忙しすぎて次がいつになるかわからん。