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4.魔王の結婚観②

「ミア?」

 レインはミアの顔を見る。

「お兄様。顧客の希望を叶えるのが仕事って言うものじゃないかしら?」

 ミアが真面目な顔でレインを見た。

「え? ミア?」

 予想外の返事に、レインが慌てる。

「それにね、お兄様。お兄様が引きこもりになったのって、その顔の傷ができてからだったわよね?」


 ミアの問いかけに、レインが頷く。確かに、レインが人と会うのが怖くなったのは、顔の傷を作った時の出来事が原因だった。真顔で魔法で攻撃してくる人間に遭遇したのはレインの17年の人生の中でも初めての事だった。あの恐怖は、それまで普通だったレインの人生を大きく変えるぐらいに衝撃的な出来事だった。

「引きこもりになった原因が目の前に居るなら、お兄様のトラウマを克服することができるんじゃないかしら。これこそWin-Winの関係ってやつじゃないかしら?」

 ミアの言い分に、レインの目が泳ぐ。


「いや、それは違うと思う。トラウマが目の前に居たら、心安らかにはいられない!」

 慌ててレインが反論する。

「……そうか。あの時のことが、トラウマになっていたのか。わかった。トラウマを改善するのに協力しよう!」

 だが、キャロラインは大きく頷いた。

「ほら、キャロライン様が協力してくださるんですって。良かったわね、お兄様」

 ニッコリと笑うミアが、レインには冷徹に見えた。

「ミア、本気で言っているのか?! 私はミアが嫌がっているから、アイザックとの結婚を何とか回避しようと思っているのに!」


 ミアが目を伏せた。その態度に、レインはホッと息をつく。

「でもお兄様。それとこれとは、性質が違いますわ」

 顔を上げたミアの目は、力強かった。その力強さに、レインはおののく。

「性質が違うって……どちらも嫌がっているのには変わりがないだろう?」

「いいえ。お兄様。私たちがやろうとしている仕事は、覚えていますよね?」

 レインは戸惑いつつ頷く。ミアの思い付きだったはずだが、二人の仕事になっていることにも戸惑っていた。

「け、結婚相談所だよな?」

 ミアがゆっくりと頷く。


「そうです。そして、キャロライン様は、私たちの初めての顧客、ですわよね?」

 その問いかけに、レインは頷かざるを得ない。確かにキャロラインは顧客のはずだった。

「そして、キャロライン様は、お兄様との結婚を望まれている」

「いや、私とと言うよりは、狼がいれば誰でもいいんじゃないか? 他にも狼を飼っている人間はいるんじゃ……」

 ミアの言葉に、レインは反論する。が、ミアにぎろりと睨まれて、レインは口をつぐんだ。


「お兄様。私はWin-Winの関係性で結婚を成立させたいと考えています。狼を飼っている相手を望むキャロライン様と、トラウマを克服したいお兄様。どちらにもWin-Winの関係じゃありませんか?」

「絶対違う」

 ミアがとうとうと説明する内容を、レインは即座に否定した。

「なるほどな。Win-Winの関係か。いいことを考える」

 うむ、とキャロラインが頷いたことに、ミアがニッコリと笑う。

「ええ。そうでなければ、結婚に気持ちが前向きにはなりませんよね?」

「ミア? 私はトラウマを克服したいとは思っていないんだけど」

 レインがミアの肩に手を置くと、ミアが笑顔のままレインを見た。だが、その目は全く笑っていなかった。


「お兄様。これまではお父様が店の顔として動いてくださっていたから、お兄様は裏方の仕事をするだけで済んでいましたけれど、お父様はもう亡くなってしまったんですよ? これから生活していくのに、まだ引きこもったままでいるつもりなんですか? じゃあ、どうやってお金を稼いでいくんです? それを説明してくださる?」

 ミアの追及に、グッとレインは言葉に詰まる。レインにはミアのようにお金を手に入れるアイデアは何もなかったからだ。


「お兄様。私だってこの仕事に最後の望みを掛けているんです。……もしこれが軌道に乗らなければ、アイザックの申し出を受けざるを得ないでしょうね」

 目を潤ませるミアに、レインはハッとする。レインは自分が出来ないとばかり言っているだけだと気付いたからだった。レインはグッと奥歯をかみしめた。

「……キャロライン様は、本当に結婚相手が私でもいいんですか?」

 レインの言葉に、キャロラインが大きく頷く。

「カルロは気に入った!」

 キャロラインのカルロをモフモフする手は、未だに止まらない。ミアは頷き、ジョシアは同情的な目でレインを見た。レインは天井を仰ぐと、何もない部屋をぐるりと見回してから、息を吐いて頷いた。


 レインはソファーの脇に片膝をついて、キャロラインに手を差し出した。

「キャロライン様。結婚していただけますか?」

「ああ。よろしく頼む」

 キャロラインが頷き、ミアが笑顔で手を叩いて二人を祝福した。ジョシアも少し遅れて拍手をした。その表情は無表情で、戸惑っているようだった。

 宙に浮いたままの手をレインはそろそろと引っ込めると、少し首を傾げた。

「あの、キャロライン様。結婚って、何かわかっていますか?」

「心外だな。私だって22才だ。しかも、長年婚約者がいた身だぞ」

 ムッとしたキャロラインは、気を取り直すようにカルロをモフモフした。


「……えーっと……子を成すとか……そう言ったことは……?」

 本来ならば人のいる前で話すような内容ではない。だが、あまりにも簡単に許諾したキャロラインに、レインは色々と不安になった。恐る恐る告げるレインに、キャロラインは大きく頷いた。

「いずれは」

 レインはキャロラインがそのことを考えていたことに、驚きで目を見開く。キャロラインは全くそう言ったことには興味がないのかと思っていたのだ。何しろ、さっきまで結婚する気がないと言っていたくらいだ。むしろレインの方が具体的に想像できなくて、ドギマギし始める。


「どこかでメスの狼を手に入れたいな」

 弾むキャロラインの声に、再び沈黙が落ちる。

「キャロライン様、メスの狼、ですか?」

 一番最初に反応したのは、言わずと知れたジョシアだった。

「ああ。カルロはオスだろ? 子を成すのであれば、メスが必要だろう?」

 不思議そうな顔で、キャロラインがジョシアを見た。

 ミアとレインは顔を見合わせた。きっとキャロラインはレインが問いかけた意味を理解していない。それが、サムフォード兄妹の共通認識だった。

 ジョシアは口を開きかけて、諦めたように閉じた。そして、レインに視線を送った。

 ミアとジョシアの視線が向けられたレインは引きつった笑みを見せる。


「……えーっと、キャロライン様は、狼を増やしたいんですか?」

「ああ。そんなこと当然じゃないか。このモフモフが増殖するんだぞ! しないでどうする!」

 レインが知る限り、狼は多産ではなかった。それに、多分一生のうちでも何頭も出産はしないだろう。だから狼は数が少なく、魔力を持っていても飼っていない人間の方が多いくらいだった。

「そんなに上手くいくものでしょうか?」

「私がすると言ったら、するのだ」

 きっぱりとしたキャロラインに、レインは曖昧に頷くしかなかった。それに、レインは元々結婚をする気はなかったのだから、キャロラインとの間に子が成せなくても、それはそれで構わなかった。


 この結婚は、ある意味、サムフォード家には益しかない結婚だ。キャロラインがレインのトラウマの原因だと言うことを除けば、格下の男爵家が断るような案件ではない。そもそも貴族同士の結婚に恋愛云々を持ち出す人間は、この国では一握りに過ぎなかった。そのせいで、結果的に悪役令嬢と呼ばれてしまう令嬢が出てきているようなものだ。

 そして、レインはようやくカルロに視線を向けた。撫でまくられ続けているカルロには、心なしか毛のつやがなくなっているような気さえする。流石に不憫に思って、レインはキャロラインを見た。


「あの、キャロライン様がカルロを気に入ってくださったのはよくわかったのですが、カルロもそろそろ疲れてるんじゃないかなー、と思うんです」

「カルロ、そんなことはないよな?」

 モフモフと撫で続けながら、キャロラインがカルロの顔を持ち上げた。カルロの目は遠かった。

「あ、あのキャロライン様。カルロも……その……喉が渇いていると思うんですが……」


 そこまで言って、ミアはハッとする。

「申し訳ございません! お茶の用意をするのも忘れておりました」

 優雅に頭を下げると、ミアが応接間から急ぎ足で出ていく。レインも今になって、今の状況がお客様を迎えているのだと思い出した。キャロラインの突飛すぎる行動に圧倒されて、屋敷を突然襲撃された気分になっていた。

「別に構わぬのに。喉が渇けば、魔法で出せばよいのに」

 なあ、とキャロラインに声を掛けられて、レインは苦笑する

「それを簡単にしてのけるのは、多分、キャロライン様だけだと思いますよ」


 少なくとも、レインにはできそうになかったし、実際にそんなことをしてのける魔力を持った人間と、17歳の時までには出会ったことがなかった。だからこそ、自分より小さな少女に突然魔法で攻撃されたことは、レインにとってトラウマレベルになったのだ。

「そうか?」

 首をかしげるキャロラインは、自分の魔法力の凄さを自覚はしていないらしい。そもそも人とあまり交わる生活をしていなさそうなキャロラインに、他の人間の魔法の力を知っておけ、と言うのが無理な注文なのかもしれなかった。


「そうですよ。私ができるのは、せいぜいこの部屋のチリを無くすことくらいのものですから」

 レインが知っている魔力を持った人間たちは、押しなべて同じようなレベルだった。時折、無から何かを生み出す魔法が使える人間がいたとしても、その魔法は10回に1回成功すればいいくらいのものだった。この世界の魔法とは、そういうものだと17才までのレインが思い込んだのも仕方のない話だった。


「お待たせしました」

 ミアがお茶を持って部屋に戻って来た。漂って来たお茶の香りを嗅いで、レインは懐かしい気分になる。少なくとも2週間前までは当たり前のように飲んでいたお茶だったが、今となっては簡単に買うことのできないランクのお茶だったからだ。少なくともグルグガン商会では値をいくらか上げているに違いなかった。

 お茶を出してホッと息をついたミアに、レインは声を掛ける。

「あのお茶、どうしたんだ?」

「私が結婚相談所をするつもりだって言ったら、使用人たちみんなでお金を出し合ってプレゼントしてくれたの」


「そうか。いい使用人たちに恵まれていたな」

 ミアとレインはお互いに頷き合った。いずれは使用人たちもこの屋敷に呼び戻したい。それは、致し方なく暇を出したレインも、使用人たちの行き先を働きやすい場所にしようと持っている噂と知識を駆使したミアも、同じ意見だった。

「ところで、私の荷物は、ここに置けばいいのか?」

 しんみりとしていたサムフォード兄妹の動きが止まる。

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