84.ミアの居場所
サムフォード家は、使用人とシュゼット達が屋敷の中をバタバタと走り回っている。
「レイン様! 伝言を聞かれたのですね!」
サムフォード家のホールに魔法で転移した3人に、フォレスが気付き近寄ってくる。
「いや、誰とも会っていない。それより、ミアは?!」
レインは返事もそこそこに、フォレスに尋ねる。フォレスが神妙な表情で首を横にふる。
「今のところ、屋敷の中にミア様は見つかっておりません」
「何があったんだ?」
キャロラインの言葉に、フォレスが頷く。
「ミア様の悲鳴が聞こえまして」
「悲鳴?!」
レインがハッと息をのむ。キャロラインは目を細める。ジョシアがずい、と身を乗り出す。
「どちらで?」
「ミア様のお部屋からです。声を聞いて、近くにいた使用人が部屋に入った時には、もうもぬけの空で……」
「シュゼット達は気付かなかったのか?」
キャロラインの言葉に、フォレスが首を横にふる。
「外に悲鳴は漏れていたようですが……ミア様の姿も、外から出入りする人間も見ていないと」
「……部屋の中から、忽然と消えたというのか?」
レインがそう言いながら、キャロラインを見る。
「……忽然と消えるなど……魔法か?」
視線を受けたキャロラインが呟く。
「とりあえず、ミア様の部屋を見ましょう。それから、シュゼットさんと一番最初に部屋に入った使用人をミア様の部屋に」
ジョシアの言葉に、フォレスが頷く。
ジョシアが足早に階段を昇って行くのを、レインとキャロラインが追いかける。
「アイザックのことは、すっかり頭の中になかったですね……」
レインが小さくため息を付く。
「あんな小物、一人じゃ何もできないだろう」
キャロラインが忌々しそうに告げる。
「魔法なんでしょうか」
レインの視線がキャロラインに向かう。キャロラインは目を伏せる。
「忽然と消えたのが本当であれば、魔法以外には考えられん。……転移の魔法が悪用されるとすると、こういうことも起こりえるのか」
「……転移されたとなると、どこに行ったのか……わかりませんね」
ガチャリ、とジョシアがミアの部屋を開ける。そこには勿論、ミアの姿はない。
「……これは、その時のままになっているんでしょうか」
ジョシアが部屋を見回す。レインとキャロラインは部屋を見回して頷いた。
「お茶がこぼれているな」
キャロラインの視線が机の上に向く。
机の上には、倒れたカップと、そこからこぼれたお茶、そしてお茶うけが入っていただろう小さな籠と、書きかけの手紙がおいてあり、机の後ろにある椅子は倒れたままだった。
「手紙を書いていた途中だったんだろうな」
キャロラインの指摘に、ジョシアも頷く。
トントン、とドアをノックする音がする。
「入って」
レインが声を掛けると、入って来たのは、顔が青ざめたローズだった。その後ろにはフォレスが控えていて、ローズを支えている。その後ろからシュゼットが入ってくる。
「ローズが最初にミアの部屋にやって来たのか?」
レインの問いかけに、ローズが頷く。
「居間で片付けをしていた最中で……ミア様の悲鳴が聞こえてきましたので、急いでこちらに来たんです」
「部屋に入ったら、誰もいなかった、と言うことなんですね?」
ジョシアの言葉に、ローズがコクンと頷いた。
「誰の気配もなくて……窓も開いていませんでしたし、ドアも閉まっていたんです。でも、ミア様は、いらっしゃらなくて」
「部屋は、このままだったのか?」
キャロラインの問いかけに、ローズは部屋を見回して首を横にふった。
「床に落ちていた手紙とペンは机の上に置いたんです。動かしてはいけませんでしたでしょうか」
「……事件だとすれば、そのままにしておくのがセオリーだとはされていますが……きっと気が動転されていたんでしょう?」
ジョシアの言葉に、うつむいたローズが小さく頷いた。
「いや、構わないよ。他に、今の様子と変わったことは無かったかな」
レインが優しく問いかけると、ローズが顔を上げて、また部屋の中を見回す。
「……そう言えば」
ローズが、首を傾げる。
「そう言えば?」
ジョシアが促すと、ローズが小さく首を横にふる。
「いえ。きっと、気のせいだと思います……」
「何でもいい。ミアを探すためだ。気になることがあったなら、何でも言って欲しい」
キャロラインの言葉に、ローズがおずおずと口を開く。
「お茶うけに持ってきていたクッキーが、全部なくなっていて」
予想外の内容に、レインもキャロラインもジョシアも首を傾げる。
「あの、いつもミア様はお菓子をお持ちしても、1枚ほどしか召し上がることは無くて……私達使用人に食べるようにと渡してくださるんです。でも、それが全部なくなっていて……」
段々声が尻つぼみになったローズは、困ったように眉を寄せた。
「ミア様は、使用人に渡すために、料理番のものに、大目にお茶うけを出すようにおっしゃっていまして」
フォレスがフォローするように告げる。
「申し訳ありません。きっと関係のないことだと思います」
頭を下げるローズを、レインは困ったように見ていたが、キャロラインは、ふむ、と考え込む。ジョシアもまた部屋の中を見回したあと、机の上の空になった籠をじっと見つめる。シュゼットは点検するように部屋の中を歩いていている。
ハッとしたローズがまた口を開く。
「手紙を動かしてしまったこと、ミア様の捜索に支障はあるんでしょうか?」
レインとキャロラインの視線がジョシアに向く。ジョシアは困ったように首を傾げる。
「どうでしょうか。ただ、今回は、犯人はもうわかっているんです。だから、それほど重要ではないかもしれません」
フォレスとローズ、そしてシュゼットが目を見開く。
「一体だれが!?」
3人の声が揃う。
「アイザックだ」
レインの言葉に、フォレスとローズの目が怒りに燃える。シュゼットは目を伏せて首を振った。
「ミア様が思い通りにならないからって、攫うなんて!」
ローズの声が、ミアの部屋に響く。
「他に……気になったことは無かったかな?」
レインの問いかけに、ローズは首を横にふった。
「申し訳ありません。それ以外には何も」
「わかった。もう大丈夫だよ」
レインが頷くと、ローズが自分の服をぎゅっと握りしめた。
「レイン様! ミア様は大丈夫でしょうか?!」
「絶対に探し出す。だから、心配をするな」
キャロラインが告げると、ローズは目を潤ませたまま頷いた。
パタン、と扉が閉まり、ローズとフォレスが居なくなった部屋に、3人の溜め息が落ちる。
「レイン様。ミア様の叫ぶ声が聞こえた以外に、外の様子には変化はありませんでした。その前後で誰かが出入りするようなこともありません」
シュゼットの言葉に、レインが頷く。
「居間からミアの部屋まではすぐだ。ほんのちょっとの間に居なくなったというんであれば、やっぱり魔法を使ったということ、なんだろうか」
レインがキャロラインを見る。
「それ以外に、説明はできまい」
「さて、アイザックはどこにいるんだろうな。魔法で転移したとなれば、外からは出入りが確認できないからな。流石に王立騎士団の目が光っていたとしても、外からじゃわかるまい」
キャロラインの溜め息に、レインもジョシアも困ったように首を横にふった。
「グルグガン商会の持っている建物をしらみつぶしに当たりますか」
「……一刻も早く見つけたいですが、それしかないでしょうね」
レインが困ったように呟く。
「何か証拠でも落ちていればな」
ぐるりとキャロラインが部屋を見回す。
「手紙とペンくらいしか移動させなかったと言っていたが……小さな証拠など、見付けるのも大変かもしれん」
「部屋を掃除しましょう」
唐突に言い出したレインに、キャロラインとジョシアが呆気にとられる。
魔法で風を起こしたレインが、その風を、目の前に集める。
「なるほど、それならば集められるな」
だが、目の前の床には、チリのようなゴミしか集まってはいなかった。それでも4人は床に集まったごみを見るために、しゃがみ込む。
「これは、狼の毛、だな」
キャロラインが数本の毛を掴む。
「ミアの部屋には、カルロは出入りしていませんが」
レインが首を傾げると、ジョシアがうーんと呟く。
「ですが、使用人が出入りしたときに、服に着いた毛が落ちてしまうことはありますしね」
シュゼットの言葉に、レインが頷く。
「なるほど、そうですね」
いや、と声を漏らしたのは、キャロラインだった。まだじっと掴んだ毛を見ている。3人の視線がキャロラインに集まる。
「この毛には、血がついている。これは、カルロの毛じゃない」
キャロラインの言葉に、レインとジョシアがハッとする。
視線を集めたキャロラインが、ニヤリと笑う。
「ミアの居場所は、あそこかもしれん」
レインとジョシアも頷く。シュゼットだけは不思議そうに首を傾げる。
次の瞬間、4人の姿が、ミアの部屋から消えた。




