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59.ファジー殿下の婚約パーティー

 キャロラインの銀色の髪は、いつも以上にきらめきを見せ、緩くまとめられている。そして、菫色の目の色を深くするような紺色のドレスは、レインのハンカチーフとお揃いの色だ。胸元には、大きなサファイヤが輝いている。いつもは化粧っ毛のない顔は、上品に彩られ、美しい顔を更に引き立てていた。

 キャロラインがこれほどまでに着飾っているのを見るのは、ミアもレインも初めてだった。

「どうかしたのか?」

 キャロラインが何も言わずに見ているミアとレインに、首を傾げる。


「え、あ……美しいですね」

 レインがしどろもどろに告げると、キャロラインが目を細める。

「別に褒めなくともよい。中身は変わらん」

「キャルお姉さま……中身と外身のギャップがありすぎますわ」

「ミア、いやミラ、呼び方が違うぞ」

 ニヤリ、と笑うキャロラインに、ミアがハッとする。

「キャロライン様、ですわね。……呼び間違わないようにしないと」


 首を振るミアは、メイド服を着ていた。それも、クォーレ公爵家の。そもそも、ここも、クォーレ公爵家の一室だ。そして、ミアは“ミラ”という侍女として参加することになっている。

「キャロライン様……こんなことをして、よろしいんでしょうか?」

 そして、ミアの後ろにいるルルリアーノもまた、クォーレ公爵家のメイド服を着ていた。

「他に会場に入る手はないからな。別に構わんだろう」

「ごめんなさい、ルルリアー……ルルさん。まさか、キャロライン様が考えていたことが、こういうことだったなんて、私わからなくて……」

 ミアの言葉に、ルルリアーノはきっぱりと首を横にふった。ルルリアーノは“ルル”という侍女という設定だ。


「構わないわ。どんな形でも、ファジー殿下のお役に立てる可能性があるのなら」

「カリファル侯爵夫人が折角用意してくださったドレス……必要ありませんでしたね」

 ミアが眉を下げて、テーブルの上に置かれた箱を見る。その中には、ルルリアーノを彩るはずのドレスが入ったままだ。

「いいんですの。……お母様が私の気持ちを後押ししてくださった、って事実だけで、私は十分ですわ」

 ルルリアーノはピンと背筋を伸ばす。

「キャロライン様。正直、この状態でパーティーに乗り込むのであれば、カリファル侯爵に許可を得なくともよかったのではありませんか?」

 ミアがため息をつく。


「なぜだ?」

 キャロラインが首を傾げるのに、ミアは首を横にふる。

「寧ろ、カリファル侯爵に、このような形で乗り込むことを言わなくて良かったんでしょうか?」

「賛成してくれると思うか?」

 キャロラインの質問返しに、ミアは力なく首を振った。

「きっと賛成される両親はいないでしょうね」

「残念ながら、我が国で招待されているのは、王家と公爵家だけなんだ。そこに侯爵家の令嬢を連れて行くのはまずかろう」

「……それ、きっとカリファル侯爵もご存じだったんでは? ……賛成するわけがありませんわ」

 大きくため息をつくミアに、キャロラインがニヤリと笑う。


「そうか? 人によっては喜んで賛成すると思うがな。上手くいけば、バルオス王家との繋がりが出来るわけだからな」

「お父様は……権力などに惑わされる人間ではありません」

 ルルリアーノのきっぱりとした言葉に、キャロラインも頷く。

「そのようだ」

「今日は……不敬罪にならないように立ち振る舞うつもりではいますが、気に障るようでしたら、すぐにこちらに魔法で連れて帰って下さいませ」

 ルルリアーノがキャロラインに頭を下げる。

「ああ。安心しろ。カリファル侯爵に迷惑が掛からないようには気を付ける」

 キャロラインの言葉に、ルルリアーノが顔を上げる。その表情には不安が見える。

「そんな表情をしてパーティーなどに行ったら、最初から怪しいと疑われるぞ」

 頷いたルルリアーノは、一度目をつぶって表情を消した。


「さて、行くとするか」

「えーっと……そう言えば、屋敷の中が静かなようですが……公爵夫妻や他のご家族は?」

 ミアが告げると、キャロラインはニヤリと笑う。

「……もしかして、と思うんですが、我々は、魔法でバルオス王国へ?」

 レインが首を傾げると、キャロラインも首を傾げてみせる。

「もう当日だ。他にどうやって行くつもりだ?」

「……場所が分からなければ、転移は難しいのでは?」

 ミアの指摘に、キャロラインが頷く。

「バルオス王国には定宿があってな。そこに飛ぶ予定だ」


「キャロライン様の事ですから、そうじゃないかと思っていましたが、詳細を誰にも説明されていなかったんですね」

 騎士服をまとったジョシアが、大きくため息をついた。

「文句を言うな」

「いえ。苦言を呈しているんですよ」

 目を逸らすキャロラインに、ミアとレインはクスリと笑った。


 *


「あんな街中に出るとは思いませんでしたよ」

 バルオス国王に挨拶するための列に並ぶレインがため息をつく。王城は、アルフォット王国より古いが、大広間は広く、かつ繊細な細工が大広間を飾っていて、華美ではないが落ち着いた美しさを見せている。

 バルオス王国の王都の外れとは言え、クォーレ公爵家の定宿の前の通りには、十分な人通りがあった。王族の婚約パーティーが予定されており、街は活気づいている。もしかしたら、いつも以上に人通りがあるのかもしれない。

 そんな中に、魔法で唐突に表れたキャロライン一行は、注目の的になった。


 既に話はついていたらしく、定宿にはクォーレ公爵家の馬車が停まっており、ミア、レイン、キャロライン、ルルリアーノ、ジョシアはすぐに車中の人となった。が、乗り込むまでも、乗り込んでからも、街中から視線を感じるという居心地の悪さは消えなかった。

「他にはどうしようもあるまい?」

「……普通にバルオス王国に入るという手がありますけどね」

「それでは、用事が済ませられないだろう?」


 キャロラインの視線が、離れて二人をまつルルリアーノ達の方に向く。

「……そうですね」

 レインが力なく頷く。

「さあ、どうなるかな」

 キャロラインの言葉に、レインが頷く。


 *


「お兄さま、大丈夫かしら?」

 ミアが心配そうにレインの後ろ姿を見つめる。バルオス国王に挨拶するための列は長く、まだミア達の元には戻ってきそうにもなかった。

「……そう言えば、レイン様を、社交界では見たことがありませんね」

 ぽつり、と告げたルルリアーノの言葉に、ミアが苦笑する。

「ずっと……家からほとんど出ていませんでしたから」

「そうなんですの……それが今は、キャロライン様の婚約者として隣に立っているんですから……不思議なものね」

 淡々としたルルリアーノを、ミアは覗き込む。


「何が縁になるのか、わかりませんからね」

 小さく頷いたルルリアーノが、バルオス国王に視線を向ける。その横には王妃、そして王太子夫妻が揃っていたが、まだ、ファジーの姿はなかった。

「あれは……カルタット公爵夫妻だわ」

 視線を戻そうとしたルルリアーノの呟きに、ミアもルルリアーノの視線の先を見る。

「そう言えば、公爵家は来ているとキャロライン様がおっしゃってましたね」

 ミアはじっとカルタット公爵を見る。


「ルルさん、ミラさん。あまり他の方に視線を向けないようにした方が良いのではないでしょうか。お二人の顔を知っている人間がいたら、騒ぎになりかねません」

 ジョシアの忠告に、ミアもルルリアーノも慌てて視線を下げる。

「そうね。気をつけなければいけないわ……。エダモン公爵もいらっしゃっているのよね。気をつけないと」

 ミアの言葉に、ルルリアーノも頷く。

「私、シルフィー様にお会いしてしまったら、すぐにバレてしまうでしょうね」

「目立たないように……しないといけないんでしょうけど……キャロライン様が目立たないように……できるのかしら?」

 ミアの疑問にジョシアが苦笑する。


「キャロライン様は顔だけで目立ちますし……今回は婚約者連れてきていますからね……」

「目立たない方が難しいかもしれないわね」

 ミアが肩をすくめて、またキャロライン達に視線を向ける。

「ずっと俯いとくしかなさそうな気がするわ」

 どう見ても、視線を集めているように見えるキャロラインとレインの二人に、ルルリアーノも頷いてうつむいた。


 ざわり、と会場の空気が変わる。

「ファジー殿下、ダイアナ・ヴァージニティー辺境伯令嬢、到着しました」

 声高らかな宣言に、会場中の視線が入口に向けられる。

 ミアもルルリアーノも、その視線は会場の入り口に向いた。

 ファジーは柔らかな笑みをたたえ、その隣に立つまだ幼さの残る令嬢をエスコートしている。一度二人は立ち止まると、二人そろって礼を取った。ファジーが何かをダイアナに話しかけると、ダイアナはうっとりとファジーを見上げた。


 ミアはちらりとルルリアーノを見る。目を伏せたルルリアーノの表情は固く、顔色も悪い。

「ルルさん、大丈夫ですか?」

 ルルリアーノは小さく頷く。ミアは気づかわし気にルルリアーノを見るが、まさかファジーの態度が婚約をすんなり受け入れているとは思っていなくて、ファジーとダイアナの様子に、予想が外れたとは思っていた。勿論、義務的な結婚ではあれ、友好的な態度である必要はあるのだが、予想以上に、ファジーとダイアナの雰囲気が親密そうに見えたからだ。


 ミアは顔を上げてファジーを見る。まだフロアを歩いているため、人ごみに紛れてしかファジーの姿は見えないが、その表情は、この婚約を歓迎しているようにしか見えない。出てきそうになるため息を飲み込んだ次の瞬間、ミアはファジーと視線が合ったような気がした。だがそれは一瞬のことで、すぐにファジーの顔は他の方向に向く。

 気のせいか、と思ってルルリアーノを見ると、ルルリアーノがじっとファジーを見ていた。

「ルルさん、あまりじっと見るのは」

 ハッと我に返ったルルリアーノが顔を下げる。


「そうですわね。……何だか、目があったような気がしてしまって……きっと勘違いなのに」

 ルルリアーノの言葉に、ミアとジョシアは顔を見合わせる。ミアがファジーと合ったように思った視線は、ルルリアーノに向けられていたのかもしれない、と思ったからだった。

 この人ごみの中で、ルルリアーノを一瞬で見つけてしまえるのはなぜか。

 少しだけ期待したい気持ちを、ミアは何とか抑えた。この状況では、不用意にルルリアーノを慰さめる言葉も言えなかった。


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