33.新しい使用人の面接
「早速、明日にでも」
キャロラインの言葉に、レインが首を横にふった。
「無理です」
きっぱりと告げるレインに、キャロラインが目を細める。
「どうしてだ?」
「明日は、新しく雇う予定の者と会う予定になっていますので」
キャロラインがニヤリと笑う。
「新しく雇う人間か……よし、私が見定めてやろう!」
「キャロライン様、それでは明日、私とルルリアーノ様だけで公爵家へ向かえと?」
慌てたミアの言葉に、キャロラインは大きく頷いた。
「当然だ」
「キャロライン様、それは……無茶と言うものでは」
見かねたジョシアが、キャロラインをたしなめる。
「なぜだ?」
キャロラインはギロリとジョシアを睨みつける。
「キャロライン様。私とルルリアーノ様だけでクォーレ公爵家に行くなど、おかしいことです」
ミアは首をゆっくりと横にふった。
「連絡をしておけばいいだろう? ファジー殿下と話をしているより、新しく雇う人間を観察する方が面白そうだ」
キャロラインはそう言って、カルロを撫でる。
「お兄さま、新しく雇う者って……新しく使用人を増やすんですか?」
「ああ。……以前は、私がお金の管理をしていたが、私も他の仕事が増えてくると、手が回らなくなるからな。お金の管理を任せられる人間を雇おうと思って」
「ほぉ。お金の管理を任せる相手か……どんな人間だ?」
「王国の支出を管理している部署で働いているそうです」
レインの言葉に、ミアが、え、と声を漏らす。
「王城で働いている方が、うちで働いてくださるの? もう王城を引退されるってこと?」
「いや。まだ若い。……私のいくつか下だったと思う」
ミアがパチパチと瞬きをする。
「お兄さま。その方は、本当に大丈夫なの?」
「ミア……どうしてそんなことを言い出すんだ?」
「だって、どう考えても、うちで働くより、王城で働く方が給金は良いはずだわ。それに、国のお金を動かす仕事の方が、規模が大きいから、やりがいは多いんじゃなくって? そこで働いている人が、たった一貴族のお金の管理をするだけの仕事を……望むのかしら? ……仕事が出来なくて、王城で爪はじきにされてる方、とかじゃないの?」
ミアが身を乗り出してレインに問いかける。
「えーっと……手紙を見た限り、違うと思うんだけど……」
ミアの勢いにレインがたじろぐ。
「お兄さま。私も同席するわ」
え、とレインが声を漏らす。
「いや、私だけでも大丈夫だ。ミアには、ルルリアーノ様のことが……」
レインの言葉に、ミアはキャロラインを見る。
「キャロライン様。明日、私はクォーレ公爵家には参りません。私は我が家にいらっしゃる、新しい使用人を見定めなくてはなりませんから」
「まあ、3人で会えばいいだろう」
キャロラインが告げると、レインはため息をつき、ミアは首を横にふった。
「何だ、その反応は?」
「キャロライン様。いくら何でも、ルルリアーノ様だけを公爵家に行かせるのは、ナシです」
ジョシアが滔々と告げる。
だが、キャロラインは目を見開く。
「どうして、面白そうな方を見せてくれないんだ!」
「新しい使用人は、見世物ではありません! キャロライン様は、ルルリアーノ嬢と一緒に、ご自宅へ」
レインがきっぱりと告げると、キャロラインはムッとする。
「では、明日はルルリアーノ嬢をクォーレ公爵家へ招待しない」
「……キャロライン様……」
困ったように眉を寄せたミアが、レインを見る。レインは小さくため息をついて口を開いた。
「そもそも、それはキャロライン様のご厚意ですからね。それはキャロライン様に従います」
「ならば」
「ですが。キャロライン様が、我が家の使用人を見定めるために顔を出す必要はありません」
ぴしゃりと告げたレインに、キャロラインがムッとする。
「なぜだ」
「では、なぜキャロライン様が我が家の使用人を決める場に、参加しなければならないのですか?」
問い直すレインに、キャロラインが肩をすくめる。
「いずれサムフォード男爵夫人になるのだから、おかしいことではないだろう?」
「え?」
呆気にとられるレインに、口元を押さえレインを見つめるミア、首を振るジョシア。三人の様子に、キャロラインの目が座る。
「なぜ、私がサムフォード男爵夫人になる、という話を真面目に聞かんのだ!」
「……何より、現実味がありませんからね」
レインが大きくため息をつく。
「私は真面目に話をしているぞ! 明日の予定は変更だ! ジョシア、我が家へ連絡をしておけ!」
「……レイン様、よろしいので?」
ジョシアがレインを見る。
「ジョシア、なぜ、主である私の言うことを聞かないんだ?!」
「キャロライン様、お言葉ですが、私には暴走するキャロライン様を制止するという役割がありますので。……ほとんど止めることはできませんが」
ジョシアが小さくため息をつく。
「私は明日はこの屋敷に留まると言っただけだ」
ふい、とキャロラインが顔を背け、カロルに顔をうずめた。
「キャロライン様! そのように子供のようなことをおっしゃらないで下さい!」
「ジョシアからすれば、私など子供だろう?」
キャロラインは顔を上げずに告げた。
「キャロライン様、それは、屁理屈と言います!」
「……ジョシア殿……いいよ。……明日、雇う者を見れば、気が済むのだろう?」
はあ、とレインがため息をつく。
「レイン様、それは……あまり良い決断ではないのでは?」
ジョシアの忠告に、レインは肩をすくめる。
「虐めているようで、ちょっと……」
「なるほど、この手が使えるのだな」
パっと顔を上げたキャロラインが、ニヤリと笑う。
「……泣いているのではなかったのですか」
レインの言葉に、キャロラインは首を傾げた。
「カルロの毛並みを満喫していただけだ」
眉を寄せたレインに、ミアはプッと吹き出した。ジョシアが同情的な目でレインを見ていた。
*
翌日、応接間には、レイン、ミア、キャロライン、そして面接を受けに来たクライン・ドフォードが揃っていた。サムフォード兄弟と謎のフードを被った人物に見られているクラインは、おどおどするようなことはなく、しっかりと真ん中のレインを見ていた。
「クラインさんは、どうして、我が家で働きたいと?」
「昔から、もし市井で働くのであれば、サムフォード男爵家で働きたいと思っていました。サムフォード家は働きやすい場所だと、色々な方から耳にしていましたし、商会の仕事は興味深かったのです。……今回は、サムフォード家を立て直すために新しく事業を始めるためのお手伝いが出来れば、と」
クラインの言葉に、レインとミアが頷く。
「王城の仕事はつまらないのか?」
口を開いたのは、キャロラインだった。レインは仕方ないとでも言うように、肩をすくめた。
クラインがキャロラインを見た。その表情は、キャロラインに対して訝しむような表情はなかった。ただ真っ直ぐにキャロラインを見ていた。
「いえ。つまらない訳ではないのです。ただ……王城は国の金庫番ですので、どんな意図があってこのお金が使われるのか、という部分が庶民である私には分かりにくいのです。国のお金なのに、国民が理解できないお金の流れというものは一体なんだろうと。そのことに、疑問と言いますか、不満のようなものがありまして……生意気な意見なんでしょうけれど」
自嘲するようにクラインが目を伏せた。キャロラインがニヤリと笑う。
「聞いてみればよいではないか?」
レインとミアは、キャロラインに「そんなことをできるのはキャロライン様だけだ」と、ツッコミをしたい気分を抑えてクラインの返答を待った。
クラインは当然首を横にふった。
「初期に尋ねてはみましたが、下のものが知らなくてよいと一蹴されました」
だが、出て来た答えに、レインもミアも目を見開いた。キャロラインだけは頷いている。
「なるほどな。では、上を目指せば良いではないか」
クラインは首を横にふる。
「私は国民のために働きたいと思って、王城で働いていましたが、目の前に国民の姿が見えてこないのです。……ならば、もっと身近に国民のためになる仕事をしたいと思っていた時に、サムフォード家で新たな業務のために財務の担当を探していると聞きまして……使用人に優しいと言われているサムフォード家が新たに事業を立ち上げるのであれば、庶民にとって益になる事業なんではないかと……一体どういうものか興味がありまして」
クラインがレインを見た。レインが頷く。
「……なるほど。話を聞いてから決めたい、とのことだね?」
「そうですね。伺っているお話は、なにしろ新しい事業のため、としか聞いておりませんので」
「手始めに、使用人たちの子供を預かる事業をやろうと思っているんだ」
レインの言葉にクラインは首をかしげる。
「使用人たちの子供を?」
「ああ。使用人の中には子供を生んでも働きたいと願う者がいる。その使用人たちが働けるよう、体制を整えようと思ってね」
ミアもレインの隣で頷く。
目を見開いたクラインの表情は、明るいものからすぐに険しいものになった。
「お言葉が過ぎるかもしれませんが、その事業は益を出すことは難しいのでは?」
一瞬で頭の中で計算をしただろうクラインに、レインもミアも驚く。そして、レインは首を傾げる。
「どうしてだい?」
「まず、使用人の利益のためにそのような事業を行うのであれば、使用人たちからは殆どお金を取れないでしょう?」
レインは頷く。
「使用人たちが働くために、給金を大幅に減らしていたら、本末転倒になってしまうからね」
「ですが、それでは利益は出ません」
クラインが首を振った。
「まあ、利益を出そうと思ってはいないからね」
それについてはミアも同意見で、頷くしかない。
「ですが、そのために誰かを雇うわけですよね? 私もそうですが、子供を見る者の給金も必要になります。そのお金をどこから生むつもりでしょうか?」
レインが頷いた。
「そのために、店を再びやりたいと思っているんだよ。グルグガン商会は、サムフォード家で扱っていた品々を大分値上げしてしまっているようでね。両親が愛したものたちを、適正な価格で販売したいと思っている」
クラインの表情が和らぐ。
「それは、とても良い考えかと思います。ですが、利権の問題があるのでは?」
「ああ。そうだね。その点については……我が家で働いてくれるのであれば、きちんと説明したいと思う」
レインの言葉に、クラインが頷く。そして、顔を上げたクラインが口を開いた。
「女性が働くのを推奨するのであれば、推薦したい人間がいるのですが」
「推薦したい人間、ですか?」
レインが首を傾げると、クレインが手を組んだ。
「とても優秀なのですが、女性であるがゆえに、王城では不遇な扱いを受けています。……疑問を口にするのが煙たがれているようなのですが……ある意味当然の疑問を口にしているだけなのですが、女性ということで更に扱いが酷い」
「……例えば、どんな疑問ですか?」
ミアが尋ねる。
「彼女は人事にいるのですが、ある貴族家から3人ほど使用人が女官として王城で勤めることになったようで……そのようなことは初めてだと、彼女が疑問を口にしたら……」
「何と言われたんだ?」
キャロラインが促す。
「早く結婚したらどうだ、と」
ハッ、とキャロラインが鼻で笑う。ミアも当然のように首を横にふった。
「それは……ひどい」
レインも同情的に頷いた。
「男性だけで世界が成り立っていると思っているのかもしれないな。男性優位な世界を変えるか」
「何を思いついたかは知りませんが、大人しくしておいてくださいね? カルロ接近禁止令を出さざるを得なくなりますよ?」
キャロラインの不穏な言葉に、レインがすかさずブレーキを掛けた。




