41.新たな協力者
「ジョシアさん!」
ミアの声に、ジョシアが血の気のない顔で力なく笑う。
「心配をおかけして申し訳ありません、ミア様」
手を握るミアの手をちらりと見たジョシアに、ミアが慌てて手を離す。
「心配はしています! ですから、今言ったことは……」
ミアの声に、ジョシアが首を振る。
「私は療養のためと言って、クォーレ公爵家に帰ったことにすればよいのです。表向きは、疑われることは無いでしょう」
「ジョシア殿! そこまでしてもらう理由など……」
レインが首を横にふる。だが、ジョシアはじっとレインを見た。
「私も、サムフォード家の力になりたいのです」
「だが」
「ジョシアさん。お気持ちは有難いと思います。でも、今日のようにケガをしてしまったら……」
レインが言葉を続ける前に、ミアが心配そうにジョシアに告げた。
「流石に二度目はないように気をつけますから。……私は気を失っただけではなく、ケガをしてしまったのですね?」
困ったようなジョシアに、皆が頷く。
「お前、危険な任務だとしたら、それを言っておけ」
はぁ、とヒースが大きなため息をついた。
「危険ではない……案件だった筈なんですが。どうやら、嗅ぎまわられたくない人間が確実にいるようですね」
ジョシアの言葉に、キャロラインが頷いた。
「ところでジョシア、薬の匂いを、覚えてるか?」
その瞬間、ジョシアが目を見開く。
「嗅がされた薬ですね。あれは……嗅いだことのある匂いでした」
「え? ジョシアさん、どういうことですか?」
ミアの言葉に、ジョシアがおでこに手を当てる。
「どこかで……」
キャロラインがまた頷く。
「私も、どこかで嗅いだ記憶があるんだ。だが、思い出せない。少なくとも、王都ではないのは間違いないんだが……」
「そんな昔の事ではないと思うんですが……あ」
ジョシアがキャロラインに視線を向ける。
「ダイアン伯爵領ではありませんか?」
「ああ!」
キャロラインが納得したような声を挙げた。
「ダイアン伯爵家の領地では、確か新しい薬草が見つかった、という話でしたわ!」
ミアの言葉に、レインが頷く。
「それが、フィリアス伯爵家で作られている新しい薬の材料なのかもしれないね」
「フィリアス伯爵家で作られている薬?」
4人が納得した表情をしている中、ヒースが一人首を傾げる。
「ああ、ヒースは知らないか? フィリアス伯爵家では、痛みを感じなくする薬を開発したんだ」
「はぁ」
キャロラインの言葉に、ヒースが相槌を打つ。そして、また首を傾げた。
「その、痛みを感じなくする薬と……ジョシアが意識を失ったことが……どう関係するんですか?」
「痛みを感じさせなくする薬は、つまりは、意識を失わせる薬なんだよ」
レインの説明に、ようやくヒースがハッと息をのむ。
「そんな危険な薬……市場に流れてもいいものなんでしょうか?!」
「フィリアス伯爵家では、その取り扱いを厳重にしている、という話ですわ」
そう告げたミアの表情は、暗い。それは、ミアだけではなく、レインもキャロラインも、そしてジョシアも同じだった。
「だが、ジョシアが気を失ったのは、きっとその薬のせいだろう」
キャロラインの言葉に、ジョシアが頷く。
「フィリアス伯爵家は、なぜ、犯罪に使われることを許しているのです?!」
ヒースの言葉に、4人は小さく首を横にふった。
「王立騎士団には、その情報を伝えておいた方がいいでしょう。……フィリアス伯爵家と無関係だとは思いたいですが」
ジョシアが目を伏せる。
「ジョシア、王立騎士団が取り合ってくれるのか?」
「既に、この薬を悪用したかもしれない事件が、起こったのかもしれないと、王立騎士団は動き出しているんです」
ヒースの疑問を、レインが引き取った。
「事件?! フィリアス伯爵家の悪い噂なんて……聞いたこともないが……」
驚くヒースに、ミアが口を開いた。
「フィリアス伯爵家が直接関係しているのかはわかりません。私は、フィリアス伯爵家が思ってもいないルートから、この薬が悪用されているのかもしれないと思っています」
「フィリアス伯爵家から、情報が欲しいな」
ぼそりと呟くキャロラインに、ミアが視線を向ける。
「方法はありますわ」
「ミア、方法、とは?」
レインがミアを見る。
「フィリアス伯爵からは、何かがあれば力になろう、と言っていただいたように記憶しておりますし……それに、ミカルノ様もおりますし」
レインの疑問にミアが答える。
「そう言えば……フィリアス伯爵はあの婚約が決まったパーティーで、確かにそんなことをおっしゃっておりましたね」
ジョシアが頷く。
「いや、もし悪事を働いているとしたら、いくらそんなことを言っていたとしても、自分からは言い出さないでしょう?」
ヒースが口を挟む。
「ですから、ミカルノ様、なのです」
ミアが肩をすくめる。
「ミカルノが、役に立つのか?」
キャロラインが首を傾げる。
「ええ。ミカルノ様は、正直に生きていらっしゃる方ですから。もし何か悪事を働いているとすればそのことを気に病んでおられるでしょうし……無関係だとしても、フィリアス家で作り出した薬が悪事に使われていることに憂慮しているでしょう。もしかしたら、有用な情報を持っている可能性もありますしね」
ミアの告げた内容に、他の3人は頷く。ヒースは少し首を傾げたまま話を聞いていた。
「なるほどな……まあ、正直と言えば、正直な人間だったな。だが、このタイミングでミカルノと接触を持てば、フィリアス家が悪事に染まっているかどうかは別として、ジョシアに怪我をさせた人間も動くんじゃないか?」
キャロラインの疑問に、ミアがゆっくりと頷いた。
「それは、不自然でない理由がありますから。ミカルノ様とアイル様の婚約が成立してしばらくたちますから、お二人にご機嫌伺いをしてもいいのかな、と。私たちが結んだ縁ですから」
「えーっと、アイル殿も一緒に呼ぶのか?」
レインが思わず、と言った風に口を開いた。
「ええ。そうしなければ、不自然ですし」
「それだと、情報がもらえない可能性が高い気がするが……」
レインが首を振ると、ミアも首を振り返した。
「情報がもらえない可能性の方が、そもそも高いと思いますわ。どの家も、自分の家の後ろ暗い話など、口にはしたくないものですし。ただ、アイル様が案外、ミカルノ様の様子をよく理解されているかもしれないですから、そんな話を聞きたいのです」
「なるほど、な」
うんうん、とキャロラインが頷く。
「じゃあ、私はシュゼットとやらから情報を得に行こうか」
「キャル! それは駄目です!」
レインが即座に首を振る。
「キャロライン様が動くとなると、目立ち過ぎますので、私に任せてください」
ジョシアもレインに同意する。キャロラインが途端にムッとなる。
「だが、ジョシア一人で行かせるわけにもいかないだろう?」
「いえ、キャロライン様と行くよりは安全かと……」
「いや、一人で行くのは危険だ。今回だって、ヒースが居なければ、こんな怪我では済まなかっただろう?」
キャロラインの強い視線に射抜かれて、ジョシアが口を噤む。
「……あの……」
おずおずと、ヒースが口を開く。キャロラインとジョシアに向けられていたミアとレインの視線がヒースに向かった。
「私がジョシアと行けばよいのでは?」
「それは!」
レインが首を振ると、ミアも心配そうに頷く。
「そもそも、シュゼットさんのところには、我々が行くべきだと……」
ヒースに視線を向けたキャロラインが困ったように頬をかく。
「ヒース……」
「ヒース、いいのか?」
ジョシアもヒースに戸惑った視線を向けた。視線を一身に受けたヒースが眉を下げて肩をすくめた。
「もうすでに首を突っ込んでいるんだ。それに、入団からの付き合いのジョシアになら私は命を預けられると思っている。ジョシアもそう思ってるから、今回私を相棒に選んだんだろう? それに、私はクォーレ公爵家の騎士だからな。キャロライン様の安全を守るのも仕事の内だ」
「すまない。恩に着る」
キャロラインが頭を下げると、その態度に皆が目を見開いた。ヒースがワタワタと戸惑い出す。
「い、いえ。キャロライン様、顔を上げてください!」
ヒースの言葉に顔を上げたキャロラインが、ニヤリと笑う。
「私だって、人に頭を下げることはあるんだ」
「はぁ」
ヒースが困ったように頷いた。
「じゃあ、決まりだな」
ウンウン、と頷くキャロラインに、レインとミアが首を振る。
「有難い申し出ですが……今回ばかりは」
「ええ。私はジョシアさんたちを危険な目に合わせたいとは思いませんから」
不安そうな視線をミアがジョシアに向ける。
「私は、ミア様を危険な目に合わせたくはありません」
ジョシアの言葉に、ミアが目を瞠る。
ジョシアは頷いてまた口を開いた。
「それに、集めた話だと、シュゼットさんは本当にあの事故が起こったことに責任を感じて仕事を辞めてしまったようですし、シュゼットさんには後ろ暗いところはないのではないかと思っています。あの事故で亡くなった見習いのご家族は、シュゼットさんから度々心遣いが届くと言っていました。私は危険な相手に会いに行くわけではない。だから、安心してください」
血の気が戻って来たジョシアが、ミアに微笑む。
「ジョシア、安全そうな相手だからって、油断するな」
キャロラインの厳しい声に、ジョシアが頷く。
「勿論です。二度とご心配はおかけしません」
「ですが……」
不安そうなミアの肩を、レインが抱く。
「ミア。シュゼットさんと話をすることは、隠された謎を解くのに必要なことだ。だが、我々が動くと、両親を殺したかもしれない誰かの目に留まりやすい。本当は危険ではないかもしれないシュゼットさんまで巻き込む可能性がある。ありがたく、話を受けよう?」
ミアは視線を落とすと、息を静かに吐いた。そして顔を上げて、ジョシアを真っ直ぐに見る。
「ジョシアさん、必ず無事に帰ってきてくださいね?」
「勿論です」
ジョシアが微笑む。
次の瞬間、ミアがハッとしてヒースを見る。
「ヒースさんも、必ず」
「ええ、勿論。それに、ジョシアのこともお任せください」
ヒースの口元は緩んでいる。ミアは気まずそうに目を逸らした。
レインはクスリと笑うと、あ、とキャロラインを見た。
「あの、ジョシア殿がいない間は、キャルの護衛はどうするのですか?」
キャロラインは首をふる。
「いなくても別に構わないがな。どうせ、この家から出ることは殆どないだろうし」
「キャロライン様。家の中にいても危険はありますので……」
ジョシアが首を横にふる。
「ならば、誰が私の護衛に着くと言うのだ? ジョシア以外は嫌がるだろう?」
肩をすくめるキャロラインは、淡々と告げる。
「クリスはどうかな?」
ヒースがジョシアを見る。ジョシアが首を傾げる。
「クリス? クリスって、クリス・ホイラーのことか?」
「ああ。そのクリスだ」
頷いたヒースが、キャロラインに視線を向ける。
「あの……キャロライン様。クリス・ホイラーという者がおります。優秀な人間であることは、私が保証いたしますので、ジョシアが戻るまでの間、使ってみてはいただけないでしょうか」
「本人に確認も取らずに、いいのか? すぐに逃げ出されては困るんだがな」
キャロラインが皮肉気に言い放つ。だが、ヒースはあっさりと首を横にふった。
「クリスは打たれ強く諦めが悪いのが、いいところでもあります。それにきっと、二つ返事でクリスならば来るでしょう」
きっぱりと告げるヒースに、キャロラインは頷いた。
「わかった。もし役に立たんようだったら、次に会ったとき覚えておけよ」
「キャル!」
レインが慌ててキャロラインを叱る。キャロラインがムッと口を噤む。
びくりと体を震わせるヒースに、ジョシアがクスリと笑う。
「キャロライン様。クリスは仕事はできますので、ご安心ください」
ジョシアにも太鼓判を貰ってホッと息をついたヒースに、ミアもレインも口元が緩んだ。




