68.魔王の苦手なもの
「サリーが?!」
応接間に、ミアの声が小さく響く。ジョシアだけでなく、キャロラインもシュゼットも頷いた。
応接間に着いたミアとジョシアを出迎えたのは、レインとキャロライン、カルロ、そしてシュゼットだった。
「しばらく動きはなかったが、これから何かがあるのかもしれんな」
キャロラインの言葉に、ジョシアが頷く。
「外からの知らせを受けて、私が遭遇した男かどうか確かめるために、私はそこに向かったんです。……そうしたら、ケイトさんがその男に絡まれていて……」
「フォレスは?」
ミアが首を傾げると、ジョシアが苦笑する。
「フォレスさんは、偶然通りかかって、手助けしてくださったんです」
「そうなのね……。でも二人とも偶然とはいえ、助かったわ。ありがとうございます」
ミアがそう言うと、レインも頭を下げた。
「いえ。大したことは出来ていませんから……ただ、あの男が、私に薬を嗅がせた男のような気がします。手首にほくろがあって……それを、気を失う前に見たような覚えがありました。ちらりとしか見えませんでしたが、確かに、ほくろがありましたし」
ジョシアの言葉に、ミアもレインも目を見開く。
「……そうか。とりあえず、そいつがガストンかはまだわからないが、重要なしっぽであることは間違いなさそうだな」
キャロラインが頷きながら、カルロのしっぽの先まで手を滑らせる。
「ガストンかどうか……手掛かりはケイトだけど……。ケイトは何と?」
レインがミアを見る。ミアは首を横にふった。
「ショックを受けていて……ただ、『知らない人』だと主張したとき、私の目を見てくれなかったの。あれは……嘘のような気がするわ」
レインが、そうか、と頷く。
「ケイトの知り合いか。可能性があるとすれば、どこでの知り合いになりそうだ?」
キャロラインの問いかけに、ミアが首を振る。
「ケイトは……ほとんど毎日働いていますし……休みの日に、少し王都の中を歩くくらいだと思いますわ……流石に外でどこに行っているかはわかりませんけど……」
「生まれはどこだ?」
キャロラインがレインを見る。
「ケイトは、サンクックの町の出身だと聞いています」
レインが告げると、ミアも頷く。
「サンクックか。……大分離れたところから王都に来たんだな。どうして、サムフォード家で働くことになったんだ?」
キャロラインの言葉に、立ったままのジョシアとシュゼットも視線をレインに向ける。
レインがまた口を開く。
「彼女の母親が、昔サムフォード家で働いていたことがあって……それを頼りにうちを訪ねて来たらしいんです」
「いくつの時だ?」
「15の時だと。それからずっと、うちで働いてくれています」
ミアが答える。
「15か。若いな。……だが、庶民だとそれくらいから働くのは普通になるのか」
キャロラインが視線を落とす。
「父親に売られそうになったようです」
ミアが続けた言葉に、レインが慌てたようにミアを見る。
「ミア、どうしてそれを」
「お兄様もご存じだったんですね。私は知らなかったんですけれど……お母様のメモに残されていたの。でも……これも大事な情報かもしれないもの」
キャロラインが目を細める。
「人身売買か? 許されてはいないだろうに」
ミアが力なく首を振る。
「結婚相手にと……その相手に望まれたようです……」
「それと引き換えに、金か……。なるほどな。ケイトはそれから逃げて来たのか」
「……母親がうちを頼るように言ったのは確かです。父の資料に、ケイトの母親からの手紙が残っていました」
レインが頷く。
「なるほどな。……ケイトが知っている相手とすれば、サンクックで出会った相手か、王都で出会った相手に限られそうだな」
「王都ではガストンを探すことは難しかったわけですし……もし、あの男がガストンだとすれば、サンクックで出会った相手、と考えたほうが良さそうではありませんか?」
シュゼットの言葉に、キャロラインとジョシアが頷く。
「確かに、そうかもしれないな。ミア、ケイトは何かサンクックの町のことで話すことはあったか?」
キャロラインの質問に、ミアは目を伏せて首を横にふる。
「幼い私が、何度もご両親のことやサンクックの町のことを尋ねると、哀しそうに微笑むものだから……聞かなくなりましたわ」
「……その結婚相手については?」
ジョシアの言葉に、ミアもレインも首を横にふった。
「年の離れた相手と結婚させられそうになった、としか……」
ミアの言葉に、ジョシアがハッとする。
「もしかして、それがあの男だったとか? その反抗的な目が気に入ったんだ、とケイトさんに言っていました」
ミアもレインも一瞬の間の後、声を漏らす。
「その可能性は十分あるな」
キャロラインも頷く。
「ジョシアさん、他に、その男がケイトに言っていたことを何か、聞いたかしら?」
ミアの言葉に、ジョシアが顔を歪める。
「その目を絶望に染めたいと」
ミアは息をのむ。レインは目を伏せて首をふる。キャロラインの表情は嫌悪に染まる。シュゼットは険しい顔になった。カルロも雰囲気を読んだのか、耳をパタリと伏せた。
「その男が、ガストンだとまだ断定はできない。だが、ケイトが厄介な男に目をつけられていることだけは確かだな」
キャロラインの言葉に、皆が頷いた。
「クリスには知らせておいた方が良いだろうな。何なら、サムフォード家の外の警備をクリスに頼むか? ……流石に、ケイト専属、というわけにはいかないが」
キャロラインがレインを見る。
「それは流石に……クリスさんはクォーレ公爵家の騎士ですし」
「ヒースと交代すればいいだろう?」
「……それは、クォーレ公爵家に従いますけどね」
キャロラインの提案に、レインが苦笑する。
「とにもかくにも、ケイトには、一人で外には出ないようにしっかり言っておきますわ。今日は、ジョシアさんとフォレスが助けてくれたから……良かったけれど……」
言いながら、ミアが不安そうにジョシアを見る。
「ジョシアさん、今更だけど、その男と直接かかわってしまって…大丈夫かしら?」
「同じ轍は踏みませんよ」
ジョシアが微笑むと、ミアが困ったように笑う。
「あんなことは二度とごめんだわ。本当に、気を付けてくださいね」
「当然です。でも、ミア様もレイン様もお気を付けください。あの男が狙っているのがケイトさんだけとは限りませんから」
ジョシアの忠告に、ミアもレインも真面目な顔で頷いた。
*
「キャルお姉さま。またレディー・フィルの新刊が出たの」
応接間にやって来たミアの言葉に、キャロラインはカルロを撫でながら苦笑する。
「私に報告されても困るがな。……私とレインの物語の続編だと言うのなら、出版社に抗議するが?」
キャロラインの返事に、ミアは苦笑する。
「そうではないんですけれど……マーガレット様とクエッテ様の話のように思えますわ。勿論、モートン子爵も当て馬としてきちんと出ていますけれど」
「今度は、マーガレット嬢の話か。……ならば、良いんじゃないのか。特に困るような話もなかろう」
キャロラインは興味が失せたようにカルロをもふもふと撫でる。
「ふと思ったんですけれど……当て馬の役割の方から……抗議を受けないのかしら、と思って。レディー・フィルの身を案じているんですわ」
ミアの心配そうな言葉を、キャロラインは鼻で笑う。
「今までも、実際の貴族の話を取り上げていたのなら、何度も抗議などされているだろうし、それでも書き続けると言うことは、本人がよほど懲りないのか、抗議されても対抗できる何かがあるからだろうな」
「つまり、心配しても無駄だ、ということですね?」
「そうだ。人の話を面白おかしく物語のネタにする人間を心配しても仕方なかろう」
「嫌だわ、キャルお姉さま! レディー・フィルのお話は、面白おかしく、ではないですわ! きちんとしたストーリーで、切なくなるし、最後は嬉しくなる物語になっているんですよ!」
力説するミアに、キャロラインはおざなりに頷いた。
「で、話はそれだけなのか?」
「いえ。もう一つ。そっちの方が本題なんですけれど」
「何だ?」
キャロラインが顔を上げる。
「シルフィー様が、いらっしゃることになったんです」
ミアの言葉に、キャロラインが力を抜いた。
「そうか。そう言えば、そんなことを言っていたようだったな。それで?」
「キャロライン様も、シルフィー様がいらっしゃるときには同席されるのかを聞きに来たんですの」
「……シルフィー様、か。今回ばかりは、辞めておくか」
キャロラインは肩をすくめて首を振った。
「わかりましたわ。ちなみに」
ミアの言葉に、キャロラインが首を傾げる。
「ちなみに、何だ?」
「マーガレット様の物語の中に、フードを被った占い師が出ていましたよ」
ミアのからかうような声に、キャロラインはムッとした表情のままカルロを撫でまわした。




