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40.治療

「ジョシア、大丈夫か?!」

 ジョシアが使用している部屋に走り込んだキャロラインたちの目に飛び込んできたのは、ベッドで蹲る顔面蒼白なジョシアと、ベッドの脇で心配そうにそれを見つめる平民の服を着た青年、それから案内をしてきたのだろう、サリーが部屋の入口に立っていた。勢いのいい音に、青年は狼狽えたように振り向いた。

「キャロライン様! 申し訳ございません。気が付いたときにはジョシアが路地に連れ込まれ暴漢に襲われているところでして……」

 青年はキャロラインを見ると声を挙げ頭を下げた。ミアが目を見開いてベッドのジョシアに縋りつく。だが、ジョシアはミアの気配に反応しない。


「ああ、ヒース。気にするな、けがは私が治療する」

 キャロラインはそれだけ言うとジョシアのベッドに近づく。不安そうにジョシアを見つめるミアの肩を叩くと、ミアがハッとした表情をして立ち上がる。そして、キャロラインのための場所を空けた。

 ベッドの横にしゃがみ込んだキャロラインが、ジョシアに手をかざしながら目を細める。

「ヒース、ジョシアは痛みに気を失っているだけなのか?」

 ちらりと後ろを振り返ったキャロラインに、ヒースと呼ばれた青年が一瞬だけ怯えた表情を見せ、困ったように首を振った。


「それが、わからないのです。助けた後、声を掛けても、一向に目を開くことはなくて……息は乱れていないので、体の中に深い傷を負っているようでもありませんし……まるで、眠っているようで……」

 ミアの視線とキャロラインの視線が混じる。

「眠っているよう?」

 キャロラインは躊躇なくジョシアの顔に鼻を近づける。

「ジョシアさんは大丈夫ですか?!」

 慌てたように入って来たレインに、ジョシアに顔を近づけたままのキャロラインが振り向く。


「足の骨が折れてはいるが、他の部分はケガはなさそうだ」

 キャロラインの言葉に、ミアがホッと息をつく。だが、ミアの目はまだ不安に揺れている。

「私も手伝います」

 進み出たレインに、キャロラインが頷くとジョシアから体を離す。そして、キャロラインは後ろを振り向いた。

「悪いが、治療に集中したい。無関係の者は出て行ってくれないか」

 心配そうにベッドを覗き込んでいたフォレスが頷き、ドアの横に立ち尽くしてたサリーを伴って部屋から出ていく。


「キャロライン様、私はクォーレ公爵家に戻っております」

 おずおずと頭を下げたヒースの言葉に、ミアもレインも、その青年がクォーレ公爵家の騎士の一人であることを理解した。

「いや、ヒースもジョシアが目を覚ますまでは心配だろう。それに、話を聞きたいから、そこにある椅子にでも座っておいてくれ。私の邪魔などしないだろう?」

 ニヤリと笑うキャロラインに、ヒースは困ったように頷くと、窓際にあった椅子の横に立ち尽くした。


「ヒース、さん。お座りください」

 ミアが立ち上がって声を掛けると、ヒースが首をふる。

「いえ、客人でもない私が、座るわけには……」

「大丈夫ですわ。今は、我が家の客人です。それに……キャル姉様もお兄様もその椅子に座ることはできませんし……私も部屋を出ますから」

「ミアはいていいぞ」

 キャロラインの言葉に、ミアが瞬きを繰り返す。

「いえ、私がいても、お役には立てませんし……」

「ジョシアの婚約者だ。追い出す必要はないだろう?」

「キャル姉様がそうおっしゃってくださるのなら……」

 ミアが少しだけホッとしたように息をつく。


「ヒース、悪いがドアを閉めてもらってもいいか?」

 キャロラインの言葉にヒースは頷くとミアを見た。

「では、ミア様がこちらに」

 ヒースの声に、キャロラインが肩をすくめる。

「ミアはジョシアの側だ。ヒースはドアを閉めたらそこに座っておけ」

 キャロラインの言葉に、ヒースは頭を下げるとドアを閉め、居心地が悪そうに腰を掛ける。ミアがベッドに近づくと、キャロラインがジョシアの頭元を指さした。

「たぶん、ジョシアは眠っているんだと思うが、何か刺激があった方が良いだろう。手でも握っておいてくれないか」

 少し戸惑った様子のミアは、でも頷いた。

「はい」


 ミアはベッドの横に跪くと、ジョシアの大きな右手を両手で包み込んだ。その瞳は、心配そうにジョシアに注がれている。

「レイン、どうやらジョシアは薬で眠らされているようだ」

 キャロラインがジョシアの足をじっと見つめたまま、告げた。レインは目を見開くと、キャロラインを見た。ミアは予想した内容ではあったが、ジョシアの手を握った手に力が入る。

「それは!」

 レインの理解したような声に、キャロラインが頷く。

「口元から、微かに鼻につく匂いがする。嗅ぎなれない匂いだ。……いや、どこかで嗅いだ気も……」


「キャロライン様! だから、辞めて欲しいと言ったんです!」

 ミアが強い口調でキャロラインを見ると、レインが目を見開いた。

「では、この怪我は、我々の両親を亡き者にしようとした人間が?!」

 レインの強い声に、キャロラインはレインを見る。

「おそらくは。あの事故について嗅ぎまわられたら困る人間の仕業だと思うが。そうじゃなければ、ジョシアが襲われる理由がないだろう?」

 淡々と告げるキャロラインに、レインがキャロラインの顔を覗き込む。

「キャル。あれほど言いましたよね? 無茶をするなと」

 キャロラインはレインから目を逸らすと、ヒースを見た。


「無茶はしていない。ただ、人探しをしただけだ。なあ、ヒース?」

「ええ、確かに人を探すように頼まれただけでしたが……このような可能性があるのならば、教えておいて欲しかったです」

 恐る恐る告げたヒースがため息を零す。

「ジョシア殿は、何も言っていなかったんですか?」

 レインがヒースを見る。


「ええ、人探しを手伝って欲しい、としか。私も油断していたのですが……申し訳ありません」

 頭を下げるヒースに、レインが首を横にふる。

「いえ。謝るべきなのは、我が家の問題に巻き込んでしまった私の方でしょう。本当に、申し訳ありません」

 頭を下げるレインに、ヒースが目を見開く。

「いえ、頭を上げてください! それに、治療に集中すべきなのに、色々と話しかけてしまって申し訳ありません!」

 恐縮するヒースに、レインが口元を上げる。


「大丈夫ですよ。キャルが治療に集中したい、というのは人払いをするために言っただけでしょう? そもそも、もう骨はつながってるんですよ」

 ジョシアの足に手をかざしていたレインは、パッと手を離して見せる。レインの言葉に、キャロラインが頷く。

「別に人がいようが居まいが、私の力には影響はしないからな。ちょっと、込み入った話をしたかったんだ」

 え、とヒースが声を漏らす。


「犯人を見たのか?」

 キャロラインの言葉に、ヒースが肩を落として首を振った。

「いえ。うす暗がりだったもので、その顔までは。ただ、二人走り去った事だけは間違いありません」

「何か気付いたことは無いのかな?」

 レインの問いかけに、ヒースが視線を落とす。

「何か……あ」


「何か、思い出しましたか?」

 顔を上げたヒースに、ミアが視線を向ける。

「一人は、体格の良い……たぶん、私よりもずっと年上の男だと思います」

「なぜ、年上の男だと言い切れる? 顔は見てないのだろう?」

 キャロラインの疑問に、ヒースは迷いなくコクリと頷いた。

「少しだけ聞こえた声が……ひどくしゃがれていて、若々しいとは言えなかったので」

「声、か。なるほどな」

 レインが頷くと、ヒースが続けて口を開いた。

「もう一人は、身のこなしが軽い……男でした。あれは、どこかで訓練を受けたことがあるんじゃないかと……」

「訓練? どんな訓練だ?」

 キャロラインが目を細める。

「私と同じような、騎士としての訓練を」


 ハッとミアが目を見開く。レインがコクリと頷き、キャロラインが口を開いた。

「騎士……か。王国騎士団か、公爵家が私的に持っている騎士団、それから、辺境騎士団……」

「身分の高い家の中には、騎士団とまではいかなくとも、幾人かの騎士が居る家もあります」

 キャロラインに補足するように、ミアが告げた。レインが頷く。

「そのうちのどこかから離れた騎士崩れか……もしくは、どこかで働いている騎士か……」

「クォーレ公爵家の騎士団の人間ではありません!」

 即座のヒースの言葉に、レインが苦笑する。

「流石に、クォーレ公爵家の騎士を疑ってはいないよ」

「それならば……いいのですが……」

 ヒースが視線を下げる。


「まあ、我が家の騎士が、ジョシアを襲う必要性はないだろうな。もし、あるとすれば……それは、サムフォード男爵夫妻を殺した犯人から送り込まれた間者だろうな」

 淡々とキャロラインが告げる。

「キャロライン様! 少なくとも、私はあのような後ろ姿の男を、我が騎士団で見たことはありません!」

 強いヒースの言葉に、キャロラインが肩をすくめる。

「ムキになるな。可能性の話だ」

「……そう、かもしれないですが……仲間を疑われるのは心外です」


「キャル姉さまに悪気はないと思いますよ? ヒースさん。他に、何か覚えていることはありませんか?」

 ミアがジョシアの手を握りしめたままヒースを見た。

「他に、覚えていること……ですか。……少なくとも相手は、この手の犯罪に手慣れている、と言うことくらいでしょうか。私がジョシアから目を離したのは、本当に少しの間でしたから」

 ヒースの視線がジョシアに向く。

「キャロライン様、ジョシアはまだ目覚めないようですが……」

 ヒースの疑問に、キャロラインが首を小さく振る。

「私には怪我は治せても、目覚めさせることはできないからな。薬の効果を消す魔法があればいいんだろうが」

 キャロラインがニヤリと笑う。

「王子様が目覚めるのは、お姫様のキスじゃなかったか」


 キャロラインの視線に気づいたミアが慌てたように首を横にふる。

「キャル姉さま! 何をおっしゃるんですか!」

 顔を赤くしたミアの手に力がこもる。

「キャル。こんな時に冗談など」

 たしなめるレインに、キャロラインが憮然とした視線を向ける。

「悲壮な雰囲気になっても、問題は解決することはないだろう?」

「そうですが……」


「ヒース、シュゼットが今どこにいるのか、情報は得られたのか?」

 キャロラインはレインから視線を外し、ヒースを見た。ヒースが慌てたように頷く。

「ええ。シュゼットは生まれ故郷に戻ったと」

「では、あの時の話に、嘘はなかったのですね」

 ヒースの答えに、ミアがホッとしたように息をつく。

「嘘じゃないかどうかは、まだわからん。行って見なければな」

「キャル、それは……」

 レインが戸惑ったように口を開いた。


「実際に、シュゼットに会うために調べたのだからな……さて、どうするかな」

「どうするって……まさか」

 レインの言葉に、キャロラインがニヤリと笑う。

「ミアもレインも仕事で忙しいのだろう? ならば、動けるのは私しかいないだろう?」

「いえ……キャロライン様……私が行きます」

 キャロラインの言葉を引き取ったのは、掠れたジョシアの声だった。キャロラインに向いていた皆の視線がジョシアに向く。

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