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30.見合いを上手くいかせるための方法

「……そうか。どんな相手を考えてるんだ?」

 ソファーに座ったレインの問いかけに、ミアは少し考え込む。

「その前に、不名誉な二つ名を終わりにした方が良いんじゃないかな、と思っているの」

「どうやって、終わらせるんだ?」

 キャロラインがニヤリと笑う。


「……会ってみて考えますわ。私も噂でしかルルリアーノ様のことは知らないですし」

「そうだな。とりあえず会わないことには、ダメだろうな……ところで」

 ミアの言葉に頷いたレインがキャロラインに視線を向けた。

「どうかしたか? もう説教は御免だが」

 キャロラインが首を横にふって、カルロをぎゅっと抱きしめた。


「クエッテ殿に渡したメモには、何を書いてあったんですか?」

 レインの質問に、キャロラインが力を抜く。

「サロンの中で聞いた名前だ。兄上は記憶力が良くてな。多分、書き洩らしはないはずだ」

「……名前、ですか。でも、サロンの中で出て来た名前が、役に立ちますか?」

 レインが首を傾げる。


「一人だけ、気になる人物の名前がありました」

 ジョシアが口を開く。

 ミアとレインの視線がジョシアに向かう。

「気になる名前、ですか?」

「ええ。モートン子爵の話では、困ったことがあったら、便利屋に頼めばいい、と話していたんですが……市井にそんな名前の便利屋業を営む者はいないようなんです」

 ジョシアの言葉に、レインがため息をつく。


「ジョシア殿、どうしてそんな情報を知っているんですか? キャロライン様に頼まれたんですか?」

 レインの問いかけに、ジョシアが目を逸らす。

「いえ、ちょっと気になったので……」

「私は何も言ってないぞ。ジョシアが勝手に調べて来たんだ」

 なぁ、とキャロラインがカルロに同意を求める。


「ジョシア殿。キャロライン様と一緒にいると、危険に対しての認識が甘くなるんでしょうか?」

 目を怒らせたレインに、ジョシアは首を振った。

「街の便利屋に世間話で聞いただけですから、何もおかしいことはないはずですよ」

 レインが小さくため息をついた。

「本当に、危ないことに首を突っ込まないようにしてください」

「ええ、勿論です。気をつけます」

 ジョシアが神妙に頷いた。


「それで、その方の名前は? 私の持っている情報で、何か役に立つかもしれませんし」

 ミアの言葉に、ジョシアが口を開いた。

「ガストン、という名前の便利屋をご存知ですか?」

 しばらく考えたミアは、ゆっくりと首を横にふった。

「私は聞いたことのない名前だわ。ガストンしかわからないの?」

「ええ。モートン子爵は、ガストン、としか名前を出しませんでしたので」


「ミア、心配しなくても、クエッテ殿が見つけ出すだろう。何しろ、マーガレット嬢のことだ。必死にもなるはずだ」

 レインがミアの肩を叩く。

 ミアも硬い表情を緩めて頷く。

「そうね。もうあの事件は、王立騎士団にお任せすればいいんだわ。……ね、キャロライン様」


 ミアの言葉に、キャロラインは素直にうなずく。

「そうだな。私がカルロを愛でるためには、それしかないからな」

 真面目な顔のキャロラインに、ミアもレインも噴出した。

 

 *


「お邪魔いたします」

 サムフォード家に現れたルルリアーノは、ソファーに座るまでも、座ってからも、表情をピクリとも動かさず、3人の姿を見た。ルルリアーノについてきた侍女は心配そうにルルリアーノを見つめている。


「私はミア・サムフォード、そして兄のレイン、そして……」

「私は占い師だ」

 ミアの言葉をさらったキャロラインはまだ占い師のふりを続けるらしい。

「占い師、ですの……私、占いなど信じておりませんわ」

 ルルリアーノがきっぱりと告げた。キャロラインはクククと肩を揺らす。


「信じる信じないは勝手だ。私だって占うとは限らない」

 それだけ言うと、キャロラインはいつものようにカルロを撫で始めた。

「……とても変わった占い師ですのね」

 淡々と告げるルルリアーノには、感情が全く見えなかった。

 ミアもレインも苦笑するしかない。


「それで、今日はお見合い相手をどなたか教えていただけるのかしら?」

 続いた言葉に、ミアが首を横にふった。

「いえ。まだルルリアーノ様の今のお気持ちを色々と伺ってから、と思っておりまして」

「気持ち? 気持ち、と言われても、婚約を解消されたのは、もう1年以上前のことだわ。特に思っていることなど、ありません」

 ルルリアーノが首を振る。


「そうでしたね。婚約を解消されたのは、もう1年以上前になりますが……。ルルリアーノ様は、婚約の解消に納得はされているのですか?」

 ルルリアーノは目をすがめる。

「おかしなことを聞くのね。納得するもしないも、もうテリー様とカミア様は結婚してしまったわ」

 ルルリアーノの婚約者だったテリー・オドリー侯爵令息と、カミア・スーリン侯爵令嬢が結婚したのは、2か月ほど前のことだ。変わらず淡々とした口調からは、苛立ちも何も、感情はうかがえそうになかった。


「……婚約破棄を受けた時のことですわ」

 ミアの言葉にルルリアーノが目を伏せる。

「婚約破棄をされた時には、もう私が婚約破棄をされることは決まっていたのです。愛情の通わない結婚はしたくないと、テリー様は告げたわ。それが、全てよ」

「ですが、今までルルリアーノ様は、新しく婚約を結ぼうとされていませんよね?」

 ミアの質問に、ルルリアーノはふ、と息を吐く。


「婚約破棄をされた、しかも氷の令嬢に、結婚を申し込んで来る人間など、侯爵家との繋がりを持ちたい人間だけだわ。私が尊敬できるような相手はいなかったもの」

「尊敬できる相手がいれば、婚約したのですか?」

 首を傾げるミアに、ルルリアーノが肩をすくめる。

「もし、いたのならね」


「では、私がお手紙を差し上げて半年はたちますが、今まで反応されていなかったのに、今になって見合いをしようと思ったのは、なぜでしょう?」

「なぜ、って。もしかしたら尊敬できる相手が見つかるかもしれないと、一縷の望みを持ってきたのだけど?」

「今になって?」

 ルルリアーノはじっとミアを見つめる。


「私がここを尋ねるのは、お手紙を頂いてすぐじゃなければいけなかったのかしら?」

「いいえ」

 ミアが首を横にふった。

「ならば、そのような意味のない質問は辞めて下さらないかしら?」

 ルルリアーノは小さく息を吐くと、お茶に手を伸ばした。


「あら、美味しい。初めて飲むお茶だわ」

 声は和らいだが、その表情は変化はない。

「マーング産のお茶ですわ」

 ミアの言葉に、ルルリアーノはへぇ、と声を漏らす。

「マーング産のお茶ね。今度頼みますわ」

「ええ。是非……我が家ではもう扱っていないのだけれど。それに、我が家で扱っていた時よりも、高価になってしまったのだけど」

 ミアが苦笑すると、ルルリアーノは、不思議そうに首を傾げた。


「直接仕入れてはダメなの?」

「今はグルグガン商会が、取引全ての権利を持っているので……できないんです」

 レインが困ったように答えた。

「そう、なの。グルグガン商会は、商売っ気が強すぎて、苦手だわ」

 ルルリアーノは首を横にふって茶器を置いた。

「サムフォード家では、また店を出す予定は?」

 ミアもレインも顔を見合わせる。


 レインが大きく頷いた。

「いずれは。出来るだけ早いうちに」

 きっぱりとした口調のレインに、ミアは口元を緩めて頷いた。

「そうね。また、お父様やお母様が愛したものたちを、お客様に直接お届けしたいわ」

「そうなの。応援するわ」

 淡々とした口調ではあったが、ルルリアーノの言葉に、ミアもレインも大きく頷いた。

 

 そして、ミアが口を開く。

「ねえ、ルルリアーノ様。ルルリアーノ様は、そうやって優しい気持ちをお持ちだわ。その気持ちを、表情に出すことはできないかしら?」

 途端に、ルルリアーノがまとう空気が固くなった。

「無理よ」

「どうしてだ?」

 キャロラインが顔を上げた。


「どうしてって……私の笑顔は気持ちが悪いから」

 ルルリアーノが目を伏せる。

「なるほど、気持ち悪いと言われたから、笑えなくなったのか」

 キャロラインの言葉に、ルルリアーノは返事をしなかった。

「それは、どなたに言われたんですの?」

 ミアの問いかけに、ルルリアーノが僅かに顔を上げて、遠くを見た。

「……テリー様に」


「もう婚約者でもない、何とも思っていない相手に言われたことを、未だに気にしているのか?」

 ルルリアーノがキャロラインに視線を向ける。その視線はとても友好的とは言えなかった。

「別にテリー様に言われたからってわけじゃないわ」

「だが、笑えないのだろう? 気にしているからだろう?」

 キャロラインの言葉に、ルルリアーノはふい、と顔を背けた。


「あの、ルルリアーノ様」

 ミアが声を掛けると、ルルリアーノはミアを見た。

「何かしら?」

「とりあえず口角を上げてみてはどうでしょう?」

 ミアの提案に、ルルリアーノは半目になった。

「なぜ?」


 ミアは頷く。

「お見合いを上手くいかせるためですわ」

 だが、ルルリアーノは首を横にふった。

「付け焼刃の笑顔なんて無駄よ」

「無駄か、そうじゃないかは、やって見なくては分かりません」

 ミアが拳を握る。だが、ルルリアーノはまた首を振った。

「もう長いこと笑ったことなどないもの。笑い方も、忘れてしまったわ」

 目を伏せるルルリアーノに、ミアは小さく息を吐いた。


「テリー様のせいで、ルルリアーノ様は、自信を失ってしまわれたのですね」

 ミアの言葉に、ルルリアーノは小さく首を振った。

「テリー様は、無関係よ」

「そうとは、思えませんが……」

「テリー様のことを悪く言うのは辞めてくださる?」

 無表情のままじっとミアを見るルルリアーノに、ミアは頷いた。

「申し訳ありません。……そう言うつもりではなかったんですが」


「笑わなければ見合いをできないと言うのであれば、きっと無理ね」

 ルルリアーノが立ち上がる。ミアも立ち上がった。

「次の時までに、何か手を考えますわ」

「……その手が見つかったら連絡をください。……私は、笑えないわ」

 ルルリアーノは目を伏せた。

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