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69.シルフィーのお見合い相手

「あら……噂には聞いていたけれど、本当に素晴らしい調度品だわ」

 ミアの後に応接間に入ってきたシルフィーが、感嘆の声を挙げて、応接間の中を見回す。

「ありがとうございます」

 ミアが頭を下げると、シルフィーの視線がミアに向かう。

「これは全て、買い戻したものですの?」

「そうですね……半分ほどは買い戻すことが出来ましたけれど、後は他の方の手に渡ってしまったのです。……あとは兄と私の目で探したものになりますわ」


「あら……そうですの。流石はサムフォード家の血を継いでいるだけあって、物を見る目が養われているのね」

 シルフィーの言葉は素直な称賛の言葉にミアには聞こえた。

「そう言っていただけて、嬉しいですわ」

 ミアが微笑む。

「その審美眼を、生かす予定はありませんの?」

「いずれは、以前の事業を再開したいと、考えております」

 近づいてきたレインの答えに、シルフィーが頷く。

「楽しみにしているわ」


 柔らかな微笑みに、レインは頷く。ミアはじわりと涙腺が緩む。慌てて涙をぬぐうと、ミアは気を取り直して、シルフィーをソファーに誘う。

「どうぞ、こちらへ」

 シルフィーが頷き、ソファーに腰を下ろす。そしてまた、シルフィーは部屋の中をぐるりと見回した。

 ローズが部屋に入ってきて、お茶の用意を整えると部屋を出ていく。

「今日は……ミア様とレイン様と私だけになるのかしら?」

 シルフィーは連れて来た侍女と護衛を応接間の外に置いて部屋に入ってきていた。ミアは一緒にと言ったのだが、シルフィーが首を横にふったのだ。


「ええ。本日はシルフィー様のご希望を伺おうと思いまして」

 レインと並んでシルフィーの向かいに座ったミアの言葉に、シルフィーが首を傾ける。

「私の希望?」

「ええ。シルフィー様が、どんな方とのお見合いを望んでおられるのかを知りたいと思っておりますわ」

 シルフィーが不思議そうな表情で、ミアを見る。

「私にふさわしいと思う相手を、ミア様が選んでくださるのではないんですの?」

「勿論そうなりますけれど……正直に言いますと、お相手を考えあぐねておりますの。ですから、シルフィー様のご希望を伺えれば、と思っておりますわ」

 ミアの隣に座るレインが少し驚いたようにミアに視線を向ける。


「私の希望が通るのかしら?」

 シルフィーが首を傾げる。

「……参考にはさせていただきますわ」

 微笑むミアに、シルフィーが、そうね、と斜め上を見上げると顎に指を置いた。

 ふ、と笑顔になったシルフィーがミアに視線を戻す。

「私と結婚したくない相手とお見合いがしたいわ」

 ミアとレインはパチクリと瞬きをした。困惑した表情のレインに対し、ミアはニコリと笑った。

「わかりましたわ」

 即答したミアに、レインが勢いよく振り向く。

「ミア」

「大丈夫よ、お兄様」


 クスクスとシルフィーが笑い出す。

「まさか、即答されるとは思わなかったわ。それに……そう言う条件で構わないんですの?」

「シルフィー様のご希望ですから、どのような内容でも構わないと思いますわ」

「……理由を伺っても?」

 レインの問いかけに、シルフィーは柔らかにほほ笑む。

「エダモン公爵家の名前に惑わされない相手を望んでいるんですの。私自身を見て欲しいと思っていますわ」

「わかりました」

 シルフィーの告げた理由に、レインが頷く。


「シルフィー様、今、お見合いを受けるつもりになったのは、なぜなんですか?」

 ミアの疑問に、シルフィーが困ったように笑う。

「理由がいるのかしら?」

「いえ……不躾にごめんなさい。……あのバルオス王国のパーティーの時に、『気持ちが決まったら』とおっしゃっていたのが、気になりまして。勿論……理由をおっしゃらなくても大丈夫ですわ」

 ミアが慌てたように首を横にふる。

「気持ちが決まったからよ。それ以外にないわ」


 ミアを見るシルフィーの視線は、真剣だった。

 ミアは頷く。

「近いうちに、お見合いを行いますわ。ご期待に添えると良いんですけれど」

「楽しみにしているわ」

 微笑むシルフィーとミアに、レインが困惑した表情で視線を揺らした。


 *


 ソファーに沈むレインが、困った顔を戻って来たミアに向ける。シルフィーが帰るのを見届けたキャロラインは、いつもの定位置に座ってカルロを撫でている。ジョシアはいつものように空間になじんでいる。

「ミア、どうしてあの時、即答したのかな?」

 レインの問いかけに、ミアがニッコリと笑う。

「だって、すぐに相手を思いついたんですもの」

「……ちなみに、誰なんだ?」

「ヴィンセント様ですわ」

 ミアの言葉に、レインが唖然とする。


「ヴィンセント殿は、あの時きっぱりと結婚しないと言っていただろう?」

「ええ、おっしゃってはいましたけれど……残念ながらまだ説得は上手くはいっていないようですわ。ワイエス子爵から、見合いの要請が来ておりましたから」

「だが、ヴィンセント殿の気持ちは……。それに、シルフィー様は、納得されないんじゃないのか?」

 レインが首を横にふると、ミアが首を傾げる。

「あら。そうかしら? 条件は合っていてよ?」

「いや、それは……詭弁では?」

 狼狽えるレインに、ミアはふふふ、と笑う。


「正直、私にはまだ、シルフィー様の本音が見えませんの。だから、様子見の意味もあるわ」

 ミアの言葉に、キャロラインが視線を向ける。

「シルフィー様の本音か。理解するのは難しいんじゃないのか?」

 ミアは頷く。

「全部が理解できなくても構わないんですの。少しも本音が見えてこないことが、気になっていますの」

「でも、ヴィンセント殿に本気で結婚の意図がないと分かったら、シルフィー様はもうここで見合いをすることもなくなるかもしれないのに」

 レインが頭をかく。


「あら、そうかしら? 少なくとも、一つだけ分かっているのは、シルフィー様は『気持ちを決めた』から私に手紙を下さったんだわ。一度成立しそうもない見合いを組んだからって、来なくなることは無いと思うわ」

「そう……かな」

 レインは首を傾げる。

「もし、シルフィー様が納得できないとお見合いを辞めるとしても、それでも構わないと思っていますわ。それに、他にシルフィー様の条件に当てはまる相手を、思いつきませんもの。少なくとも、見合いを望まれるほとんどの方は……結婚したいと思っていますし、シルフィー様を疎まれている方を、すぐには思いつかないもの」

 ミアは困ったように笑う。


「どうしてだ? 婚約破棄をされた相手を望まない人間もいるだろう?」

 キャロラインの疑問に、ミアは微笑む。

「私の手元にあるリストの中には、生憎そう言った方はいらっしゃらないわ。だって、私は婚約破棄された令嬢のためにお見合いを組むことにして、リストを作ったんだもの」

「敵対する相手ならば?」

 キャロラインの指摘に、ミアは首を横にふる。

「私のリストの中には、カルタット公爵家派の人間が入っておりませんから……」

「そうなのか」

 レインが不思議そうにミアを見る。


「だってお兄様、婚約破棄をした方の家、もしくは新しく婚約を結んだ相手は……カルタット公爵家派の方が多いから……婚約破棄をした方の肩を持つ方はいても、婚約破棄をされた方の方を見下す可能性があるでしょう? そんな方と会わせたいとは思わないもの」

「なるほどな」

 キャロラインが頷く。

「アイル様の元々のお相手はダイアン伯爵家ですし、ルルリアーノ様のお相手だったテリー様の新しい婚約者は昔からカルタット公爵家派のスーリン侯爵家でしょう? ミイファ様の後ろ盾は、カルタット公爵ですし……」


「そう考えると、新しくカルタット公爵家の派閥に引き入れられた家も増えたってことになるのか?」

 キャロラインの疑問に、ミアが曖昧に頷く。

「そう……なるのかもしれません。ですが、元々エダモン公爵家派だった家もありますから……力関係がどのようになっているのかは……詳しいところは分かりませんわ……ただ、カルタット公爵家派が勢いづいているというのは、耳に挟みます」

「なるほど、それでか。クォーレ公爵家は中立だからな。どちらかの力関係が不均衡になると、影響が出てこないとも限らない。……だから、父上は今回、サムフォード家の力になると決めたんだろうな」

 キャロラインの言葉に、レインが眉を下げる。


「まさか、こんな大きな話になって来るとは……店の権利を失ったときには思いもしませんでしたが……」

「そうですわね……。でも、戦わなければいけませんわ」

 拳を握るミアに、レインが肩をすくめる。

「だからって、シルフィー様のお相手探しに手を抜くわけにはいかないんだよ?」

「それも分かっていますわ! シルフィー様のお相手探しも全力で行いますわ!」

 ミアの言葉に、レインが眉を下げる。

「……それでヴィンセント殿、なのかな?」

「それで、ヴィンセント様なんですわ!」

 二人のやり取りにキャロラインは肩をすくめるとカルロを撫でた。

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