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72.シルフィーの提案

「シルフィー様。どうして、ダイアン伯爵家の名前を?」

 不思議そうなレインの問いかけに、シルフィーが首を傾げる。

「私が王家と関わりがなくなったからって、王城の情報を掴んでいないわけではないのよ?」

「なるほど」

 レインが息を吐く。

「では、今王城で流れている噂も、ご存じと言うことですね?」

「ええ。ダイアン伯爵は、随分危ない橋を渡っていたようですわね。近いうちに動きがあるんじゃないかって話ですわ」


「レイン、どういうことだ?!」

 キャロラインの言葉に、レインが頷く。

「ヴァージニティー辺境伯との繋がりを、王家は暴くことにしたようですよ。先ほど、ヴィンセント殿から、王城でそのような話が流れていると聞きました。かなり、信憑性は高いようです」

「それならば、グルグガン商会のことも?」

 ミアが身を乗り出してレインに問いかける。が、レインは首を振るだけだ。

「グルグガン商会の名前は出てこなかったようだよ」


「それなら、上手く切り抜けたようですわ」

 シルフィーの声に、3人の視線が向く。

「一体、どういうことだ?」

 キャロラインがシルフィーを促す。

「ダイアン伯爵に無理に頼まれてどうしても断ることが出来なかった、そう言って、何をしているのかは分からなかったと」

「トカゲのしっぽ切りか」

 キャロラインが忌々しそうにつぶやく。


「……でも、それはおかしくないかしら」

 ミアが首を傾げる。

「おかしい?」

 キャロラインの視線がミアに向く。

「ええ。だって、この場合には、立場が弱いのは、どう考えてもダイアン伯爵家よりもグルグガン商会の方だわ。だって、貴族ではないんだもの。なのに、どうしてグルグガン商会は、そんな言い訳で許されるのかしら?」

「それは、カ」

 口を開きかけたレインが、シルフィーを視界に入れて口を閉じる。ミアもキャロラインも、我に返った表情を一瞬見せて、その表情をごまかした。


「それは……、何かしら?」

 シルフィーの問いかけに、レインが首を横にふる。

「いえ。ちょっとこちらの話でして。……それで、シルフィー様は、ダイアン伯爵家がお取りつぶしになるかもしれないことをご存じなんですね?」

 レインは声を落ち着かせると、シルフィーに問いかけた。

「ええ」

「ダイアン伯爵家では、今大事な薬草が栽培されています。ですから、その領地を守るために、という形で……」


「あの領地は、王家が接収することになるようでしてよ」

 レインの言葉を、シルフィーが首を振って遮った。

 レインは勿論、ミアもキャロラインも目を見開く。

「どうして、そこまでご存じなんですの?」

 ミアがシルフィーに問いかける。シルフィーは、ふふ、と微笑む。

「あら、ちょっと言い過ぎてしまったわ」

「シルフィー様は……王城に情報の伝手があるんですのね?」

 ミアの言葉に、シルフィーは頷くでも首を振るでもなく微笑む。


「……シルフィー様、そこまで情報を掴む能力があるのならば、我々に頼らなくても、何か方法を思いつくんじゃありませんか?」

 キャロラインが告げると、シルフィーは目を見開く。

「あら。キャロライン様、素でしゃべってくださって良いのに」

 ニコニコと笑うシルフィーに、キャロラインは首を横にふる。

「それとこれとは無関係でしょう? それよりも、シルフィー様のお願いに関する話をしています」

「あら、残念。……でも、いくら情報を獲得する方法があっても、人々の意見を誘導することが出来ても、お父様の気持ちまでは変えてしまえないものよ?」

 シルフィーが困ったように肩をすくめた。


「……あの……人々の意見を誘導する……とは?」

 レインの問いかけに、シルフィーは首を傾げる。

「ミイファ様が殿下の婚約者になっても、大きな不満を起こさないようにすることはできたわ」

「……それはそれは、大変な根回しでしたでしょうね?」

 ミアの言葉に、シルフィーは微笑む。

「それほどでも、でしてよ」

「ミイファ様が殿下の婚約者になった時に、庶民の方々の賛同も大きかったですものね……」

「ええ。そうなの。民衆に賛同を得られる方という点で、反対できなくなった貴族も居たようだったわね」


「……それも、シルフィー様の根回しの内ですか?」

 レインが不思議そうにシルフィーを見る。

「さあ、どうかしら?」

 ふふ、と微笑むシルフィーに、ミアが口を開く。

「丁度、シルフィー様の婚約破棄がされる前、レディー・フィルという作家が、まるであの婚約破棄を予言するような小説を発表されてましたわ」

「あら、そうなの?」

 シルフィーは表情を変えることなく、首を傾げた。


「それも、1作ではなくて……3作ほど続いていたかしら。……だから、庶民の間でも、ミイファ様の婚約がまるで物語のようだと、夢心地で語られていたと聞いています。……それも、シルフィー様の手の内だったんですよね?」

 ミアがまっすぐシルフィーを見る。

「あら。レディー・フィルと私が手を組んで、民衆の意見を誘導したって事かしら?」

 ふふふ、とシルフィーがおかしそうに笑う。

「ミイファ様が、シルフィー様の手の内で動いていたと聞いた今なら、その方が、しっくりきますわ」

「そう。……それで?」


 ミアの言葉に、シルフィーが不思議そうな視線を向ける。ミアは一瞬呆気にとられた表情になって、我に返る。

「えーっと……シルフィー様は、そこまでできる能力があるのに、なぜ、スカイさんとの結婚を推し進められないのか……不思議でして……」

「それは、さっきも言ったじゃない?」

「……駆け落ちでもすればいいではないですか」

 大きなため息をついたキャロラインに、シルフィーが肩をすくめる。

「あら。キャロライン様は、全てをなげうってしまう方がお好み? 私の趣味ではないけれど」

「好みでもなんでもないですわ。ただ、興味がないだけです」

 キャロラインは頬杖をついて視線を窓の外に向けたまま、つまらなさそうに告げた。


「もう少し興味を持ってくださってもいいのに」

「キャルはそう言うことには興味がないようですので……」

 レインが申し訳なさそうに告げると、シルフィーが微笑む。

「あら。でも初恋を叶えているのに?」

「それは違う!」

 慌てるキャロラインに、シルフィーがクスリと笑う。

「もう少し、親身になって欲しいわ」


「あの……シルフィー様。私たち、このお話を受けるとは、まだ返事をしておりませんし……」

 ミアが告げると、シルフィーがため息をつく。

「駄目かしら?」

「……お見合いを組むのは構いませんが……この件はお見合いとは違いますし……」

 レインがおずおずと答えると、シルフィーが自分の頬に手を当てる。

「その分報酬は弾むわ」

「報酬の問題でもないでしょう?」

 キャロラインはそう反論すると、ふい、と顔を背けた。


「そうね。ならば、別の件で協力する、と言えば、私にも協力いただけるかしら?」

 シルフィーの言葉に、ミアもレインも首を傾げる。

「別の件、ですか?」

 レインの声に、シルフィーが両手を組んでレインを見る。

「ええ。そうよ。……例えば、先ほどの、ダイアン伯爵家の事ですけれど、カルタット公爵家から見放されてしまったんですわ。陛下とバルオス国王との間でも、ああいったやり取りがされてしまっていますしね。でも、グルグガン商会はまだ見放されていない。だって、まだ確たる証拠はないし、まだお金のなる木だから」

 ミアとレインがハッと息をのむ。キャロラインも勢いよくシルフィーに顔を向けた。


「ほら、どうかしら? 私、役に立ちそうではなくって?」

 小首をかしげるシルフィーに、ミアとレインは顔を見合わせる。キャロラインはガシガシと自分の頭をかいた。

「……シルフィー様は、一体どこまでご存じなんですか?」

 レインが体を前に倒す。

「全部、と言いたいところだけれど、サムフォード家が、グルグガン商会から店の権利を取り戻したいことを知っているくらいかしら。あとは、色々耳に入る情報から、組み立てて想像しているだけよ」


「シルフィー様が頭がいいことは知っていましたが……いろいろなことに首を突っ込みすぎではないですか?」

 キャロラインが眉を寄せる。

「あら。キャロライン様が心配してくださるって、貴重だわ!」

 シルフィーの声が跳ねる。

「ふざけないでください。……そもそも、そこまでご存じなのならば、知っているんでしょう? サムフォード家の前男爵夫妻が、殺された可能性があるってこと」

 キャロラインの真面目な声に、シルフィーが少し目を伏せる。

「ええ」


「……それならば、首を突っ込むのは辞めた方が良い。我々だって……自分の身の安全が守れるとはわからないのに……無関係なシルフィー様を巻き込むことは……」

 レインが首を振ると、シルフィーが顔を上げて困ったように微笑んだ。

「良くも悪くも、私の耳には既に色々な情報が入って来ていてよ?」

「シルフィー様! 何を考えておられるのです!」

 キャロラインの叱る声に、シルフィーが肩をすくめる。

「好奇心が旺盛すぎるのかしら?」

 キャロラインが頭を抱えてため息をつく。


「シルフィー様、本当に、大丈夫なんですの?」

 ミアが不安そうにシルフィーを見つめる。

「情報源については、安心して。私の元に情報が集まっているなど……知られていないはずよ。寧ろ、失脚したと思って、カルタット公爵は油断しているんじゃないかしら。実際、ミイファ様の意見を左右しているのは、エダモン公爵家なんですけれどね」

「……もしかして、カルタット公爵がルイ殿下に近づいているのって……」

 キャロラインの言葉に、シルフィーが頷く。

「ミイファ様がご自分の思ったように動かないから、しびれを切らしたようですわ」

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