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56.ルルリアーノの新たな見合い

「そう言えば、しばらく見合いはないのか?」

 キャロラインの問いかけに、ミアが首を傾げる。

「どうしてですか?」

「しばらく静かに過ごせるのかと思ってな」

 キャロラインがカルロを撫でながらミアを見る。ミアは首を小さく傾げる。

「そうですね……やろうと思えばできますし……やらないでおこうと思えば、そうもできますけど」

「はっきりしないな。マーガレット嬢のことがあるからか?」


「いえ。マーガレット様は少し考えたいそうです。カリファル侯爵夫妻から、ルルリアーノ様のお見合いをして欲しいと頼まれましたの」

「なるほどな」

 ミアが肩をすくめると、キャロラインが頷く。

「きっとルルリアーノ様は、お見合いをしてはくださらないと思うんですけど……」

「ミアも乗り気ではなさそうだな」

 キャロラインがミアの表情を見ながらニヤリと笑う。


「……私情を挟むのは問題があるんでしょうけれど……」

「今までだったら、何だかんだで相手を言いくるめていただろう?」

「まあ……そうですけど」

 ミアが苦笑する。

「そもそも、丁度いい相手がいないのか?」

「丁度いい相手……ですか……」

 ミアは思案顔になって、うつむいた。


「どうせ断られると分かっている相手だ。そんな都合のいい相手はいないだろうな」

「いましたわ!」

 キャロラインの言葉を即座に否定するミアに、キャロラインが首を傾げた。

「いるのか? ……もはや、当て馬だろう?」

「いえ。いますわ」

 ミアは頷きながら、ニッコリと笑った。



「今日はキャロライン様がアドバイスをしてくださるの?」

 ルルリアーノの言葉に、ミアは微笑む。

 そして、応接間の扉を開けると、ルルリアーノを先に部屋に入れる。

「……えーっと……キャロライン様は?」

 ルルリアーノが戸惑った様子で部屋の中を見回す。

 既に応接間に集まっていたのは、キャロラインとはわからないいでたちの黒いローブのキャロライン本人と、レイン、そして、ヴィンセントだった。ルルリアーノを視界に入れたヴィンセントの表情が固まっている。


「ミア様? これは……一体?」

 ルルリアーノの表情もまた固まる。ミアは微笑んだまま、ルルリアーノの手を取ると、ソファーに向かっていく。そして、口を開いた。

「本日は、ルルリアーノ様とヴィンセント様のお見合いですわ」

 は? と声を漏らしたのはヴィンセントで、目を見開いてミアを見つめるのはルルリアーノだ。

「そ、そんなこと聞いてませんわ! どうして、ミア様!」

 我に返ったルルリアーノが、ミアに迫る。


「必要なことですわ」

 ミアはそれだけ告げると、ルルリアーノをヴィンセントの前に座るように促す。

「嫌……私、帰りますわ……」

 ルルリアーノが歩き出そうとするのを、ミアが止める。

「どうしてですの?」

「どうして?! ミア様は分かってくださったのでしょう?!」

 振り返ったルルリアーノは、今にも泣きだしそうだった。


「私を説得しても意味はありませんよ? 説得すべきは、カリファル侯爵夫妻です」

 ミアの言葉に、ルルリアーノが目を伏せる。

「そんなこと、わかっているわ。……でも……二人とも話を聞いてくださらないから……」

「その程度の想いだと思われているんじゃないかしら?」

 ルルリアーノがパッと顔を上げる。

「その程度ではありませんわ!」

「ですが、ご両親を説得できずに、1か月後を迎えてしまえば、一緒ではないですか?」


 唇を噛むルルリアーノは、首を小さく振る。

「……そんなこと、絶対イヤよ」

「ルルリアーノ嬢は、何やら事情がありそうですね?」

 困った表情で、ヴィンセントがミアとルルリアーノを見ている。ミアの視線がヴィンセントに向くと、ヴィンセントが肩をすくめる。

「それで、なぜ私もそれに巻き込まれたんでしょうか?」

「ヴィンセント様は、ワイエス子爵から断りの連絡がありませんでしたので」

 ミアが微笑むと、ヴィンセントが視線を揺らす。


「それは……そうですが……」

 マーガレットの見合いの最中に血相を変えて帰ってしまったはずのヴィンセントは、ワイエス子爵から断りの連絡はなかった。その実、サムフォード男爵家に来て欲しいと声を掛けた時にも、ヴィンセントからは断るような文言は出てこなかった。だからこそ、ミアはこの不意打ちのような見合いを組めたわけだ。

「あの……ヴィンセント様にも、ご事情が?」

 他意のない表情で首を傾げるルルリアーノは、どうやらヴィンセントの噂を知らないらしい。

「ええ……まぁ……」


 ヴィンセントはルルリアーノの反応に、言葉を濁すと、首を振った。

「とりあえず、座りませんか? ルルリアーノ嬢の事情を良ければ教えてください」

「え……」

 言葉に詰まるルルリアーノが、ミアを見る。ミアは頷いて口を開いた。

「ルルリアーノ様が話しても構わないと思う内容だけで結構ですわ」

「……わかったわ……お見合いをする気はないけど……話だけなら……」

 ルルリアーノがようやくソファーに腰を沈めた。


「えーっと……こうやって話すのは、初めまして、になるのかな」

 ヴィンセントがそう告げると、ルルリアーノも頷く。

「そう……ですわね。学院でも一緒になるようなことはありませんでしたし」

「そうか。私は留学していたからね」

 ヴィンセントが頷く。ルルリアーノとヴィンセントは2歳違いだが、ヴィンセントが留学していたために同じ学校で過ごすことは無かった。


「バルオス王国に留学していたんですよね」

 レインの相槌に、ルルリアーノがハッと息をのむ。

「ファジー殿下とご学友だったんですよね?」

 ミアの質問に、ヴィンセントが苦笑する。

「同じ学年だった、と言うだけだよ。私は隣国のしがない子爵家の次男だからね。ファジー殿下のご学友として親しくもしていないし、取り巻きにもなってはいなかったから、交流はほとんどなかったよ」

 ヴィンセントの言葉に、ルルリアーノが目を伏せた。


「それで、ルルリアーノ嬢は、どんな事情が?」

「……私は……ある方をお慕いしているんです」

 目を伏せたまま、ルルリアーノは答える。その反応をじっと見つめていたヴィンセントは、頷く。

「なるほど。カリファル侯爵からは反対されているんだね」

 ルルリアーノが小さく頷く。

「それで、お見合いをしているわけか……。どこも事情は同じか」

 ヴィンセントの言葉に、ルルリアーノが顔を上げた。


「では、ヴィンセント様も、他に想い人が?」

「ああ……。だが、両親からは全く歓迎されていないよ」

 目を伏せるヴィンセントに、ルルリアーノが頷く。

「お辛いですね」

 顔を上げたヴィンセントが、驚いたようにルルリアーノを見る。ルルリアーノが首を傾げる。

「どうかされましたか?」

 ルルリアーノの問いかけにハッとしたヴィンセントは気まずそうに首を小さく振った。

「いや……私が聞いていた印象とは、ルルリアーノ嬢が違っているように思えてね」


 ルルリアーノが苦笑する。

「氷の令嬢、ですね」

「えーっと……いや……」

「構いませんわ。……確かにそう呼ばれていたもの」

「そうか……その変化は慕っている相手のおかげ、なのかな?」

 ヴィンセントの問いかけに、ルルリアーノが目を伏せて小さく頷く。

「そうだと思います」

「だが……カリファル侯爵夫妻は、その相手との結婚を望んでいないんだね」

「……ええ」

「なるほど、事情がありそうだね」


 コクン、と頷いたルルリアーノは、ヴィンセントを見る。

「ヴィンセント様は、慕っている方との結婚は諦めていらっしゃるの?」

「無理……だからね」

 ヴィンセントが肩をすくめる。

「では、他の方と結婚を?」

 ルルリアーノの質問に、ヴィンセントが目を逸らす。

「でも、このままでは、きっとヴィンセント様は誰かと結婚しなければいけないでしょうね」

 ミアが淡々と告げると、ヴィンセントはミアに視線を移す。


「……私は結婚した方が良いのかな」

「ご両親の意向に沿うのであれば」

 ミアが頷くと、ヴィンセントは俯き、両手を組んだ。

「……そもそも……バルオス王国に留学したのだって、この気持ちを断ち切るためだったんだ」

「では、随分長いこと、片思いされているんですね?」

 ルルリアーノの言葉に、ヴィンセントは首を振った。

「いや……気持ちは通じたんだ」


 目を見開くルルリアーノは、首をかしげる。

「え? ……それでも……結婚はできない相手なんですのね?」

「……私は諦めようと思っていたんだ。だから、留学して……離れれば忘れられると……でも、無理だった」

 ヴィンセントは頭を抱えて目をつぶった後、首を振りながら目を開けた。

「そうだ。私は諦めることが出来なかったんだ。例え父上も母上も許してくれなくても。……なのに、結婚を望む両親の言いなりになろうとするなんて……」


 ヴィンセントは顔を上げると、ミアをしっかりと見る。

「ミア嬢、私は両親の望むようには結婚はできない」

 ミアは頷く。

「ヴィンセント様がそうお考えでしたら、ご両親ときちんと話し合ってください」

 ヴィンセントの表情が戸惑う。

「ミア嬢は……私に見合いをさせたいのではないのか?」

 ヴィンセントの言葉に、ミアが微笑む。

「ええ。私の仕事は、お見合いを組むことですから」


「だが……私が見合いをしたくないと言っているのは……いいのかな?」

「そうですね……私が用意をしなくとも、ヴィンセント様は既にお相手を見付けておられますよね? 私の出番はないかと」

「……結婚はできないけれどね」

 肩をすくめるヴィンセントに、ルルリアーノが首を横にふった。

「ヴィンセント様! 例えどんな相手だとしても、結婚を諦めては駄目です!」

「え、いや……あの……」

 困ったようにヴィンセントが首を振る。


「私の相手は……男性なんだ。だから、結婚は許されないことなんだよ」

 まあ、とルルリアーノが声を漏らす。その表情には戸惑いがあった。

「……それでも、ご両親に立ち向かうのですね」

「私が愛せる相手は……彼しかいないから」

 目を伏せるヴィンセントを、ルルリアーノがじっと見る。

「……悪いが、ルルリアーノ嬢、そう言うことだから、私は見合いの相手にはなれそうにないよ」

 何も言わないルルリアーノに、ヴィンセントがきまり悪そうにそう告げた。


「……私も、覚悟を決めなければいけませんね」

 ルルリアーノが、ぼそりと呟く。

「覚悟? ……ああ、慕う相手とのことをご両親に説得するんだね?」

 ヴィンセントの言葉に、ルルリアーノが頷く。

「……私は、ヴィンセント様と違って……本当に結ばれることは無いかもしれないんですけれど……」

 ヴィンセントが困惑した表情になる。

「え? ルルリアーノ嬢の片思いってこと、なのかな?」


「いえ……私だけの気持ちでは……ないと思っているんですけれど……」

 歯切れの悪いルルリアーノに、ヴィンセントは首を傾げる。

「私のように……同性とか……? 身分が違い過ぎるとか……?」

「直接約束したわけではないんです……」

「えーっと……」

 困った表情のヴィンセントがミアを見る。ミアは苦笑して首を傾げる。


 ルルリアーノは、ぎゅっと両手を結ぶ。

「ヴィンセント様が苦難の道を選ぶと決めたのを見て、私も覚悟が決まりました。例え、結ばれることがないとしても、私は……ファジー殿下をお助けするために、全力を尽くしますわ」

「え?! ファジー殿下?!」

 ルルリアーノの言葉に、ヴィンセントが目を見開いた。

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