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94.理由

「ミア様、どうかされまして?」

 足早に近づいてくるミアに気付いたシルフィーは、話を途中で切り上げると、ミアに近づいてくる。

「カルタット公爵が何かを仕掛けてくるかもしれません」

 早口のミアの言葉に、シルフィーが目を細める。

「それは、想定外だったわ」

「オレンジの宝石の塊を持っているかもしれません」

 ミアの言葉に、シルフィーは小さく息を吐く。


「誰かは分かるかしら?」

「ケルク侯爵、スーリン侯爵、オドリー侯爵です」

 ミアの上げた名前に、大広間を見回したシルフィーが目を見開く。

「不味いわ」

 シルフィーの言葉と同時に、大広間の中が騒然となる。

 シルフィーの視線の先には、オドリー侯爵にナイフ突き付けられたアルフォット国王がいた。

 ミアも目を見開く。

「誰か、陛下を……!」 


 ミアの小さな叫びは、ヒースに届いたようで、ヒースが動こうとする。だが、ヒースの動きは、アルフォット国王に突き付けられたナイフの動きで、止められた。騒然としていた大広間の中は、緊張でシンと静まり返った。

「大人しくしておけば、命は取らん」

 それまで遠くて聴こえなかったカルタット公爵の声が、大広間の中に響く。

「シルフィー様」

 ぎゅっと手を握ったミアの言葉に、シルフィーが頷く。

「確か、王立騎士団の一団も屋敷の外にいたはずよ」


 ミアとシルフィーの視線が、大広間の窓に向かう。次の瞬間、ミアは靴を脱ぐとドレスの裾を持ち上げて走り出す。

「ミア様!」

 シルフィーの小さな叫びは、ミアには聞こえないように振り切られる。

 ミアは人の間を抜けて、大広間の扉に向かっていく。固唾をのむ人々の視線は、アルフォット国王に向かっていて、外に向かって走るミアに怪訝な表情をしても、ミアを本当の意味で気にしている人間などいなかった。

 扉の前には、他の人々と同じで国王を見て驚愕の表情で立ち尽くすマーガレットがいて、そのマーガレットに向かって、険しい表情のモートン子爵が近づいていた。その手がマーガレットに伸びる。


「辞めなさい」

 マーガレットとモートン子爵の間に滑り込んだミアが、モートン子爵を睨みつける。モートン子爵の伸びた手は、ミアを乱暴に掴む。だがミアは、ヒールの付いた靴をモートン子爵にたたきつける。ヒールを叩きつけられたモートン子爵の表情が醜く歪む。

「邪魔するな」

 モートン子爵は握ったままのミアを力いっぱい引きずろうとする。

「ミア様!」

 マーガレットの声が悲鳴になる。だが、その悲鳴は、人々のどよめきにかき消された。


「モートン子爵、そこまでにしてもらおう」

 カチャリ、とモートン子爵の首筋に剣が当てられ、モートン子爵の表情が凍り付く。

「ジョシアさん」

 ミアが息を細く吐く。マーガレットも、ホッと息を吐く。

「ミア様から手を離せ」

「い、一介の騎士風情が……お前こそ私から剣を離せ」

 忌々しそうにモートン子爵がジョシアを睨みつける。

「ミア様を離せ」

 ジョシアが目を細める。


「お、お前ら、必ず処分してやるからな! 女と庶民に私がばかにされるなど!」

 モートン子爵の言葉に、ミアもジョシアも首を横にふる。

「女と馬鹿にされるのはお辞めになったら? 女性を馬鹿にするってことは、女の体から生まれて来たご自分のことも、惨めだと思っておられるってことかしら? だって、馬鹿にするべき女の体から生まれてきてしまったんだものね?」

 緩んだモートン子爵の手を、ミアは反対の手で振り払う。モートン子爵は怒りの表情を浮かべるが、首筋にある剣のせいで身動きを取れず、ギリギリと奥歯を鳴らす。


「そ、それは屁理屈だ!」

「あら。じゃあ、どうして女性が馬鹿にされるのか、理論整然と説明してくださる?」

「それは……説明する義務などない」

 ふてぶてしい表情のモートン子爵に、ミアは小さく息を吐いて首を横にふる。

「ところで、庶民の何が悪いのです?」

 剣を首筋にあてたままのジョシアが、後ろからモートン子爵に問いかける。


「庶民の癖に、貴族への口の利き方がおかしいだろう!」

「申し訳ありません。何しろ庶民なものですから、尊敬できない貴族に対して丁寧な言葉遣いなどできそうにもなくて」

 ジョシアの言葉に、モートン子爵は険しい表情の顔を赤くする。

「モートン子爵はご存じかしら。我が国には、貴族よりも庶民の方が数が多くてよ?」

「知るか! いいか、ルイ殿下が国王になるんだ! その時には、お前たちを処分してやるからな!」

 ミアとジョシアは視線を合わす。

「ジョシア殿、モートン子爵はこちらで対応致します」

 現れたクエッテたちに、マーガレットが目を伏せて、大きく息を吐く。


「助けが遅くなり申し訳ない」

 クエッテの言葉に、ジョシアとミアが首を横にふる。クエッテの後ろから王立騎士団の数人が身を潜めて静かに大広間に入ってくる。国王に意識が向いている人々には、その存在は殆ど気付かれることは無い。

「お前ら! 聞いていたのか! ルイ殿下が国王になったら……」

 喚くモートン子爵の口に、王立騎士団の騎士が猿轡を噛ませ、後ろ手に縛る。

「モートン子爵は一体何を?」 

 クエッテが困った顔をして靴をミアに差し出した。クエッテの問いかけに、ミアもジョシアも困ったように首を横にふる。ミアは靴を受け取ると、ジョシアの手を借りて靴を履く。ミアに視線を向けたジョシアが、ミアの震える手をそっと握りしめる。


「ミア様」

 叱るようなジョシアの視線に、バツが悪そうに目を伏せたミアが、ハッと我に返り、大広間の反対側に視線を向ける。

 ミアの視界にも、まだ首筋にナイフを当てられたままのアルフォット国王の姿が見えた。そして、皇太子であるフィリップが、カルタット公爵に対峙しているのも見える。だが、どう見ても、カルタット公爵がアルフォット国王とフィリップをあざ笑っているようにしか見えなかった。


「何か手はないのかしら」

 ぼそりと呟くミアの手を握るジョシアの手に、力がこめられる。

「ミア様、無茶はされないでください」

「でも、キャルお姉さまも、何も手を打てないでいるのよ」

 ミアが焦る表情でジョシアを見る。

「そうでしょうか」

 じっとキャロラインに視線を送るジョシアが、小さく首を傾げる。


「……いつものキャルお姉さまなら、とっくにことを起こしているはずだわ」

「確かにそうですが……」

 ジョシアの返事が終わる前に、ミアがジョシアの手を引いて歩き出す。

「行きましょう」

 ジョシアはじっと国王を見つめて落ち着いた声を出すミアに、小さくため息をつくと、ミアを追い越しミアをかばう様にアルフォット国王たちがいる場所に向かって歩き出す。


 *


「ルイに、国王の座を譲る?」

 フィリップの声が、大広間に広がったどよめきの中に沈む。カルタット公爵が大楊に頷く。

「簡単なことだ。それだけで、陛下の命が守られるのだから」

「簡単なこと? ……ルイに国王の座を譲るのが、か?」

 フィリップの視線が、ルイに向く。ルイがニコリと微笑む。

「父上、兄上、簡単なことではありませんか。大人しく、私に国王の座を譲ると言いさえすればいいんですよ?」

「ルイ、国のまつりごとは、簡単なことではないんだ」

 真剣な視線を向けるフィリップに、ルイが首を横にふる。


「兄上、大丈夫ですよ。私には、カルタット公爵という、強い味方がいますから」

 その声は明るく、深刻な話をしているようには、誰にも聞こえなかった。

「そうです。ルイ殿下には、私どもが付いております。必ずやルイ殿下の理想の国へ、導いていきます」

「ルイ、目を覚ますんだ」

 フィリップがルイに近寄ろうとするが、カルタット公爵は首を振ってオドリー侯爵に視線を向ける。

「オドリー侯爵、そのナイフが脅しではないと、フィリップ殿下に教えてやろう」

 カルタットの言葉に、オドリー侯爵のナイフが揺れる。それは、意識した手の動きではなく、震えから来る動きだった。


「くっ」

 だがその動きは、アルフォット国王を傷つけるには十分な動きだった。国王の首筋にできた一筋の傷から、僅かに血がこぼれる。

 その血を見たフィリップが、足を止める。

「辞めろ!」

 オドリーに向かって叫ぶフィリップを、カルタット公爵があざける。

「それが、人にものを頼むときの態度ですか?」

「兄上、お願いする時には、そんな言い方ではダメですよ」

 ルイがうんうんと頷いている。


「ルイ、どうして父上にそんなことができるんだ!」

 フィリップの鋭い視線が、ルイに向けられる。

「……だって、もうこれしか方法がないって、カルタット公爵が」

 あっけらかんと告げたルイの視線がカルタット公爵に向くと、カルタット公爵が頷く。

「そうです、ルイ殿下。お父上の後はフィリップ殿下が国王になり、フィリップ殿下に子供が出来たら……ルイ殿下が国王になることはないのです。だから、今王位を奪うしかないんですよ」

 フィリップが目を伏せて首を横にふる。


「ルイ。王位をうばって、アルフォット王国をどうするつもりなんだ?!」

「それは決まっているよ。私たちが幸せな国にするんだ」

「私たち、とは?」

 フィリップの質問に、ルイは肩をすくめる。カルタット公爵が微笑む。

「そんなこともわからないのですかな? 王族と貴族にとって幸せな国ですよ」

「阿呆だな」

 カルタット公爵の言葉に即座に反応したのは、それまで黙って話を聞いていたキャロラインだった。 

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