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39.ミアの情報収集

 翌日。

 ミアがキャロラインがいる応接間に向かうと、いつもは同じ部屋で警護をしているジョシアの姿が見えなかった。

「おはようございます。キャロライン様」

「おはよう、ミア」

 もふもふとカルロを撫でまわしていたキャロラインが顔を上げる。


「ジョシアさんは、いらっしゃらないんですね」

 ミアの素朴な疑問だった。キャロラインが首を傾げる。

「ジョシアのことが気にかかるのか?」

 ミアが慌てて首を振る。

「いえ、いつもはいらっしゃるのに、と思っただけですわ!」

 ミアの耳が赤くなっているのを見て、キャロラインは口元を緩めただけで、またカルロに顔を向けた。


「今日は、ここにはいない。用事を言いつけたからな」

 あっさりと告げたキャロラインに、ミアがハッと目を見開く。

「もしかして、シュゼットさんのことを調べに?」

「勘が良いな」

 カルロを撫で続けたままのキャロラインの声は淡々としていて、特別なことをしたつもりはないのかもしれない。だが、ミアは当然焦る。


「キャロライン様! 危険なことはしないで欲しいと言ったではありませんか!」

 近寄って来たミアに、キャロラインが顔を上げる。そして、肩をすくめた。

「危険なことなど、してはいないだろう?」

「シュゼットさんのことを調べるのは、危険なことかもしれないのに! キャロライン様たちだって、シュゼットさんを信じていいのか疑問を持っていらっしゃったでしょう?」

「だが、調べないで、どうやってシュゼットとやらの居場所を突き止めるつもりだ?」

「勿論、調べるつもりですわ!」


「どうやって?」

「シュゼットさんの噂を集めようと思っていたんです。……時間はかかるかもしれませんけど」

「どうやって?」

 キャロラインが眉を寄せる。

「伝手を使って行こうと思っていて。シュゼットさんのところの護衛を使っていた貴族も、それなりにいたはずですし、そういう類の噂を集めるのは、母のことを見ていたから、得意なんです」

「噂を集める?」

 キャロラインが首をひねった。


「ええ。噂です」

 ミアが頷く。

「……ジョシアが調べる方が手っ取り早いだろう?」

 キャロラインの言葉に頷いたあと、ミアが口を開く。

「でも、急に誰かが嗅ぎまわっていたら、目立ちますから。……今は、悪目立ちすることは避けた方が良いかと」

 なるほど、とキャロラインが頷く。ただ、その顔はまだ渋い。

「だが、噂は噂だ。信憑性に欠けるんじゃないか?」

 キャロラインの心配に、ミアがニコリと笑う。


「あら。例え身近な人から集めた情報でも、全部が全部正しいとも限りませんわ。下手すれば、皆嘘を言っているかもしれないし、嘘を信じているかもしれないわけですから」

「……それは、あまりない話だと思うが」

 困惑の表情を浮かべるキャロラインに、ミアが首を横にふる。

「事実を見たわけでないのであれば、例え信憑性が高そうな情報だとしても、嘘か真実か、それは見極めが必要なのです。噂も、真実と真実でないものの二つがありますが、情報としては侮れないものです」


「……私は噂は下らないものだとしか、思ってこなかったのだがな」

 キャロラインが肩をすくめる。

「そうですね。……誰かを貶めるための噂も多いですから。でも、誰かを貶めるための嘘の中にも、真実が一つくらい入っていることもあるんですよ?」

「面倒だな。ならば、よほど直接本人から聞いた方が良い」

 呆れた様子で首をふるキャロラインに、ミアはクスリと笑う。


「ご本人に話が伺えるのであれば、それが一番真実には近いかもしれませんわ。でも、今回シュゼットさんはどこにいるかもわからないわけですし……それに、もしシュゼットさんが身を隠そうとしているのであれば、きっと生半可には情報を得ることは難しいと思うんです」

「まあ、そうだろうな」

「それに、キャロライン様」

 ミアが遠くを見る。


「何だ?」

「噂も侮れないんですよ? そもそも、今まで私が結婚相手を紹介した方たちの情報も、噂によるものが一番の情報源だったので」

「……そうなのか。で、実際に、噂は真実と一致していたのか?」

 キャロラインを見たミアが首を傾げる。

「そうですね。他の方の目から見た真実は告げていたと思いますわ。勿論、真実もありましたし。見えていなかったことも沢山あったとは思いますけれど」

「……侮れんのか……にわかに、信じられないがな」


「全てが真実とは限らないのは、何でもそうですわ。……だから、ジョシアさんに行っていただかなくとも良かったのです。……呼び戻すことはできないのですか?」

「まあ、そうだがな……だが、ジョシアはもう出かけてしまったからな。残念ながら、どこにいるかわからない人間に手紙を渡すような方法はないんだ。どこにいる、と明確ならば転移の魔法でできなくもないんだがな。まあ、そのうちに帰ってくるだろう」

「キャロライン様! もし、次何か行動を起こすときには、ご相談ください。……何かがあった後では遅いのです!」


「わかった、わかったから、そう怒るな」

 ミアをなだめるようにキャロラインが両手を抑えるように動く。ミアが大きくため息をつく。

「まさか、翌朝にもう動いてしまわれるとは思ってもみませんでした」

「思い立ったが吉日、と言うだろう?」

 肩をすくめるキャロラインに、ミアが首を力なくふった。

「キャロライン様は、いつだって思い付きで動かれてますから……同意出来かねます。……お兄様も勿論、知らないのでしょう?」

 目を少しだけ泳がしたキャロラインがコクリと頷いた。


「言ったら、許してはくれないだろう?」

 キャロラインの言葉に、ミアがムッとする。

「わかっているのであれば、やらないでください!」

「だが、私だってこの家の一員になるのだ。何か力になりたいと思っても、危ないからと言って何もさせてくれそうにないではないか。何かと言えば、カルロを引き合いに出されてしまうし!」

 ヒシっとカルロを抱きしめたキャロラインに、ミアは大きくため息をついた。


「キャロライン様のお気持ちは有難いと思いますわ。でも……お兄様だって、キャロライン様のことが心配なのですわ……。家族になるのであれば、尚更」

 ミアを見上げるキャロラインの少々なさけない表情に、ミアは強くは言えなかった。

「……わかっている」

 目を伏せるキャロラインは、反省しているように見えて、ミアは少しだけ息をついた。


「ところで、ミア」

 再び顔を上げたキャロラインが、ミアをじっと見る。

「何でしょうか?」

「キャロライン様、はそろそろやめてくれないだろうか。私は家族になるつもりなんだが」

「あ……そうですね。……えーっと、キャル姉様、でよろしいでしょうか?」

 首をかしげたミアに、キャロラインの表情がパッと華やぐ。

「ああ」


 その華やかな表情を見ながら、ミアはキャロラインが社交界に出ていたら、きっと沢山の男性に囲まれていたんじゃないか、という思いを抱く。

 何しろ、黙ってさえいれば、キャロラインは絶世の美女だ。

「……えーっと、キャル姉様……今更なんですけれど……」

「ん、何だ?」

「本当に、お兄様と結婚して、よろしいんですか?」

 ミアの素朴な疑問だった。


 キャロラインは肩をすくめて、首を振った。

「結婚するのに、カルロのことと公爵家としても都合がいいということ以外に他にも理由が必要か?」

「えーっと……そうですかね?」

 キャロラインの質問に、ミアも自分に生まれた素朴な疑問がおかしいことなのだろうかと首を傾げた。


 トントン。

 丁度そのタイミングで、応接間の扉が叩かれる。

「はい?」

「失礼いたします」

 部屋に入ってきたのは、フォレスだった。

「どうかしたの、フォレス?」

 フォレスの手には、手紙があった。最近、あまり良い内容の手紙を受け取った記憶がなくて、ミアはドキリとする。


「マーガレット・ノーム男爵令嬢様より、お手紙が参りました。家人が持って来たものです」

 マーガレットと聞いて、ミアは少し肩に入れていた力を抜いた。時折マーガレットと手紙のやり取りはしていたが、家人が持って来たことは初めてのことだった。

「マーガレット様、どうかされたのかしら?」

 ミアはフォレスから手紙とペーパーナイフを受け取ると、手紙を開く。フォレスは頭を下げると、部屋から出て行く。

「マーガレット嬢は、何か言って来たのか?」

 手紙に視線を向けるミアに、キャロラインが問いかけた。


 ミアの表情が少し緩む。

「クエッテ様との婚約について、相談がしたいそうなんです」

「なるほどな。クエッテは上手くやれたのか」

「どうでしょうか。でも、マーガレット様がその可能性を悩んでいることは間違いなさそうですわ。少なくとも、あの事件で受けた恐怖は、少し和らいだんでしょう」

 ミアもマーガレットのことを心配して時折ご機嫌伺いの手紙を送っていたが、返ってくる返事にクエッテとのことを書いてあったことはなかった。ミアはクエッテとのことを相談したいという内容の手紙が来たことで、マーガレットの気持ちが他に向くようになったのだと、安堵した。


「そう言えば、モートン子爵の件も、解決はしていなかったのだったな」

「ええ。でも、クエッテ様は頻繁にノーム男爵家に顔を出していると、もう噂にはなっていますから……モートン子爵も下手に手出しはできないんじゃないかしら」

 ミアの言葉に、キャロラインが目を見開く。

「そんな噂があるのか。……よく、そんな噂を耳にするな? ミアも特に社交界に出かけたりしているわけではないだろう?」

 キャロラインが言う通り、両親が亡くなった後、ミアが社交のために外出することは、かなり減った。


 だが、ミアはニコリと笑う。

「噂を教えてくださるお友達が沢山いますから」

 ミアの元には、友達からの噂についてしたためられた手紙が送られてくる。それは、社交界から離れなければならなくなったミアが、信頼できる友達たちに社交界での噂を教えて欲しいと告げていたからだった。

「……そんなに噂が知りたいのか?」

 キャロラインには理解できないらしく、肩をすくめている。


「キャル姉様。情報は、大事なものですわ。それに、今は情報が何よりも大事ですし。……グルグガン商会とも戦わなければなりませんから」

「そうか。そうだな」

 ミアの決意を込めた言葉に、キャロラインも大きく頷いた。


「キャロライン様!」

 さっき出ていったフォレスが慌てた様子でノックもなしに入ってきた。

「フォレス、どうしたの?」

「ジョシアさんがひどい怪我をされています!」

 キャロラインが立ち上がる。ミアは息をのむ。


「どこだ」

 キャロラインが早足で歩き出す。

「今、お部屋に運んでおります」

 バタバタと部屋を出ていくキャロラインとフォレスを、我に返ったミアが慌てて追いかけていった。

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