73.ミアのアイデア
「シルフィー様、カルタット公爵は、一体何を考えているのです?」
レインの質問に、シルフィーは首を横にふる。
「わかりたくはないわ」
「その答えは、わかっている、と言うことですわね?」
キャロラインの問いかけに、シルフィーは肩をすくめる。
「私はカルタット公爵ではないもの。でも……これからもアルフォット王国で生きていくつもりだから、問題は起こさないでいて欲しいわね」
「ミイファ様を思い通りにできなかったから、ルイ殿下を思い通りに動かして……アルフォット王国を思い通りに動かそうとしている?」
ミアが出した答えに、レインが目を見開く。
「そうなる、だろうな?」
キャロラインの視線がシルフィーに向かう。シルフィーは微笑んで首を傾げた。
「そうだとしたら?」
ぎゅっと手を握りしめたミアが唇をわななかせる。
「カルタット公爵は、国の為に動いているようには見えません。そんな方に、国を思い通りに動かされたくはありません!」
「私も同感よ」
頷いたシルフィーが視線を和らげる。
「でも安心して。カルタット公爵がルイ殿下を懐柔するだけだったら、変わることはないわ」
「懐柔するだけ……ですか?」
レインが何か言いたげにシルフィーを見る。
「何をやろうとしているのか、まだ推測の域でしかないわ」
シルフィーはそれだけ言うと、視線をまたミアに戻した。
「今回のお見合い相手の選択は、驚きましたけれど、納得のいくものだったわ。ミア様の情報収集の力は素晴らしいと思うの。その力を、私のために使ってくれないかしら?」
ニコリと笑うシルフィーに、ミアが戸惑いの表情を浮かべる。
「あの……カルタット公爵の話……では?」
「あら。私の相談の内容をお忘れになって?」
ミアがパチパチと瞬きをした後、首を小さく振った。
「忘れたわけではありませんが……」
シルフィーがレインを見る。
「グルグガン商会から店の権利を取り戻すための力になれると思うわ。どうかしら?」
「……その申し出は、とてもありがたいのですが……シルフィー様とスカイ殿の結婚の手伝いができるとは約束できませんので……」
そう言ってレインがミアを見ると、ミアも頷く。
「あら……。交渉は不成立ってことかしら?」
「確かに、私たちには情報が必要です。ですが……シルフィー様のご希望を叶えられる自信はありませんので、報酬が成立しないかと」
レインがもう一度告げる。
「いえ、手はあるんじゃないかしら」
キャロラインが唐突に口を開く。
「あら。キャロライン様のアイデアね。聞かせていただける?」
シルフィーは微笑む。
「別に結婚にこだわらなくとも、傍に置いておけばいいんじゃないでしょうか?」
キャロラインが肩をすくめる。
「それは!」
強く言いかけたシルフィーが、ハッと我に返る。
「そんなの嫌だわ。スカイを影の立場に置くなんて」
冷静さを取り戻したシルフィーの声に、ミアは首を傾げる。
「あの……スカイさんは、シルフィー様との結婚をお望みなんですよね? スカイさんは何か手を考えたりされているんでしょうか?」
「そんなこと……当たり前でしょう?」
「何だか、シルフィー様だけが頑張っておられるように思えるんですが……」
おずおずとミアが告げると、シルフィーが首を振る。
「そんなことないわ!」
「では、一体何をしているんです?」
キャロラインが追及すると、シルフィーの様子が落ち着かなくなる。
「スカイは……スカイは……色々と手を考えてくれているの」
ミアとキャロラインは視線を合わせて、首を傾げる。レインは不思議そうにシルフィーを見つめる。
「あの……もしかして、シルフィー様……。スカイさんは、シルフィー様との結婚をお望みではな……」
ミアが言いかけると、すくり、とシルフィーが立ち上がる。
「用事を思い出したわ」
「シルフィー様、この話を検討するために、スカイさんにご連絡をしても構わないでしょうか?」
ニコリ、とミアが笑顔を向けると、シルフィーは目を逸らす。
「スカイは領地の仕事で忙しくしているの。手を煩わせないで」
「シルフィー様、先ほど言っていたことと違うではありませんか? どういうことでしょう?」
キャロラインの言葉に、シルフィーはニコリと笑う。
「何のことだかわかりませんわ。では、失礼します」
シルフィーは礼を取ると歩き出す。ミアは慌ててシルフィーを追いかける。
「シルフィー様。このお話はなかったということでよろしいんですの?」
ミアを振り向いたシルフィーの表情は、先ほどの動揺は見て取れない。落ち着いている表情だった。
「いえ。私の望みは、スカイとの結婚と言うことに変わりはないわ。……幼いころから決めていたのよ。何かいいアイデアを思い付いたら、知らせてくださる?」
微笑むシルフィーに、ミアは困惑した表情を浮かべる。だが、シルフィーはミアの返事を待たずに歩き出す。
「物語のようには上手くはいかないぞ」
部屋を出ようとするシルフィーに声を掛けたのは、キャロラインだった。シルフィーは一瞬だけ止まって、そのまま部屋を出て行った。
部屋に残されたレインが、キャロラインを見る。
「キャル、今のは……どういう意味かな? まるで、シルフィー様は……一人で勝手にスカイ殿と結婚すると言っているように……聞こえたんだけど」
「たぶん、そうだろうな」
キャロラインがどさりとソファーに体を預ける。
「……つまり、私たちは、シルフィー様の片思いの相手と結婚するアイデアを出せと言われたのかな?」
「たぶん、そうなるんだろうな」
キャロラインがため息を付きながら首を振った。
「……エダモン公爵は認めないと言っていて、スカイ殿もその気はなくて、ただシルフィー様だけが結婚したいと言っている……のか。どうやって結婚させたら良いんだろうね?」
レインも小さくため息をついて、首を横にふった。
トントン、と扉が叩かれ、ミアが応接間に戻ってくる。
その顔は、困った表情ではあったが、口元は緩んでいる。その顔を見たレインもキャロラインも、首を傾げる。
「ミア、どうかしたのか?」
キャロラインの声に、ミアが肩をすくめる。
「シルフィー様って、ロマンチストなのね」
「ロマンチスト、か。物は言い様だ」
キャロラインが首を横に振る。
「だが、どうにもできないだろう?」
レインが立っているミアを見上げる。
「……どうにもできないかどうかは、やってみないと分かりませんけれど……。でも、かなり厳しい戦いになりそうね」
「……手伝う気なのか?」
レインが眉を下げる。ミアは首を傾げる。
「だって、お兄様。グルグガン商会から店の権利を取り戻すためには、シルフィー様の情報が欲しいでしょう?」
「……だが、そのためには対価が必要だ。結婚したいと言っていない相手と結婚させるなど難しいだろう? それに、エダモン公爵は認めそうにないし」
「……シルフィー様のお手伝いをしてもいいんですけれど……その場合、成就しないと成功報酬は望めないんでしょうか……」
ミアが腕を組んで考え込む。
「それはそうだろうな。お金で動かないと見るや、こちらが欲しい情報をちらつかせたわけだしな」
キャロラインは頷くと、首を横にふった。
「シルフィー様に貸しがある訳でもないからな。何もなく協力は望めないだろうな」
「そうですね……。何か、シルフィー様の気持ちを動かせる何かがあればいいのですが……ミイファ様の件の話を聞く限りでは……かなり頭が回るようですしね……」
レインが頷く。
「シルフィー様を動かせれば……いいのよね……」
ミアは顎に手を置いたままソファーに座り込む。
「ところでミア、シルフィー様がやけにミアのことを褒めていたように思ったんだが……ヴィンセント殿を選んだ理由は、結婚をするつもりがないから、だけだったのだろう?」
ミアは視線を挙げると、キャロラインを見る。
「勿論、結婚をするつもりがないと言うところもありましたが……ヴィンセント様だったから、と言うところもあったんです」
「どうして?」
レインが首を傾げる。
「あ、お兄様もキャルお姉様も、ヴィンセント様のお相手をご存じありませんでしたのね。……ヴィンセント様のお相手は、シルフィー様の弟でしてよ。だから、ヴィンセント様はシルフィー様との結婚は絶対に望まないだろうと断言できたところもありますし」
ミアの言葉に、レインもキャロラインも目を見開く。
「リューイ殿、か」
キャロラインの口から、ぼそりと名前がこぼれる。
「確か……エダモン公爵家は、二人兄弟ではなかったかな?」
レインが首を傾げる。
「ええ。……ですから、エダモン公爵は……すんなりとシルフィー様とスカイさんの結婚には頷くことは無いでしょうね……」
「ミアはヴィンセント殿の肩を持っているだろう? エダモン公爵は、リューイ殿が結婚しないことを許しているのか?」
「許しているのかはわかりません。ただ、シルフィー様が婚約破棄をされた後、リューイ様は宰相の元で働くようになっています。それは、シルフィー様に家督を継がせることを考え始めたのかもしれませんわ」
ミアの言葉に、キャロラインが首を横にふる。
「女公爵か。一代限りは許されると聞くが。確か、子供が男子だったら公爵家の家督を継ぐことになるんだったな?」
「ですから、エダモン公爵は、シルフィー様の結婚相手に、それなりの相手を望むのではないでしょうか」
「なるほど。使用人であるスカイ殿は、そもそも選択肢には入っていなそうだね」
レインが頷く。
「そうなんです……スカイさんは仕事ができるとおっしゃっていたでしょう? きっと頭の良い方なんだと思います。その方が、もしシルフィー様を好きだったとしても、シルフィー様の立場を考えると、きっとシルフィー様のお気持ちに応えることは無いような気がしますの」
ふむ、とレインが腕を組む。
「……益々、シルフィー様の協力を得るのが難しい気がするね」
「……そうでもないかもしれませんわ」
ミアの言葉に、レインもキャロラインも不思議そうな視線を向けた。




