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34.魔王が気に入る貴族

「それで……彼女も雇っていただくことは可能でしょうか?」

 クラインがレインを見る。レインは少し考えた後、口を開いた。

「本人は、王城以外で働きたいと言っているのかな?」

 クラインが首を横にふった。

「いえ」


「それならば、ここでその話をしても、意味はないんじゃないかな?」

 レインが首を傾げると、クラインも頷く。

「ええ、本人に確認をしないといけないでしょうね。ただ……」

 クラインが目を泳がせた。

「ただ?」

 ミアが先を促す。じわじわと顔を赤くしたクラインがレインとミアに視線を向けた。


「彼女と結婚するつもりでいるので、彼女は遅かれ早かれ、王城での仕事を辞めなくてはなりません」

「そうなの! おめでとうございます。……でも、おめでたいことだけど……その方にとっては、職場を辞めるしかないのね」

 レインより先に、ミアが口を開く。

「おめでとう……もし、我が家で働く気持ちがあるようであれば、会いますよ」

 レインが頷く。

「機会をくださってありがとうございます。彼女に話してみます」

 クラインがホッと息をついた。


「ところで、使用人を城に送り込んできた貴族家とは、どこだ?」

 キャロラインがヒシっとカルロを抱きしめながら、クラインに尋ねた。

 クラインが気まずそうに目を伏せる。

「申し訳ありません。流石にそれは……」

「大方、カルタット公爵家の息がかかっているんだろう?」

 キャロラインの言葉に、クラインが一瞬の間の後、首を振った。

「いえ、お答えすることはできません」

 クラインの答えに、ふむ、とキャロラインが頷いた。


「王城を辞める気でいるのだろう? どうせ、王城では噂になっている話のはずだ。話しても構わないだろう」

「例え辞めるとしても、流石に口にしていいことと悪いことはありますので」

 きっぱりと告げるクラインに、レインが頷く。

「この話は、もういいではありませんか」

「まあ、いい」

 レインの仲介に、あっさりとキャロラインは口を閉じた。


 ホッと息をついたレインの横で、ミアが体を乗り出す。

「もし、クラインさんが働きたいというのであれば、私は賛成よ。勿論、奥様も、是非我が家で働いて欲しいわ」

 唐突に言い出したミアに、レインが目を見開く。

「ミア、まだ……」


 ミアがレインを見て首を傾げる。

「あら、お兄様。お兄様はどう思っていらして?」

 そう答えたミアに、レインが小さくため息をつく。

「クライン殿が働きたいと言うのであれば、雇うつもりでいるよ。……元々そのつもりだったんだけどね」

 苦笑して肩をすくめたレインに、クラインが頭を下げる。

「ありがとうございます」


「ここで働くのか?」

 キャロラインの問いかけに、クラインが頷く。

「お世話になりたいと考えています」

 キャロラインがニヤリと笑う。

「そうか、楽しみにしている」

「それは、私が言うべきセリフではありませんか?」

 レインのため息交じりの言葉に、ミアとクラインがクスリと笑った。


「もし働けるとすれば、いつから働き始めることができるかな?」

 レインがクラインに向きなおす。

 クラインは少し考えて口を開く。

「1か月ほど待っていただけますか? 仕事の引継ぎがありますので」

 レインが頷く。


「1か月で大丈夫かな?」

「ええ。そもそも、どの仕事も他の者でもやれるように、やり方は纏めていますので、もうちょっと早めることも可能かもしれません」

「そうしてもらえると助かる。これから、よろしく頼む」

 レインが手を出すと、クラインがその手を握った。


 *


「キャロライン様。口を出し過ぎです」

 ジョシアの呆れた声に、キャロラインはふい、と顔を背け、カルロを撫で始める。

 クラインが帰ってしまった応接間には、いつもの通りの4人が揃っている。

 キャロラインの態度に苦笑したレインがミアを見る。


「ミアはどうして、突然賛成し始めたんだ?」

 ミアが微笑む。

「だって、キャロライン様の追及に、貴族の名を答えようとしなかったでしょう? あの態度は、信頼できるわ」

 ああ、とレインが声を漏らす。

「確かに、言おうとはしなかったけど……あれだけで、信頼に足りるものかな?」


 首を傾げるレインに、ミアが頷く。

「そこで簡単に口にする人ならば、私はもろ手を挙げて賛成はしなかったわ。それに……」

「それに、何だ?」

 キャロラインがミアを見た。


「女性に対しても、尊敬している態度を示せる男性は、貴重だと思うのだけど。それに、王城の文官たちの様子は、どうも……女性蔑視のようだけど、クラインさんは、それに染まることなく居たわけでしょう? その意思の強さは、買っていいと思うの」

「なるほどな。確かに、そんな中に居たら、女性蔑視の気持ちが育っていてもおかしくはないかもしれないな……」

 レインが頷く。


「私も、クラインは信頼していいと思うぞ。……まあ、少々嘘が下手くそだがな」

 キャロラインの言葉に、ミアとレインが顔を向ける。

「どういうこと……ですか?」

「カルタット公爵家の名前を出した時に、僅かに動揺を見せた。大方、カルタット公爵家かその派閥の家が、息のかかった使用人たちを女官として推薦したんだろうな。一度に3人もねじ込むとは、必死だな」

 キャロラインは呆れた様子で肩をすくめる。


「そうなんでしょうか? そう言えば、キャロライン様は、どうしてすぐにカルタット公爵の名前を思い浮かべたんでしょう?」

 ミアが不思議そうにキャロラインを見る。キャロラインは首を傾げる。

「カルタット公爵は貪欲だと私は理解している。大方、王家の人間の近くに自分の息がかかった使用人を置いて、少しでも影響力を得ようと必死なんだろう」

「キャロライン様、言葉が過ぎます」

 ジョシアが叱ると、キャロラインは肩をすくめてカルロを撫でた。


「そこまでする必要があるのかしら?」

 今度はミアが首を傾げる。

「貪欲だから、必要なんじゃないか?」

 キャロラインが呆れたように告げる。キャロライン自身は必要だと思わないものなんだろう。

「私はカルタット公爵は特にそんなことをする必要があると思わないのだけれど……」


 ミアの言葉に、レインが不思議そうに問いかける。

「なぜ、そう思うんだ?」

「だって、王太子殿下の婚約者であるミイファ・ケルク侯爵令嬢は、カルタット公爵が後ろ盾だわ。殿下の婚約者の後ろ盾になっているのに、それ以上の権力って必要かしら?」

 ああ、とレインが声を漏らした。昨年、王太子の婚約者が変更になった。それも、悪役令嬢と呼ばれる令嬢が断罪された結果だったことを、レインは思い出した。


「そうだな。確かに、それ以上の権力は……ないような気がする。いずれ、王妃になる者の後ろ盾だからな」

 コクコクとレインが頷くと、キャロラインが肩をすくめた。

「後ろ盾とは言え、実の子供ではないからな。自分の思い通りに動くとも限らん」

 ミアがため息をつく。


「キャロライン様。それではまるで、ミイファ様が、カルタット公爵の人形として殿下に嫁ぐことになったみたいに聞こえてしまうわ」

「それの何がおかしい? カルタット公爵ならありえると思うが?」

 キャロラインの言葉に、ミアが首を横にふった。


「キャロライン様はご存じないかもしれないですが、殿下とミイファ様は……愛で結ばれた二人なのです。ミイファ様はカルタット公爵の人形として動いたわけじゃないわ。……その動きを察知したカルタット公爵が後ろ盾として手を挙げたかもしれませんけど」

 王太子の元婚約者は、二人の愛の前に負けたのだ、というのが大方の反応だった。

「愛で結ばれた……ねぇ。何とも疑わしいところだがな」

 キャロラインは冷めた顔で肩をすくめた。ミアは困ったように首を傾げた。


「……キャロライン様は、カルタット公爵家のことをお好きじゃないんですか?」

 レインが問いかけると、キャロラインは小さく首を振った。

「領民をないがしろにしているところが気に食わんだけだ」

「領民を?」

 ミアが首を傾げると、キャロラインがジョシアを見た。


「カルタット公爵家の領地の領民は疲弊していたな」

「まあ……そうでしたが……」

 ジョシアが気まずそうに頷いた。

「そう、領民を……。カルタット公爵は、そんな方なんですね……。キャロライン様は正義感が強いですのね」

 ミアがキャロラインを見て微笑む。


「でも、好きじゃないも気に食わないも、同じ意味に思えますが……」

 レインが笑う。

「全く違う」

「……キャロライン様が気に入る貴族っているのかしら?」

 ミアが零した声に、ギロリとキャロラインが視線を向ける。

「あるぞ。サムフォード男爵家は気にいっている」

「それは……ありがとうございます」

 レインが苦笑する。


「カルロがいるからかしら?」

 ミアが笑うと、キャロラインが真顔でレインを見た。

「カルロも影響していると言えるが……サムフォード男爵家そのものも気に入っている。そうでなければ、また結婚の話を持ち出すわけがないだろう?」

「……本気、なんですか」

 レインが困ったようにため息をついた。


「ファジー殿下の元に嫁ぐ気は全くないぞ。光栄に思え」

「キャロライン様……どうして、そう……偉そうなんですか……」

 ジョシアが大げさにため息をついた。キャロラインがギロリとジョシアを見る。

「ジョシアは私がしおらしい姿を見れると思ってるのか?」

 ジョシアは目を逸らす。

「いえ」

「確かに、キャロライン様のそんな姿は……思い浮かびませんね」

 苦笑するミアの言葉に、キャロラインがニヤリと笑う。


「だろう? 構わないだろう、レイン」

「……ええっと、色々と言いたいことはありますが、とりあえず、キャロライン様との婚約は保留でお願いします」

 キャロラインが目を見開く。

「どうしてだ?」

「えー……我が家はともかく、まだ問題を抱えておりますので。グルグガン商会との話し合いも控えております。申し訳ありませんが、キャロライン様を守る力が、今のサムフォード家にはありませんので」

「なるほどな」

 思案顔で説明したレインが、キャロラインの返事に肩を撫でおろした。


「案ずるな。自分のことは自分で守れる。それに、まだ婚約者の立場であれば、クォーレ家の力もいくらでも使えるからな!」

 どうやら説得は失敗に終わったらしいと、ミアはクスリと笑って、ジョシアは同情的にレインを見た。

 そして、当のレインはがっくりと肩を落とした。

 わしゃわしゃとカルロを撫でるキャロラインは、一人上機嫌だった。 


「あ、お披露目会は、我が家主導で行うから、レインは事業に集中していていいぞ」

 何の気なく告げられた言葉に、レインが目を見開く。

「あの……私は同意はしておりませんし……クォーレ公爵にも、まだ会ってもおりません」

 首を傾げたキャロラインがレインを見る。

「私がサムフォード男爵と結婚すると言ったら、父上は驚きはしていたが、納得していた。だから、大丈夫だ」

「……全然大丈夫だと思えないんだが……」


「お兄様……大丈夫ですわ!」

 勢いの良いミアの声に、レインが瞬きをする。

「な、何が、だ?」

「この数か月ずっと見ていましたけど、お兄さまとキャロライン様の相性は悪くありませんわ」

 レインはジョシアに視線を向けたが、ジョシアにはそっと目を逸らされた。

「え?」

 レインの声が、ぽとりと部屋に落ちた。

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