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60.ファジー殿下からの伝言

「何か気になることはあったか?」

 ようやくミア達の元に戻って来たキャロラインが、ミアに問いかける。ミアは首を横にふった。

「特にはありませんでしたよ。キャロライン様たちは、何かありましたか?」

「いや。ファジーの表情が読めなかった、くらいかな」

 キャロラインが肩をすくめる。

「我が家に居る時とは違って、表情を見せないからな」


「……婚約者の方と仲睦まじく見えますね」

 レインの言葉に、キャロラインが、ああ、と頷く。そして、ルルリアーノを見る。

「大丈夫か?」

「いえ。私は大丈夫です。お気になさらないでください」

 ルルリアーノは小さく首を横にふる。


「さて……と。カルタット公爵が話している相手……やけに仲が良さそうだな」

 キャロラインが会場を見回すと、一点に視線を向ける。レインもその視線の先を見る。ミアもちらりと視線を向ける。確かに親し気だ。

「そうですね。旧知の仲なんでしょうか。カルタット公爵がバルオス王国で親しくされている方をご存知ですか?」

 レインが問いかけると、キャロラインは首を傾げた。


「誰と話しているのか、父上に聞いてくるかな。ほら、レイン行くぞ」

 キャロラインがレインのエスコートで歩き出す。

 ミア達も突然動き出したキャロラインに慌てて付いて行く。

 キャロラインが通ると、会場の視線は自然にキャロラインに向く。

「十分目立っていますね」

 ミアがこそりとルルリアーノに告げると、ルルリアーノも小さく頷いた。だから、二人は出来るだけ顔を伏せて歩いた。


「父上」

 キャロラインの声の先に、クォーレ公爵が立っている。丁度バルオス王国の貴族との話が終わったタイミングらしかった。

「キャロライン、来たか」

「クォーレ公爵、遅くなりました」

 レインが礼を取ると、クォーレ公爵が苦笑する。


「いや、構わん。キャロラインに振り回されているのだろう?」

 クォーレ公爵の視線が、キャロライン達の後ろにいるミアとルルリアーノに向かう。どうやら事情は話しているらしかった。

「迷惑を掛けなければいいではありませんか。ところで父上、カルタット公爵が話している貴族は誰かわかりますか?」

 キャロラインの視線の先を追いかけたクォーレ公爵が、ああ、と頷いた。

「ヴァージニティー辺境伯だ。今日の影の主役だ」


「なるほど、ヴァージニティー辺境伯……。父上、カルタット公爵とヴァージニティー辺境伯は、仲がよろしいんですか?」

 首を傾げるキャロラインに、クォーレ公爵が小さく首を横にふる。

「そこまで仲がいいと思ったことは無かったが、あの様子だと、交流が深いように見えるな。……ルイ殿下も来たな……」

 まだカルタット公爵たちを見ていたキャロラインが肩をすくめる。

「ルイは……いつの間にカルタット公爵と仲が良くなったんでしょう」

 ミアが視線を向けると、ルイがカルタット公爵と話している様子は、確かに親し気だった。


「キャロライン、ルイ殿下、だ。気をつけなさい」

「わかりました父上。ところで、ルイ殿下とカルタット公爵は、あれほど仲が良かったでしょうか?」

「最近、関係が密になったようだと、王城で噂に聞いたが……」

 クォーレ公爵の言葉に、キャロラインが頷く。

「そうなのですか……」

「何か気になるのか?」

 クォーレ公爵の問いかけに、キャロラインが首を横にふる。


「いえ。私が知らないうちに、中枢の勢力図が変わったのだな、と思いまして」

「そうだな。我が娘は権力に興味がないと思っていたが、意外に興味があったんだな」

「どうとでもおっしゃってください」

 キャロラインが肩をすくめると、クォーレ公爵がクスリと笑う。

「では、私たちは壁の花になっておきますので、父上は社交を頑張ってください」

 キャロラインとレインが礼を取ると、クォーレ公爵は苦笑したものの、声を掛けられて、キャロライン達から視線が外れる。


「さて、どうするかな」

「失礼します。キャロライン様、でよろしいでしょうか?」

 キャロラインのつぶやきを拾うように、バルオス王国の騎士服を着た青年が、キャロラインに声を掛けてくる。

「何だ?」

「こちらを」

 騎士の青年は、キャロラインにメモを渡すと風のように消えていった。


「一体、何だ?」

 壁際に移動したキャロラインがそのメモを開く。

「ちょっと、移動しようか」

 顔を上げたキャロラインの顔は、あまりいい話を読んだようには見えなかった。ただ一瞬、ルルリアーノの顔をじっと見た。

「キャル、どうかしたんですか?」

「……とりあえず、行こう」

 キャロラインの歩みはよどみがない。レインは困ったようにキャロラインの手を取る。ミアとジョシアは顔を見合わせて、でも言葉を交わすことは無く歩き出す。ルルリアーノが不安そうに視線を揺らしていた。


 *


 キャロライン達が移動したのは、休憩のために使われる小部屋だった。

「キャロライン、どうしてここに?」

 レインの問いかけに、キャロラインがメモをレインに突き出す。

「ここに来るように、とのことだからな」

 メモの下には、ファジーのサインがあった。

「ファジー殿下が、ここへ?」

 ルルリアーノが視線を揺らす。


「いや、わからん。単なる罠かもしれんしな」

「「「え?!」」」

 淡々と告げるキャロラインに、ミアもレインもジョシアも声を挙げる。

「キャロライン様! どうしてじゃあここに?!」

 ジョシアが声を挙げると、キャロラインが首を横にふる。

「もし閉じ込められたとしても、転移すればいいだけだ。幸い、入り口辺りのイメージは残っているからな。安心しろ」

「あの、キャル。閉じ込められるかもしれないって状況下で、安心しろはないんじゃないでしょうか」

 ため息をつくレインに、キャロラインは肩をすくめただけだ。


 トントン。

 タイミングのいいノックに、ジョシアが頷いてドアに向かう。

「どうぞ」

 ジョシアが声を掛けると、部屋に入ってきたのは、先ほどメモを渡した騎士だった。

「失礼します」

「ファジー殿下の名前を騙って、何の用だ?」

 キャロラインの言葉に、騎士が膝をつく。

「失礼しました、キャロライン様。私は、ファジー殿下の名代として参りました」


 じっと騎士を見ていたキャロラインが、ため息をつくと口を開いた。

「わかった。で、ファジー殿下が、わざわざ何用だ?」

 ホッとした様子で顔を上げた騎士は、それでも表情は固かった。

「ファジー殿下からの言伝です。ルルリアーノ嬢を何を思って連れて来たのかはわからないが、気持ちに応えることはできない、と。ルルリアーノ嬢には、速やかに退出して欲しい、とのことです」

 ミアとレインはルルリアーノを振り返る。

 

 うつむいていたルルリアーノは、青ざめた顔を上げると、少し震えながら口を開いた。

「ファジー殿下の気持ちを煩わせて申し訳ありませんでした。すぐに……退出いたします」

 その言葉を最後まで聞き終わった騎士は、頷くと立ち上がった。

「それでは、失礼します」

 騎士が部屋を出て、パタンと扉が閉まる。


 キャロラインが首を横にふった。

「申し訳ない、ルルリアーノ嬢」

 ルルリアーノは力なく首を横にふる。

「いいえ、キャロライン様。……わかっていた結末ですもの……少し、夢を見てしまっただけですわ」

 気丈な言葉ではあったが、その声は震えている。

「ルルリアーノ様、大丈夫ですか? ……私も、一緒に帰りますわ」

 ミアの申し出に、ルルリアーノが首を横にふる。


「いえ。流石に、二人いた侍女が二人とも消えてしまうと……ただでさえ目立っていたキャロライン様が悪目立ちしてしまいますわ……一人であれば、体調不良になったとでもいいわけが出来ますから」

「でも……」

「クォーレ公爵家に残っている人間には、もし早くにルルリアーノ嬢が帰ってきた時のことは頼んである。それに、ルルリアーノ嬢が言う通り、二人とも居なくなると、変に目立って困るからな」

 キャロラインの言葉に、ミアは渋々頷いた。

「キャロライン様。今回は、色々と力を貸していただき、ありがとうございました」

 ルルリアーノは気丈にもそう言い切ると、礼を取った。


「いや。……今回は、私も読み違えていたな。……逆に辛い気持ちにさせて申し訳ない」

 キャロラインの言葉に、ルルリアーノは首を振って、精一杯微笑んだ。

「いえ。……キャロライン様とのお茶も楽しかったですわ。これからも、一緒にお茶をしていただくことは可能でしょうか?」

「ああ。サムフォード家に来れば、いくらでも付き合う」

 キャロラインの返事に、ルルリアーノは頷く。

「では、ルルリアーノ嬢、また今度会おう」

 キャロラインの言葉に、目を伏せたルルリアーノの姿が消えた。


 静まり返った部屋に、キャロラインの溜め息が落ちた。

「まさか、こういう結末になるとはな」

「そう……ですね」

 ミアも目を伏せて首を振った。

「……ルルリアーノ嬢には、酷なことをしてしまったな。……だが、キャル、いつまでもここに居るわけにもいかないだろう? 大広間に戻ろう?」

 レインがキャロラインの肩を叩く。その顔も、浮かない。


「レイン、表情が暗いぞ。ミアもな」

「……はい。気持ちを切り替えて行きましょう」

 頷くミアとレインに、キャロラインはもう一度大きくため息をついた。

「ファジー殿下らしくもない」

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