82.グルグガン商会との戦い
緊張した面持ちのレインと、ローブを被ったキャロライン、そしてジョシアが、緊張した面持ちのミアに頷く。
「お兄さま、キャルお姉さま、よろしくお願いいたします」
「ああ。……頑張って来るよ」
レインが頷く。フォレスとローズ、そして子供を手に抱いたケイトが、遠巻きにミア達を見守っている。
「シルフィー様の話では、魔法を使える人間はグルグガン商会にはいないんだろう? よほどのことがない限りは、罠になどかからないからな」
キャロラインの言葉に、ジョシアが硬い表情でキャロラインを見る。
「キャロライン様、油断大敵です」
「シルフィー様は聞いていないと言っていますが、万が一のこともありますわ。それに、カルタット公爵家では、魔法を使える人間を探していたという噂があったようですし……」
ミアも硬い表情で告げる。
「わかっている。……ミアも油断するなよ。流石に、王立騎士団が目を光らせている中で、サムフォード家に奇襲をかけてこないとは思うが」
キャロラインの言葉に、ミアが首を傾ける。
「私は本当に留守番をしていてよろしいんでしょうか」
「ミアがいたからと言って、交渉に有利になるわけでもないから……」
レインが首を横にふる。
「そうですけれど。人数は多い方が良いんじゃなくて?」
「結果的には、こちらの方が人数は多くなるんだ」
キャロラインの言葉に、ミアが頷く。
「確かに、そうですわね。……私がいても交渉が進むわけでもありませんし……、クォーレ公爵家の名前の方が、よほど交渉には有利になるものね」
「あと、魔王の名前もな」
ニヤリ、とキャロラインが笑うと、ジョシアが小さくため息をつく。
「キャロライン様。本当に、油断大敵ですからね。いくらこちら側に味方が多いとは言え、敵地に乗り込むのですから」
「わかっている、ジョシア。これは、サムフォード男爵家の戦いだ。私のミスで駄目にするわけにはいかないからな」
「お分かりならいいのです」
頷くジョシアに、レインは苦笑する。そして、レインはミアに視線を移す。
「ミア、行ってくる」
「お兄様、キャルお姉様、ジョシアさん、行ってらっしゃいませ。くれぐれも、気を付けてくださいね」
「ああ」
キャロラインが頷くと、3人は馬車に乗るために屋敷を出て行った。
*
シン、と静まり返った応接間の中を、キャロラインがぐるりと見回す。
「悪趣味だな」
「キャロライン様」
ぼそりと呟くキャロラインを、ソファーの後ろに立つジョシアがたしなめる。応接間には、グルグガン商会の使用人が数人と、いかつい体の明らかに護衛だと分かる男性が二人立っていて、キャロラインの言葉に、じろりと視線を向けていた。
緊張した表情のレインは苦笑して、調和のないモノが溢れている応接間を見回すと、一つの絵に目を止めた。
「あれは、我が家にあったものですね」
レインの視線の先を辿ったキャロラインが、じっと見つめる。
「この応接間には不似合いな絵だな」
「私はとても良い絵だと思っていますけれど」
レインの反応に、キャロラインが首を横にふる。
「ここに不似合いだと言っただけだ。あの絵は……心が温かくなる絵だな」
キャロラインの言葉に、レインが口元を緩める。
「キャルも気に入って下さったようで良かったです」
「当然、あの絵も取り返すぞ」
「ええ」
レインが小さく頷いたのと、応接間の扉が開いたのは同時だった。
「待たせたかな」
グルグガン商会の店主であるウォルター・グルグガンが巨体を揺らしながら応接間に入ってくる。レインは背筋を伸ばし、キャロラインはウォルターを睨みつけた。
ウォルターがどさりとソファーに巨体を沈み込ませる。
「さて、サムフォード男爵。わざわざ婚約者であるキャロライン様まで伴って、話、というのは?」
ウォルターは顔をレインに向けたまま、ちらりとキャロラインに視線を向ける。
「サムフォード家の店の権利についての話です」
固い声のレインに、ウォルターはニヤリと笑う。
「権利? はて、もうすでにそれは我がグルグガン商会のものになったと認識しているが?」
「あの書類がニセモノであるとの証拠があります」
レインの言葉に、ククク、とウォルターが喉の奥を鳴らす。
「何がおかしい?」
キャロラインが目を細める。
「いえ。何を言い出すかと思えば。証拠? 一体どこにそんなものが?」
バカにするようなウォルターの表情に、キャロラインがニヤリと笑う。
「ここにあるんだ」
レインが2枚の書類と鑑定書を取り出すと、鑑定書をウォルターに差し出す。
「これが、その証拠です。バルオス王国に認定された筆跡鑑定人によるものですので、疑う余地はありません」
訝し気な表情のウォルターが鑑定書を乱暴に受け取る。文字を追っていた目が、徐々に見開いていく。
「なんで……こんなものが。いや……これはニセモノだ。私が本物を持っているんだからな」
首を横にふるウォルターが、懐から紙を取り出す。
「ニセモノの書類の鑑定を頼むとは、いやはや、サムフォード男爵家も堕ちたものですな」
同情的な視線でウォルターがレインを見る。だが、レインは微笑んだ。
「ニセモノ? それがどちらか、ご存知ですか?」
「何を言っているんだ?!」
眉を寄せるウォルターに、キャロラインがニヤリと笑う。
「アイザックから話を聞いていないのか? アイザックが、この書類を破って行ったんだ」
キャロラインが、一部が破れた書類をひらひらと見せる。だがウォルターは余裕の表情を崩さない。
「サムフォード男爵は、苦し紛れに、そのような書類を用意したんでしょう?」
「……なるほど、そちらの書類が本物で、こちらの書類がニセモノだと」
キャルが目を細める。
「ええ。この鑑定書は、その書類に書いているサインがサムフォード前男爵のサインではない、ということを証明したにすぎませんよね? なぜそれが、我が家がサムフォード前男爵と交わした書類だと言い切れるのです?」
レインが小さく息を吐く。
「それでは、その書類の筆跡が、私と同じものだと、鑑定してもらいましょう」
レインの言葉に表情を険しくしたウォルターは、すぐにニヤリと笑う。
「ええ。鑑定してもらいましょう。ただし、鑑定に出すのは、私の手からです」
ウォルターの言葉に、呆れた様子でキャロラインが首を横にふった。
「偽の鑑定書など、認められるわけがない」
だが、ウォルターはおかしそうに笑い出す。
「偽の鑑定書? どうして私がそんなものを出さねばならないのです? この書類が正真正銘のグルグガン商会とサムフォード前男爵が交わしたものだと言うのに?」
レインとキャロラインは顔を見合わせて首を横にふった。
その様子を見て、ウォルターがふんぞり返る。
「さて、それでサムフォード男爵は、何を根拠に店の権利を返して欲しいと?」
レインとキャロラインがウォルターの顔を見つめ返す。
「ウォルター殿、その書類は、我々が作ったニセモノだという証拠があるんだ」
虚を突かれた表情のウォルターが、ふん、とレインとキャロラインを睨みつけた。
「そんな証拠がどこに?」
その言葉に、ニヤリとキャロラインが笑う。レインが意を決したように口を開く。
「ウォルター殿、その偽の契約書に使われている紙は、バルオス王家で使われている紙でね」
余裕の表情だったウォルターが、明らかに目を泳がす。
「バ、バルオス王家で使われている紙など……使えるわけがなかろう!」
「普通は、な」
キャロラインがふふ、と微笑む。
「そんな大嘘、クォーレ公爵家の令嬢ともあろうものが、恥ずかしいとは思わないのか!」
ウォルターがキャロラインに強く吐き捨てる。だが、キャロラインは動じることなくじっとウォルターを見ている。動じないキャロラインに、ウォルターが身じろぎする。
「ど、どこにその証拠があるんだ!」
「ここに」
レインが差し出した紙を、ウォルターが勢いよく奪い取る。
さっきの鑑定書を見た時以上に、ウォルターの目が見開いた。
「そこにファジー殿下の手で書いてあるだろう? この紙はバルオス王家の紙に相違ないと。バルオス王家の印までは、流石に偽装することなどできないからな」
キャロラインが紙に押されたバルオス王家の印を指さす。
ウォルターの手がぶるぶると震え出す。
「そ、そのような紙に……意味などないわ!」
ウォルターがファジーの手紙と共に、偽の契約書をビリビリに破り出す。
レインは肩をすくめて、置いてあった書類を手元に戻す。キャロラインが大げさにため息をついた。
「ウォルター殿。それは、本物の契約書ではなかったということだな? それとも、こちらの契約書が本物、かつ偽装された契約書だと認めた、ということか」
「何が契約書だ! 単なる紙ではないか!」
ウォルターがビリビリに引き裂いた紙を、レインとキャロラインに向けてぶちまける。
だが、その紙は、勢いよくウォルターをめがけて飛んでいく。
「な、何だ?!」
「私の質問に答えてくれないかな。ウォルター・グルグガン」
キャロラインが鋭い視線をウォルターに向ける。
「そうですね。キャルの質問には素直に答えた方が良いと思いますよ。何しろキャルは……魔王の呼び名がありますし。今のような風など、可愛いものでしょう」
レインがうんうんと頷きながらそう告げると、ウォルターの顔が真っ赤になる。
「人を脅すのか!?」
ハッ、とキャロラインが渇いた笑いを漏らす。
「契約書を偽装した人間に言われたくはないな」
「サムフォード家の店の権利は、既に我々のものだ!」
ウォルターが喚き散らす。
「……偽の契約書で奪い取った権利ならば、元に戻すべきでしょう」
淡々と告げるレインに、ウォルターが思い出したように後ろを振り返る。
「お前たち、こいつらを捕まえろ!」
「往生際が悪いな」
キャロラインがため息を付く。
「おまえ……な、なんだ?!」
ウォルターが座っていたソファーが宙に浮く。それだけではなく、応接間の中にある物、そして、グルグガン商会側の人間たち全てが宙に浮き、叫び声が応接間に響く。
「それで、ウォルター殿。お答えは?」
平然とした表情で告げるレインに、ウォルターが焦った顔でコクコクと頷く。
「サムフォード家の店の権利は戻す! 約束する! だから、元に戻せ!」
「……謝る人間の態度ではないな」
キャロラインの言葉と共に、ウォルターの座るソファーの高度が上がる。
「悪かった! 私が悪かった! だから、元に戻してくれ!」
「……命令口調なのが気に入らないが、まあ、許そう」
キャロラインがそう言うと、宙に浮いていた全てのものが床にそっと元に戻る。
青ざめたウォルターが、恨めしそうにキャロラインを見つめる。




