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67.ちょっとした事件

「どうかしたか?」

 キャロラインが首を傾げる。

「……キャロライン様、そもそも、レイン様に話をせずに、クォーレ公爵と直接話をするなど……」

 控えの間から出て来ていたジョシアが小さくため息を付きながら首を横にふる。

「実の父親に話をして、何が悪い?」

「悪くはありませんが……相談するならすると……言って欲しかったですし……私から直接お願いするのが筋だと思うんです」

 困った表情のレインが大きくため息をつく。


「……そうか。次に父上に会う時には、一緒に顔を出そう」

 キャロラインは頬杖をつく。

「次、と言わず会う約束を取りたいところですね。キャルには頼まず、自分で手配をしますので、大丈夫ですよ」

「……気にしなくとも良いと思うのだが」

「キャル、少なくとも、この問題はサムフォード家の問題ですから。クォーレ公爵の手を借りるのであれば、サムフォード男爵である私が説明に伺うのが筋ですよ」

 言い聞かせるように告げるレインに、キャロラインが小さく目を見開いた後、頷いた。

「悪かった」


「いえ。キャルの気持ちは嬉しいですからね。でも……クォーレ公爵の手を借りても……問題が解決するとは限りませんしね」

 微笑むレインに、キャロラインがホッと息をつく。

「ああ。父上も、そう言っていた。だから、協力してくれる家を探すように言われている」

 レインが頷く。

「王家が動いてくれればいいのですが……何しろ、我が家には証拠などないに等しいですから……。せめて、グルグガン商会の手のものが捕まれば……」

「そうだな。……そうか……」

 キャロラインが何かを考えだす。 


「キャロライン様。何か罠を掛けようとするのは辞めてください」

 キャロラインに、ジョシアが告げる。ジロリ、とキャロラインがジョシアを見る。

「ジョシア」

「何でしょうか」

 ジョシアはひるむことなく、キャロラインを見返す。

「私の思考の先を読むな」

「キャル! 本当にそんなことは辞めてください!」

 レインが慌てる。

「……わかった」

 渋々、と言った体で、キャロラインが頷いた。


 *


 ミアは自室でペンを手に、これからの仕事を考えていた。

 既に、ミアが手紙を出した5人のうち、4人の婚約が決まっている。残る一人であるシルフィーも、遅かれ早かれサムフォード家を訪れる予定だ。そうすると、次の見合いをする令嬢を探さなければならないことになる。

 ミア自身、まさかここまで比較的すんなりと4人の婚約が決まるとは思ってもみなかった。ルルリアーノの場合は、きちんと見合いを組んだと言えるのは1度だけで、カリファル侯爵家から得た金額は僅かなものだったが、それ以上に、カリファル侯爵家からの信頼を得たことは大きかったと思っている。


 そのおかげか、ミアのところにお見合いを組んで欲しいと頼んでくる貴族が、新たに2家あり、ミアは悪役令嬢とは言えないものの、結婚相手探しに難儀しているその二人の令嬢についても、見合いを組むつもりでいる。

 ただ、どうやら二人の令嬢共に、婚約出来ないことに拗ねた結果、こじらせ過ぎていて両親共に手を焼いている、という問題はあるのだが。

 それでも、ミアはその二人のこじらせをどんな風に解消していくかを考えるのが、結構楽しかったりする。母親の残したメモに、二人がこじらせた理由は載っていたため、ヒントを考えるのは多少楽だ。


「ミア様!」

 扉の外からの慌てたフォレスの声に、ミアは振り向く。

「どうかしたの? フォレス」

 フォレスが勢いよく扉を開ける。いつも落ち着ているフォレスが慌てているのを見たのは、ジョシアの時ぶりだ。

「ケイトさんが……倒れました」

「え? ケイトが?」

 ミアは椅子から慌てて立ち上がる。

「大丈夫かしら!? 出産までまだ2か月はあるって、さっき話していたのに」


 ミアはついさっき、ケイトのお腹の子供が蹴った感触を感じて、新しい命の誕生にワクワクしていたところだった。

「ケイトさんはただお腹が張っただけだと言っていたんですけど……」

「お医者様を呼んで。何かがあったら大変だわ」

「わかりました。それから……ケイトさんが、悪い人間に絡まれていたように見えました。詳しくはジョシアさんから伺ってください。ジョシアさんは、ケイトさんを連れてケイトさんの部屋に行っていますので」

 フォレスはそれだけ言うと礼をして足早にミアの部屋から出ていく。


 ミアは顔を曇らせて、ケイトの部屋に向かった。

 ケイトの部屋に向かう途中で、向こう側からジョシアが歩いてくる。

「ジョシアさん、どういうことなの?」

「とりあえず、ケイトさんの部屋に行きましょう」

 ジョシアがミアと並んで歩き出す。

「フォレスが……ケイトが悪い人に絡まれていたって」

「ええ。……ちょっとここでは。詳細は、また後で。ただ、ケイトさんに聞いても、知らない人間だと言うんです」


「……ジョシアさんは、ケイトが知っている相手じゃないかって思っているの?」

「ええ。……騎士の勘のようなものですが」

「そう……。ケイトから話を聞いてみるわ。私と二人きりなら、ケイトが教えてくれるかもしれないから……ジョシアさんは戻ってくださる?」

 ミアがジョシアを見上げると、ジョシアが頷いた。

「他に立ち聞きするような人間が出ないように、部屋の外で待っておきます」


「……そうね。ありがとう。でも、キャルお姉さまは良いのかしら?」

「この件で、私に行けと言ったのは、他でもないキャロライン様ですから。それに、シュゼットさんの配下が付いておりますので」

 ジョシアの説明に、ミアは腑に落ちない気持ちで頷いた。

 その表情を見て、ジョシアが肩をすくめると、ミアの耳に口元を寄せる。

「ガストンかもしれません」

 え、とミアは目を見開いた。ジョシアがコクリと頷く。


 ケイトの部屋の前で、ミアは息を小さく吐く。

 トントン、とノックをすると、中から「はい」と掠れた声が聞こえた。ミアはゆっくりとドアを開ける。

「ミア様!」

 ベッドに横になっていたケイトが、慌てて体を起こす。

「ケイトだめよ! 横になっていて!」

 ミアの剣幕に、ケイトが渋々体を横たえる。その顔は、青ざめている。


「申し訳ございません。……ただ、お腹が張っただけだと思うんです。だから、横になっていれば大丈夫なんです……」

「大丈夫って顔じゃないわ」

 ミアは首を横にふって、ケイトのベッドの横に腰を落とす。

「ミア様、せめてベッドに腰掛けてください」

 ケイトの慌てた声に、ミアはクスリと笑う。


「良いのよ。気にしないで。お医者様も呼んだから」

「それは! そこまでしてくださらなくても大丈夫でしたのに!」

「だって、フォレスが倒れたって言うんだもの。それに、この顔色のケイトを見たら、そうして良かったと思うわ」

「……申し訳ございません。色々とお気遣いありがとうございます」

 ケイトは申し訳なさそうに目を伏せる。


「誰かに絡まれていたって聞いたんだけど」

 ケイトが明らかにビクッと反応する。ケイトは自分の体を抱きしめた。

「ええ……知らない人から……言いがかりのようなものを……」

 目を伏せたままのケイトに、ミアは違和感を持つ。

「何を言われたの?」

 ケイトが首を小さく横にふる。

「誰かと間違われただけですわ」

「それでもいいわ。何を言われたのか教えて?」


「ごめんなさい。ちょっとショックを受けてしまって……あまり詳しくは思い出せなくて……」

 力なく首を振るケイトに、ミアはハッとする。

「ごめんなさい、ケイト。そうよね。ショックを受けたから倒れたのに……私ったら」

 追及を辞めたミアに、ケイトがこわばった表情を少しだけやわらげた。

「ミア様、少し眠っても良いでしょうか?」

「ええ。そうね。お医者様が来たら、お通しするわ」


 ミアが頷くと、ようやくケイトがミアを見る。

「ありがとうございます」

「いいのよ。ゆっくり休んで」

 ミアが立ち上がると、ケイトはぺこりと頭を動かして、ゆっくりと目を閉じる。

 ミアは心配そうにケイトを見つめた後、部屋を後にした。


 ドアを開けると、向かいの壁に立ち尽くすジョシアと目があう。

 ミアは力なく首を横にふると、応接間に向かって歩き出す。

「今は駄目よ。子供に影響があったら困るもの」

「駄目でしたか」

 ジョシアはそれほどがっかりした様子でもない。

「わかっていたような口ぶりだわ?」

「……ケイトさんは、他人の悪口を言うような人ではないと思っていますので。一人を除いて」


 その一人を思い出して、ミアはクスリと笑う。その後、ハッとする。

「クリスさんには言わなくていいかしら? ……ケイトが倒れたこと」

 ジョシアが頷く。

「あとでしておきましょう」

「……そうね」

「ところでミア様、ケイトさんはどちらの出身なんですか?」

 ジョシアの問いかけに、ミアは俯く。

「そうね。ケイトの過去に関係する人間かもしれないものね」

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