第32話
翌日には一般病棟の個室に移って合計一〇日間の入院生活を余儀なくされた。
その間に警察の事情聴取なども受けつつも、萌々花と一緒にのんびり過ごした。萌々花は病院から付添いで一緒にいる許可が出ていた。
父母は何かやることがあるということで、一旦は自宅に戻っていった。忙しいだろうに本当に申し訳なく思う。
風見我無為も他の病院に入院中だそうだが、退院後逮捕されることは決定事項のようだ。
倉庫への建造物侵入罪に始まり、萌々花や俺に対する傷害罪、強姦未遂罪、殺人未遂罪、凶器準備集合罪エトセトラエトセトラ……
あのラケットやバットは奴が体育祭の最中に仕込んでいたらしい。道理で都合よく武器を手に出来たわけだ。
うちの弁護士が言うには、家裁からの逆送致で刑事扱いになるのはほぼ確実だろうってことだ。自業自得。ヤツが今後、沼から這い上がれるかは知らんし、興味もないことだ。
吉見優も同罪の共謀共同正犯として取調べ中だそうだ。
警察は風見鶏がヤリ部屋と称していた雑居ビルを強制捜査したようで、家宅捜索の結果、我無為の親や会社の贈収賄の記録や脱税の記録など多数が別件で発見され、警察的にウハウハ状態らしい。
これを機にしてなのか、風見建設も元祖ヤリ部屋の主である長男の勤務先のデベロッパーが旨いとこだけ掠めて傘下に収めようとしているって噂もあるようだ。長男を傀儡にして上手いことやっちまおうってことなのかね?
風見建設について地元警察はずっと贈収賄等の裏付け捜査をしていたのに決定的な証拠が見つからなかったのだが、一見、風見建設とは関係のなさそうなあの雑居ビルにその決定的な証拠が隠してあったそうだ。
その雑居ビルの持ち主は吉見不動産。
射殺す眼光ギャル女の優ちゃん家だ。
幼馴染ってだけでなく、親の方もズブズブだったようだね。なんか吉見もそんな風なこと匂わしていたもんな。
ま、俺にはどうでもいいことだけださ。ただね。いくらでも引き返せる筈だったのに、自業自得とはいえ、ちょっとだけ心が痛い。
俺の方は違法性阻却事由に該当したようで倉庫のドアを破壊したのも石灰の粉をばらまいて備品を無茶苦茶にしたのも不問。
当然風見鶏に対する攻撃も徒手空拳の俺に対しラケットや金属バットで完全武装の奴に行った対抗行為で、萌々花を守る大義名分もあるので不問。
校長先生からもお見舞いのお言葉頂いたくらい学校の方も不問。
ただ最後の仕上げのストンピング攻撃だけは刑事さんから「ちょっとやりすぎだよ」と口頭注意を受けた。
なんか軽すぎるなと思ったら、警察様に於かれても、この事件から芋づる式に風見建設グループと議員や公務員の不正を暴けて万々歳の功労者の俺に対して意地悪はしないという配慮があったようだ。良いのかな? それで。俺的には最良なんですけどね。
あとはキッチリと賠償金を風見一家から頂いたらこの話はお終いになるだろう。
またあの弁護士が大活躍となるのかと思うと若干面倒だけど、優秀なので仕方ない。
★+。。。+★+。。。+★+。。。+★+。。。+★
「どうぞ。お入りください」
「ん? 萌々花。誰か来たのか?」
「は~い! お元気かしら? 先生よ⁉」
佐藤先生が須藤を連れ立って見舞いに来てくれたようだ。
「あゆみ、どう見たって師匠は元気じゃないって!」
「あははっ、そうよね~」
佐藤先生はいつもどおりのお気楽な感じ。須藤はなぜか涙ぐんでいるし……
「須藤? なんで泣いているんだ?」
「だって……師匠をこんな目に合わせてしまうなんて教師失格です」
だってじゃないよ! いい年してなんだよ~
「過ぎたことなんだから気にしないでよ! 治ったらリハビリとか必要かもしれないから協力してくれたら良いよ」
「し~しょう~」
むさ苦しいのがベッドの横で跪いて泣いているよ……ご勘弁。
「佐藤先生はあの面倒なのがいなくなって良かったんじゃないですか?」
「ん~ あんなのは放って置けばよかっただけなので気にしていませんでしたよ~ でもね――」
急に雰囲気が変わったよ?
「ありがとう、君方くん。吉見優を追いかけていってやっとあそこに侵入出来たわ。目当ての書類も……クククッ」
なんか怖い! なんか怖い! なんか怖い! なんか怖い!
「あ、師匠。あのですね……」
吉見を追いかけて行った佐藤先生は、そのまま彼女を捕縛して例のヤリ部屋のある雑居ビルに侵入。
警察も家宅捜索で押収したという裏帳簿や贈収賄の資料の中からある書類だけを抜き取ったそうだ。
その書類に記されている名前は『県立彩の丘高等学校 《《教頭》》 兼成金造』だそうだ。
我無為の裏口入学の賄賂を受け取っていたそうで、その証拠書類なんだって……なんで先生が書類の在り処を知っていて警察は分からなかったの⁉
「セクハラハゲデブクソ教頭め……この積年の恨み思い知るがいい! グフフフッ――のよ~ うふふふふ♫」
怖い怖い怖い怖い!!
「な、なあ。須藤。佐藤先生って大丈夫なんだよな?」
「な! 例え師匠と言えどあゆみのことを悪く言うなら許しませんよ!」
「あ、うん。そういうことじゃないから……うん。おまえらお似合いだね!」
ところで、二人で見つめ合っちゃてウフフな雰囲気のところ悪いんだけど……
「何しに来たの?」
「ん? 忘れていましたぁ~ 先生としたことが……えへへ~」
自分の拳で頭をコツンとする仕草を佐藤先生がする。ホント無駄に可愛い。須藤は顔が蕩けているし……
長期の休学になると支障が出てくるだろうから、授業を受けるに俺と萌々花はリモート参加でも出席扱いにしてくれるそうだ。
校長には既に許可が取ってあるそうで、教頭が難色を示せば例のアレのコピーを見せれば一発だそうだ。
「ありがとうございます。学校に行くのはどうしようかと思っていたので本当に助かります」
萌々花も俺の身の回りの世話を絶対に譲らないのでどうしようかと悩んでいたところなんだ。週に数回は通学するつもりではいるんだけどね。
「師匠、これがIDとパスワード等の資料です。もしPCなど必要なら学校から持ってくるので何でも言ってください」
「ありがとう。萌々花、受け取ってくれるか?」
「はい。おにいちゃん」
ん?
「萌々花? 何か変なこと言わなかったか?」
「漣、どうしたの? なにかおかしかったかな?」
あれ? 気のせいかな……
ま、いいか。
「ああ、そういえば風見鶏の他のメンバーってどうなったんすか?」
「あ、自分が答えます。まず横網と三原はなんのお咎め無しで普通に通学しています。ちょっとショックを受けているようですけど概ね元気です。それで、男子の――」
戸影は萌々花の自転車破壊を白状したが萌々花が被害届を出さなかったので特に警察からは風見鶏についての事情聴取ぐらいだったみたいなのだけど、学校的には不問は有り得ず二週間後まで自宅謹慎の停学処分だそうだ。
その後どうするかは彼次第ということ。
一方、金魚は存外に悪いやつだったみたいで、風見鶏の命令とはいえ窃盗や盗品の売買を裏でやっていた容疑で逮捕の後、保護観察処分を受ける見込みだそうで処分決定のその日に退学処分にする予定になっているとのこと。
ついでに言っておくと例のGPS追跡アプリはリモートで佐藤先生が消去済みだそうだ。どうやったの? こえ~よ!
コンコン
「は~い」
来客等の対応は全部萌々花がやってくれている。助かる。いい子、可愛い、撫でたい……腕が……ぁぅ
「漣、お風呂の時間だって。どうする? 後にしてもらおっか?」
「ああ、そうだな――」
「いやいや。自分らもう帰りますから、病院の予定を変えなくって大丈夫です。退院の時手伝いに来ますので、その時また。では、失礼します」
「じゃあね~ お大事に~」
須藤は明後日の退院の時も車を出してくれるそうだ。タクシーで構わないのにな。ほんといいやつ……って、大人だし先生なのに俺ってば失礼過ぎる!
「じゃあ、漣。先に行っていて。後から着替えて追いかけるからね」
「うん。頼んだよ」
風呂などの介助を覚えてもらうように萌々花にお願いしている。自宅に帰ってからもお願いしなくてはならないってことで勉強のため様々な介助を看護師さんや介助士さんに教わってくれている。
『ごめん、萌々花。面倒ばかり掛けちゃって』なんてこと言ったら『こんな事になるまでわたしを助けてくれたのだから今度はわたしが漣を支える番なの!」って叱られたっけ。
病院ではトイレも各種センサーでなんとかなるけど自宅だと……恥ずかしさよりも申し訳無さのほうが先に立っちゃうんだよね。
お風呂も設備の整った病院とは違うからね。
「こら! 漣! またそんな顔して! そういうのわたしは嫌いだよっ、もっと甘えてきてくれないと嫌だもん」
「うん、まいった! 分かったよ、萌々花。お願いします~」
おばちゃんの介護士さんに教わりながら身体を洗ってもらう。入院して二回めの入浴で非常に気持ちがいい。清拭でもさっぱりするけど、風呂とは違うね。
ただ長く湯に浸かると血圧が上がるからか血流が増えるからか分からないけど、腕が若干痛む。最初に比べたらだいぶマシだけどね。
これが二~三ヶ月も続くのかと思うと気が滅入ってくるな。
やっぱり萌々花にお世話されて気分良くなるのが一番かも? 思いっきり甘えさせてもらおう。
「どうしたの漣。ニヤニヤしちゃって」
「萌々花にお世話されてのお風呂が気持ちよすぎて思わずね」
「ごほん。この娘はほぼ見ているだけでおばちゃんが全部洗ってあげているんだけどね?」
「あ、いや。いつもあざ~っす」
★+。。。+★+。。。+★+。。。+★+。。。+★
退院の日、梅雨なのに空は晴れ渡り――――なんて都合のいいことは起こらず、シトシト雨降り。
母さんはつわりが酷いらしく、やっと退院なのに行けなくてごめんとメッセージを貰った。
父さんと須藤、なぜか拓哉と雫ちゃん、ジンと北山さんが来てくれている。
「あれ? 学校は?」
「遅刻して行くから平気。スド先もここにいるし、平気っしょ?」
「そっか。ありがとう。無事退院したよ。まだこの先数ヶ月はこんな状態だけどフォロー頼むな」
「お? おお? 漣がおれらにお願いしているよ⁉」
なんだよ……おかしいかよ?
「いや、レンてさ。今まで孤高の人って感じで仲良くしててもこれ以上は踏み込まないって感じあったからさ。びっくりしただけだよ」
「イヤ……まあ、そうなんだけどさ。やっぱり、助けてもらったり助けたりってして信用したり信頼したりって良いなって……思うようになってね」
「あははっ、漣くんがデレてる。萌々花ちゃんのおかげかもね~」
「では。退院祝いの花束は……君方くんは持てないから萌々花ちゃんに!」
「「「「退院、おめでとう」」」」
「えへへ、ありがとう。これからもよろしくな」
「っうっし。お前らはさっさと学校に行けよ。自分は彼らを自宅まで送っていくから」
「はーい。じゃあね~ 近々登校もするんでしょ? 待ってるよ、二人とも!」
「じゃね。雫ちゃん。気をつけて学校に行ってね」
萌々花が答える。
あのさ……誰も気づいていないようだけど、萌々花が俺んちに一緒について行くって体で話が進んでいるんだけど?
疑問に思っていないってことは、父さんが丁度いい具合にここにいるから俺が一人暮らしってこともバレてないってことだよな。一人暮らしじゃないけど……
それに見舞いも断っていたから、萌々花が病室で一〇日間寝泊まりしていたことも父母と須藤カップル以外は誰も知らない。
そもそも萌々花が母親の元を離れたことも誰も知らない。知る要素がない。
あれ? 何となく上手いこと回って全然二人暮らしがバレていないって奇跡的じゃない?




