53.ルルリアーノの決意
「では、ルルリアーノ様は……」
ミアが目を伏せる。
「ファジー殿下は、今回は逃げられそうにない、と書いてある」
キャロラインの言葉に、ミアが顔を上げる。
「逃げられそうにない? ……ファジー殿下はその婚約には乗り気ではないということですか?」
首をかしげるミアに、キャロラインが口を開く。
「結婚に乗り気でないのは、いつものことだ。今までもファジー殿下は、いつも婚約の話をのらりくらりと躱していたんだ。どうやら、今回はその手が使えなかったらしい。国王から命じられたのかもしれん」
「バルオス国王からのご命令ですか……。それは……ひっくり返すことはできそうにありませんね」
「いや、それは私がそう思っただけだからな。それに……」
キャロラインがミアを見てニヤリと笑う。
「それに?」
「ルルリアーノ嬢をよろしく頼む、と書いているのは、どういうわけだと思う?」
「ルルリアーノ様を……? それならまだ、ルルリアーノ様にも、チャンスが?」
「もしくは」
「……お手紙には、他に何と書かれているのですか?」
ミアの視線に、キャロラインが肩をすくめる。
「婚約を披露するパーティーに招待されている」
「キャルお姉さま、ご一緒しても?」
「ミアだけか?」
キャロラインがニヤリと笑う。ミアはゆっくりと首を横にふる。
「いいえ。ルルリアーノ様も、ご一緒に」
キャロラインはコクリと頷く。
「いいだろう。共に参加する許可を得ておこう」
あ、とミアが声を漏らす。
「ルルリアーノ様が行かないと言った場合には……私も参加は致しませんが……」
「ルルリアーノ嬢は、どう言うと思う?」
キャロラインの問いかけに目を伏せたミアは、またゆっくりと顔を上げた。
「聞いてみるしかありませんわ」
「行かないと言ったら?」
「それは、ルルリアーノ様の決めたことですから」
ミアの言葉に、キャロラインが片眉を上げる。
「意外だな。ミアはもっとルルリアーノ嬢を後押しするのかと」
ミアは肩をすくめて苦笑する。
「ファジー殿下とのことは……偶然生まれた縁のようなものですし……私がいくら後押ししようと、ルルリアーノ様の気持ちが弱ければ、一国の王の命を覆すだけの覚悟など持てないと思いますわ。それに……」
「それに?」
「定められた婚約者との結婚は、きっとファジー殿下にとって……いえ、バルオス王国にとって、利のあるものなんでしょう。それを壊すことでどんな影響があるのか、それについては私には責任は負えませんので」
ミアの答えに、キャロラインがクククと笑う。
「なるほどな。恋愛感情だけじゃ許されるものではないと。案外ミアはドライなんだな」
ミアが首を傾げる。
「あら。キャルお姉さまこそ、意外に乙女な考えをお持ちなんですね? ……お兄様との結婚については、とってもドライだったのに?」
キャロラインが肩をすくめる
「私が知っている婚約破棄のいくつかは、恋愛感情を盾に使っているからな。恋愛感情があれば婚約破棄も許されるものだと思っている人間が多いのかと思っていただけだ」
「確かに、そうかもしれませんね。でも、我が国の中での婚約破棄も多いわけではありませんし……今のところ、大きく影響があったのは、エダモン公爵家のシルフィー様の婚約破棄でしょうか。……エダモン公爵家派よりも、カルタット公爵家派が発言権が強くなっているんでしょうけれど……」
ミアが視線を揺らして目を伏せた。
「確かにそうだな。……次の王は既にカルタット公爵の息がかかっている。今更、皇太子を掌握するために金など必要もないだろうに。カルタット公爵は、それだけでは満足していないのか?」
ミアが首を横にふる。
「わかりません。……ただ、カルタット公爵は、とても顕示欲の強い方のようですから、お金がいくらあっても足りないのかもしれませんわ」
「下らん」
眉を寄せるキャロラインに、ミアはクスリと笑う。
「そうきっぱり言える人間は、多くはないと思いますわ
「そうか? 私はルイの婚約者から外されたことを、本当に良かったと思っているからな。狼もいない王城での生活など、何も楽しくないだろう」
キャロラインはおもむろにカルロを抱き寄せた。
「楽しいか楽しくないかで結婚を決める方も多くはないと思いますわ」
ミアの言葉に、キャロラインは肩をすくめただけだった。
「では、キャルお姉さま。ルルリアーノ様にどうされるか尋ねてみますわ。ルルリアーノ様だけの気持ちだけではどうしようもないかもしれないですけれど。……カリファル侯爵が首を縦に振らない可能性もありますしね」
キャロラインがニヤリと笑う。
「ルルリアーノ嬢の気持ちだけ聞けばよいではないか」
ミアは首を横にふった。
「いいえ、キャルお姉さま。ルルリアーノ様の結婚を望んでおられるのは、ご両親でもありますから。隣国で苦労するかもしれない相手……しかも、婚約すらできずに恥をかいて帰ってくることになるかもしれないことを、ご両親がお許しになるかどうか」
「……確かに、乗り込んだとしても、上手くいくとは限らないからな。ルルリアーノ嬢がその気持ちだけで両親の制止を振り切って行ってしまって、上手くいかず恥をかいた娘を、受け入れなくなる可能性だってあるな」
「ええ。ですから、もし許可をえるとしたら、カリファル侯爵家に行ってからでよろしいですか?」
「わかった」
キャロラインの返事に、ミアが大きく頷く。
「恋愛感情を優先することばかりが、幸せだとは言えないですから」
「なるほどな。恋愛感情が優先されない見合いにも一理あるわけか」
ミアが困ったように微笑む。
「好きという感情がいつまで続くのか、誰も約束はしてくれませんから。全てをなげうってファジー殿下のところにルルリアーノ様が向かったとして……幸せが約束されたわけでもありません」
キャロラインがニヤリと笑う。
「皇太子殿下に言ってやって欲しい言葉だな」
ミアは目を見開いて、慌てて首を横にふる。
「そんなこと言えるわけがありませんわ!」
キャロラインがクククと笑うと、ミアはムッとしたあと、肩をすくめて口元を緩めた。
*
「ミア様、私……ファジー殿下を信じてみたいのです」
ルルリアーノがまっすぐにミアを見る。
ルルリアーノに連絡を取ると、ルルリアーノも丁度ミアと話がしたいと返事があった。ミアはその足でカリファル侯爵家へ足を向けた。
カリファル侯爵家の応接間に通されたミアは、ルルリアーノただ一人だけと会っていた。
「ファジー殿下を……信じる、ですか?」
ミアが首を傾げる。ルルリアーノが口に出す言葉としては、あまり予想していない内容だったためだ。
「ええ。……ファジー殿下は、この婚約を望んではおられません。ですが……この縁談が組まれた理由と、私を肩身の狭い立場に置きたくないという理由で、断ることが出来なかったと」
ミアは目を見開く。
「ファジー殿下から、婚約の話を詳しく聞いておられるのですね?」
ミアの言葉に、ルルリアーノがコクンと頷く。
「婚約者の方は、バルオス王国では珍しく魔力を持っているそうです。魔力を王家の血に混ぜたいと思うのは……バルオス国王たっての願いらしくて……。それに、婚約者の方は辺境伯の娘で、王家としては掌握しておいて利があるからと」
ミアは首を傾げる。
「王家が望む条件がそろっている方でしたら……どうして今までファジー殿下との婚約の話が出てきていなかったのかしら?」
「婚約者の方は、とても若いそうなんです。ファジー殿下がずっと結婚しないでいたことで……その方が適齢期になって……ならば、と話が持ち上がったようでして……」
「なるほどですわ。確かに、10足らずの子供も、数年も経てば十分適齢期になりますもの」
ミアは納得して頷いた。ルルリアーノが不安そうにミアを見る。
「それで、ルルリアーノ様は……ファジー殿下を信じて……どうされるおつもりなんですか?」
ミアが促すと、ルルリアーノが口を開く。
「手紙を書いて……肩身が狭くてもファジー殿下の隣に居たいことをお伝えしようと思います」
「なるほど……」
ミアは頷きながら、ルルリアーノの表情を見る。ルルリアーノの表情に迷いはない。
「もし……ファジー殿下が、この婚約を破棄できなかった時には?」
ミアの言葉に、ルルリアーノが目をつぶる。そして、ゆっくりと目を開けた。
「ファジー殿下の幸せを祈るだけですわ」
切なそうに微笑むルルリアーノに、ミアは頷く。
「ルルリアーノ様は、もし恥をかくことになっても、ファジー殿下の婚約破棄のために動きたいと思われますか?」
ルルリアーノは首を傾げて少し考えた後、コクリと頷いた。
「私が恥をかくだけで、ファジー殿下の望まない婚約が解消されるのであれば、力になりたいわ」
「婚約解消が出来た時、ルルリアーノ様が選ばれるわけでなかったとしても?」
ミアの質問に、ルルリアーノが困ったように笑う。
「魔力もない、この国の侯爵家の娘でしかない私では、ファジー殿下の隣にいることが許されない可能性は十分にあるもの……おとぎ話のように、上手くいく話ばかりじゃないものね」
「それでも、恥をかいたとしても、ファジー殿下の婚約破棄に力を貸したいと思われますか?」
重ねられたミアの質問に、ルルリアーノはコクリと頷いた。
「私は、ファジー殿下に救われましたから。例え、ファジー殿下の隣に立てないとしても、今度は私がファジー殿下を救う番ですわ」
微笑むルルリアーノは、ミアがハッとするほど美しかった。見とれていたミアは、我に返ると口を開いた。
「カリファル侯爵家の名前に傷がつくことになっても?」
ルルリアーノが目を伏せる。
「そうね……私が恥をかくってことは、我が家の家名に傷をつけるってことになるのよね……でも、それでもファジー殿下の力になりたいと思う私は、親不孝なのかしら」
ルルリアーノの覚悟に、ミアは大きく息を吐いた。




