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71.シルフィーのお願い事

「いかがされましたか、シルフィー様」

 キャロラインが、サムフォード家では見たことのない声色と笑顔でシルフィーに対峙する。

「ふふふ。レイン様が戻ってきたら、お話しするわ」

 シルフィーの答えに、ミアとキャロラインが顔を見合わせる。

 トントン、とタイミング良くノックの音がして、ミアが返事をすると、扉が開いた。そこにはレインが立っていて、部屋に入ってすぐ頭を下げた。


「申し訳ありません。お待たせ……しました……か?」

 レインが顔を上げて、キャロラインの存在に気付いて首を傾げた。

「えーっと、なぜキャルが?」

「私が呼んで欲しいといったのよ」

 シルフィーの言葉にレインは頷くと、ソファーに近づいた。シルフィーと向かい合うように、キャロライン、ミア、レインの順に座る。

「それで、シルフィー様。どのような御用ですか?」

 口火を切ったのはキャロラインだった。


「他でもない、お三方にアイデアを出してほしくて」

 ニッコリと笑うシルフィーに、ミアもレインもキャロラインさえも困惑した表情になる。

「アイデア、ですか?」

 レインの言葉に、シルフィーが頷く。

「そうなの。きっとあなたたちなら、いいアイデアが出て来るんじゃないかって思っているんだけれど」

「あの……どのような内容でしょうか?」

 ミアが首を傾げる。

 シルフィーは、3人の顔をじっと見る。

「私とスカイが結婚するためのアイデアを考えて欲しいの」


 キャロラインはおでこに手を当てて小さくため息を吐く。ミアは何度か瞬きした後、困ったようにレインを見た。そしてレインは、口をパクパクと動かしている。

「け、結婚……ですか?」

「そうよ。結婚よ。ここはお見合いを斡旋してくださる場所でしょう?」

「確かに……お見合いは斡旋していますが……。シルフィー様、スカイ様、とはどなたでしょうか?」

 ミアは戸惑った視線をシルフィーに向ける。シルフィーが柔らかにほほ笑んだ。

「エダモン公爵家の領地の屋敷の使用人よ」

 ミアは小さく頷いた。キャロラインは頬杖をつくと窓の外に視線を逃した。そしてレインは、一人目を見開いた後、困ったように目を伏せた。


「勿論、報酬は弾むわ。お見合いの成功報酬の3倍は出しますわ」

「あの……エダモン公爵は、そのことをご存じなんでしょうか?」

 ミアの言葉に、シルフィーが首を横にふる。

「お父様がご存じなわけがないでしょう?」

「では……報酬は一体どこから?」

 レインの問いかけに、シルフィーがニコリと笑う。

「心配されなくとも、私にも個人資産はありましてよ?」 

「……だとしても……なぜ、アイデアを考える役目を、私たちに?」

 ミアが首を傾げると、シルフィーが驚いたように目を見開く。


「だって、婚約破棄された令嬢を4人も婚約に導いているわ。きっと素晴らしいアイデアがあるんでしょう? 実際、今日のお見合いのアイデアは、いいアイデアだったわ。だから、私の心も決まったんですの」

「……いえ、確かに結果的に4人、婚約することになりましたけれど……ルルリアーノ様については、偶然と言いますか……。それにキャルお姉さまについても……特に何もしておりませんので」

 ミアが困ったように首を振る。

「でも、一度婚約破棄された、という事実が、その先の婚約に影響するのは、誰だってわかるわ。それでも、少なくともお二人は、サムフォード家が繋げた縁なのでしょう?」

「そうですが……」

 ミアは戸惑った表情のまま口を噤む。


「シルフィー様であれば、他人の力を当てにしなくても、何かしら方法を考えられる気がしますけれど?」

 キャロラインがシルフィーをじっと見る。

 シルフィーは肩をすくめて首を横にふった。

「私だって、考えられる限りの手は打ったのよ」

「考えられる限りの手、ですか?」

 レインの言葉に、シルフィーが頷く。

「婚約破棄までは順調でしたのに」

 ほぉ、と頬に手を当てたシルフィーに、3人は戸惑った視線を向ける。


「シルフィー様、それはどういう意味なんですの?」

 ミアの言葉に、シルフィーがニコリと笑う。

「そのままの意味ですわ。私がフィリップ殿下との婚約を、あまり害がない形で破棄する方向に持っていかせましたの」

 ミアはパチパチと瞬きを繰り返し、レインはぽかんと口を開く。そしてキャロラインは小さくため息を付くと、首を横にふった。

「あら、どうかしまして?」

「えーっと……皇太子殿下との婚約が破棄されるように誘導したのが……シルフィー様ご本人だったと?」

 ミアが尋ね返すと、シルフィーが不思議そうに頷いた。

「そうですわ。何か不思議があって?」


 ミアはレインとキャロラインを見るが、二人の顔も困惑している。

「いえ……意図的に婚約破棄に向かわせるなど……聞いたこともありませんので」

 レインの言葉に、シルフィーが微笑む。

「私も、このアイデアを思いついたときには、本当にいいアイデアだと思いましたのよ!」

 本気で嬉しそうなシルフィーに、3人はたじろぐ。

「いえ……でも、ミイファ様がシルフィー様の期待通りの動きをしてくれるとは限りませんし、下手をすればシルフィー様に大きな害を及ぼす可能性はありましたでしょう?」

 ミアが眉を下げると、それに反してシルフィーは真顔で首を横にふった。

「それは……あり得ないわ」


「どうして……断言できるのです?」

 キャロラインが首を振る。

「だって、ミイファ様も協力者だもの」

 3人共に呆気にとられる。

「……ミイファ様が、協力者?」

 ミアの言葉に、シルフィーが頷く。

「ええ。そうでなければ、ミイファ様が今すんなりと皇太子の婚約者として立っていることもありませんわ」


「……そう、なんでしょうか」

 レインが首を傾げる。キャロラインは小さくため息を付いて頬杖をついた。

「あら。殿下が婚約者とする、と言えば、全てが上手くいくと思っていて?」

「えーっと……私には分かり兼ねます」

 レインが首を横にふる。ミアは首を傾げただけで、キャロラインは反応しなかった。

「私が殿下の婚約者になったのは、我が国の中の力関係を維持する為。逆に言えば、誰でもいいわけではない。でも、ミイファ様が婚約者になってからも、貴族からは大きな不満は出ていないわ。それはひとえに、私が下地を作っておいたから。だから、ミイファ様は何事もなく皇太子殿下の婚約者として立っていられるのよ」


「……えーっと……それだけのことをされているんでしたら、そのスカイさんとの結婚も……我々のアイデアがなくとも大丈夫ではありませんか?」

 ミアが申し訳なさそうに告げる。

 だが、シルフィーはため息を付きながら首を横にふった。

「だから、もう手を尽くしてしまったのよ。私が打てる手は、何でも打ったわ。それに、ミア様の婚約も、キャロライン様とレイン様の婚約も、マーガレット様の婚約も、私とスカイの結婚の弾みになると思ったのよ。……でも、お父様が許可して下さらないわ」

「……私にはアイデアなどありませんわ」

 キャロラインは肩をすくめて、頬杖をついた。


「あら。でも、キャロライン様には、魔法があるでしょう? きっと奇抜な方法を考えるのだと思っているんだけれど? ……ルルリアーノ様だって、キャロライン様の魔法をお使いだったんでしょう?」

 あのパーティーのことを指摘されて、キャロラインは、ん、と頷いた。

「魔法についてであれば、アイデアはありますわ。でも、シルフィー様の新しい婚約に関して、使える魔法などありませんもの」

「あら、そうなんですの? でも、キャロライン様なら、例えば王都と領地の間を行き来するのは簡単なのではなくて? 私が移動しようと思うと、馬車で2日はかかりますけれど」

 シルフィーがキャロラインを見ると、キャロラインは首を横にふった。

「行けなくはないですが、領地に向かう時には、魔法は使いませんの」


「あら。なぜですの? 時間が短縮できますでしょう?」

 シルフィーは不思議そうにキャロラインを見た。

「実際に見なければわからないものは多いですから。基本的に領地に向かう際には、魔法を使うことはありませんわ」

 ミアもレインも、キャロラインの言葉に頷く。確かに、キャロラインはバルオス王国に向かう時には転移の魔法を使いはしたが、自分の領地に行ったときに馬車を使っていたとジョシアが話していたのを思い出したからだ。

「キャロライン様が領地を見回らなくとも、クォーレ公爵が目を光らせているのではなくって?」

「人によって見えるものは色々ありますので」

 キャロラインの言葉に、シルフィーが頷く。


「キャロライン様の行動にも、意味があるってことですのね。町を一つ消したと言われていますけれど?」

 シルフィーの目にはキャロラインを揶揄う色が乗っている。キャロラインは小さくため息をつく。

「あれは……意味があって……。そんなこと、どうでも良いでしょう?」

「あら。私にはどうでも良くないわ。……キャロライン様のその力を、借りるようなアイデアが出てくるかもしれませんし?」

「あのシルフィー様。流石に、シルフィー様の結婚の話で、町を一つ消すような必要はないと思うのですが……」

 レインが告げると、シルフィーが、ふふ、と笑う。

「あら。どうしてないと言い切れるのかしら? 新しいアイデアは、奇抜に思えるようなこともあり得るはずよ?」


「あの……シルフィー様。そもそも、エダモン公爵が、シルフィー様とスカイさんの結婚を許さない理由をお聞かせ願いますか? 身分の違いもあるのだと思いますけれど……」

 ミアの言葉に、シルフィーが大きく頷く。

「そうね。身分の違いを盾にお父様には拒否されているわ」

「……スカイ殿を、どこかの貴族の養子にすれば……形としては貴族になれると思うんですが……」

 レインの言葉に、シルフィーが首を横にふる。

「私も、それについては考えたの。でも……お父様がエダモン公爵家派の家には手を回していて、私の願いを聞き届けてくださる家はなかったのよ」


「なるほど……確かに、シルフィー様も手を尽くしておられるわけですね」

 ミアが頷くと、シルフィーがキャロラインをじっと見る。

「クォーレ公爵家は中立派でしょう? 知っている中立派の家の中で、養子をとりたいと考えている家はないかしら?」

「……流石に、エダモン公爵家の使用人とは言え、誰ともわからない人間を養子にしたいと思う家は少ないでしょうね。それに、エダモン公爵家と縁続きになるとなれば、中立派ではいられなくなりますし」

 キャロラインが首を横にふる。

「スカイは、優秀な人間よ。領地経営では、大きな力になっているの。それは、お父様だってよくご存じなのよ……なのに……」

 シルフィーが唇を噛む。


「お取りつぶしになった家をエダモン公爵家が後ろ盾になって再興する、と言う形であれば、変則的に派閥関係なく貴族位を継げるかもしれませんが……」

 ぼそり、とレインが呟くと、シルフィーの視線がレインに向く。

「お取りつぶしになった家? そんな家はないでしょう?」

 首を傾げるシルフィーに、レインが曖昧に頷く。ミアもキャロラインも、不思議そうな視線をレインに向ける。

「……もしかして、ダイアン伯爵家の事かしら?」

 続いたシルフィーの言葉に、ミアもキャロラインも目を見開いた。

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