89.魔王とシルフィーの女子トーク
シルフィーがニコリと微笑む。
「それでね、キャロライン様にやっていただきたいことがあるの」
「私に? ……一体何を」
シルフィーは封筒に入った手紙をキャロラインに差し出す。
「この方たちを、絶対、婚約パーティーに呼んで欲しいの。皆さま、元々呼ぶ予定があったかしら?」
封筒から便せんを取り出したキャロラインは、全ての名前に目を通した後、シルフィーを見る。
「ここにある名前は、呼ぶ予定がなかったものばかりだな。今回は、サムフォード家の店の再開を宣言することも目的の一つだったから、呼ぶ予定だったのは、取引がある家だけだったんだ」
「そうなのね。……呼ぶことが難しいかしら?」
シルフィーが首を傾ける。
キャロラインは小さくため息を付いた後、首を横にふった。
「我が家は腐っても公爵家だからな。呼ぶことは……不自然ではないし、可能だ」
「では、よろしくお願いしますわ」
シルフィーが頷く。
「シルフィー様、私にも、手伝えることはありますか?」
ミアがシルフィーを見る。
シルフィーは微笑むと、首を横にふった。
「いえ、大丈夫よ。ミア様は、ご自分の体調を戻すことを第一に考えてらして?」
「でも……」
「ミア、シルフィー様の言う通りだ。暫く、大人しくしておけ。後先考えず身を挺すなど、もう二度とするな」
キャロラインの言葉に、ミアは苦笑する。
キャロラインがミアからシルフィーに視線を移す。
「それで、他に何を準備すればいいんだ?」
「それだけで十分よ」
シルフィーの言葉に、3人は目を見開く。
「それだけ……って、シルフィー様、一体どんなシナリオを考えていらっしゃるんです?」
ミアがシルフィーに問いかける。シルフィーは楽しそうに目を細める。
「あなたたちは、知らないってことで大丈夫よ。婚約のお披露目と、店の再開の宣言を邪魔するつもりはないわ」
「……何をするつもりだ?」
キャロラインが眉を寄せる。
「さあ、どうなるかしら。その時になってみないと、私も分からないわ」
ふふふ、と微笑むシルフィーに、ミアもキャロラインもジョシアも、困ったように顔を見合わせる。
「そうだわ。キャロライン様、婚約パーティーはいつ頃開くつもりかしら?」
「……流石に、来月開くわけにも行くまい。……2か月後だな」
キャロラインの答えに、シルフィーが大きく頷く。
「それならば、十分準備ができてよ」
「……本当に、カルタット公爵を追い詰めることが出来るんでしょうか?」
ミアの問いかけに、シルフィーは少し首を傾げる。
「私はやれると思っているわ。まあ、この場合の主演は、私ではないから、どう演じてくれるのか未知数ではあるんですけれど」
ふふふ、と微笑むシルフィーに、3人の表情はますます困惑する。
「えーっと……本当に何をやる気なんだ?」
キャロラインの言葉に、シルフィーはニコリと笑う。
「悪者退治よ」
キャロラインが首を横にふる。
「シルフィー様が考えていることは……私の予想をはるかに超えている気がする」
あら、とシルフィーが驚いた表情になる。
「屋敷を一つ吹き飛ばしたキャロライン様には言われたくないわ」
「……あれは、吹き飛ばしたんじゃない。家の一部が壊れただけだ」
キャロラインが目を逸らす。
「そう言うことにしておきましょう? じゃあ、私、もう帰りますわ。ミア様、早く元気になられて」
シルフィーが立ち上がると、ミアは慌てて立ち上がろうとして、ふらり、と体が揺れる。
「ミア様!」
ジョシアが慌ててミアの体を抱きとめる。
ホッと息をついたミアが、眉を下げてジョシアを振り返る。
「ありがとう、ジョシアさん」
「いえ。まだ体調が万全ではないのです。お気を付けください」
ジョシアがそう言ってミアの体から手を離す。
「ミア様と婚約者の方も、仲がよろしいのね。うらやましいわ」
微笑むシルフィーに、ミアは恥ずかしそうに目を伏せた。
「ミア、見送りは私がやるから、寝ておけ」
立ち上がったキャロラインが、ミアを見る。
「シルフィー様、お見舞いありがとうございました」
ベッドに座ったミアが頭を下げると、シルフィーは微笑んで頷くと、部屋を出ていく。キャロラインも後に続くと、そっと扉を閉めた。
「一体何をする気だ」
声を潜めたキャロラインに、シルフィーは肩をすくめる。
「ですから、私は何もしないわ」
「意味が分からん」
「主役たちには自然にふるまって欲しいのよ。そうでなければ、不審に思われてしまうわ」
「……だが、既に何かがあることは知っているんだ。それとどう違う?」
「大分違うわ」
シルフィーは微笑むだけで、それ以上答えようとはしなかった。キャロラインは小さくため息を付く。
「シルフィー様。私は婚約パーティーをことのほか楽しみにしているようだ。その楽しみを、奪わぬと約束できるか?」
あら、とシルフィーが微笑む。
「キャロライン様、ご自分の気持ち、お認めになったのね」
「……好きに解釈すればいい」
ふい、とキャロラインが顔を逸らす。
「それは、伝えておきますわ。流石に、無粋な真似はしないはずよ」
シルフィーの答えに、キャロラインは大きくため息をつく。
「本当に、意味が分からん」
ふふ、と笑ったシルフィーが、階段を降りようとして、ホールにいる子供たちに気付く。
「あら、あれは使用人たちの子供かしら?」
「いや。あれは預かっている子供だ」
「なるほど、あの子供たちが、噂の子供なのね。でも、キャロライン様も母性に目覚めることがあるのね」
シルフィーの声には、明らかにからかう音色が乗っている。
「母性と言うわけではない」
「キャロライン様!」
キャロラインに、ウェイが駆け寄ってくる。
「何だ?」
「これ、あげる!」
ウェイの手には、キラキラと輝くオレンジの石がある。
「何だ、これは?」
「えーっと、僕らが貰ったペンダントだよ」
「誰から?」
「僕らを殴っていた人から。でも……これは綺麗だから……」
ウェイがバツが悪そうに瞳を揺らし、声を小さくする。
「ちょっと貸してくれ」
困ったように眉を下げたキャロラインが、ウェイの手からペンダントを受け取る。
一瞬キャロラインは表情を固くして、次の瞬間、何もなかったようにウェイを見た。
「あの男から貰ったものを身に着けてるのは、良くないことが起こるかもしれない。だから、フィッツとレイラのペンダントも私にくれ」
「うん、わかった! お兄ちゃんたちのも貰ってくるね!」
ウェイが階段を駆け下りていく。
「そのペンダントの石は……?」
「私も初めて見る石だ」
キャロラインは手の中にある石をじっと見つめる。
「私、どこかで見たような記憶があるわ」
シルフィーの言葉に、キャロラインが反応して顔を上げる。
「どこで見たか思い出せるか?」
「……どこ、だったかしら。そんな色をした宝石は聞いたこともなかったから……あ」
彷徨っていたシルフィーの視線が、キャロラインに戻る。
「ミイファ様が身に着けていたことがあったわ。私が、そんな色の宝石を見たことがない、趣味が悪いと言ったから、殿下がミイファ様に代わりの宝石をプレゼントしたのよ」
「……本当にそんなやり取りをしていたのか。よくやるな。ミイファ嬢か。……どこから手に入れたか……わかるか」
「ええ。それは聞けばすぐにわかるんじゃないかしら」
「ミイファ嬢は、魔法が使えるのか?」
キャロラインの質問に、シルフィーが首を傾げる。
「魔法? ……いいえ。ミイファ様は魔法は使えないと思うわ」
「……違うのか? だが、これは……」
キャロラインがじっと宝石を見つめる。
キャロラインの真剣な声に、シルフィーが目を細める。
「その石、一体何なの?」
「……魔力が、吸われている感覚がある」
キャロラインがペンダントの鎖をつまんで、石を手のひらから離す。
「魔力が吸われている? ……不思議な石ね。私が触れても何もないのかしら?」
シルフィーが揺れる石に手を触れる。
「特に何も感じないわ」
「そうか。ならば、魔力のある人間にだけ作用するものなんだろう」
シルフィーは宝石をつまむと、日に透かす。
「色は可愛らしいんだけど、実は厄介な石かもしれないわね」
「……シルフィー様は、案外その石を気に入っているみたいだな。ミイファ嬢には悪態をついたくせに」
キャロラインが肩をすくめると、シルフィーがニッコリと笑う。
「あら。だって、何でも文句をつけてないと、悪役令嬢にはなれないでしょう?」
「……よく、やろうと思ったな」
キャロラインがため息を付く。
「だって、スカイとの結婚のためだもの。何でもやるわ」
「……下手をすれば、公爵家から追放されて、国外追放だってありえただろう?」
「あら、それならそれで大歓迎だったのよ? でも、ありえないわ。婚約破棄がせいぜいでしょうね」
確信を持ったように肩をすくめるシルフィーに、キャロラインがまたため息を付く。
「その自信は、一体どこから湧いてくるんだ?」
「私がシナリオを作っているんだから、当然でしょう?」
自信満々に笑うシルフィーに、キャロラインは呆れた顔で首を横にふった。
決して、言葉のセレクトミスではない。キャロラインとシルフィーが寄ると、明後日の方向に話が流れるだけです!




