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29.レインの説教

「何だ? どうかしたか?」

 それでも、キャロラインは平然とした表情で返事をした。

「こちらへ」

 レインに連れられ、キャロラインとレインが応接間に向かう。ミアとジョシアは顔を見合わせて、二人の後を付いて行った。


 レインはキャロラインをソファに座るように促すと、その横に仁王立ちになった。

「無茶はされないように、と言っていたはずです」

 見下ろされているキャロラインは、顔を上げてジョシアを見た。

「だから、私は直接その情報を手に入れたわけではない、と言っただろう? なあ、ジョシア」

「さようですね、キャロライン様」

 だが、返事をしたジョシアの様子は、明らかに呆れていて、キャロラインをどこか非難するものだった。


「ジョシア殿。一体、どうやって、先ほどの王立騎士団が役に立てることができる情報を手に入れられたんでしょう」

 レインが立っているジョシアに迫る。

「どうやって……ですか」

 ジョシアが大きくため息をついた。

「モートン子爵のサロンに、お供として私が行ったんです」

 目を見開いたレインが、キャロラインを見た。


「キャロライン様! 無茶をされているじゃないですか!」

 だが、平然とした顔のキャロラインは、首を横にふった。

「私はサロンなど行っていない」

 キャロラインの返事に怪訝な表情になったレインが、首を一度振るとキャロラインをもう一度見た。

「……なぜ、キャロライン様がサロンに行っていないのに、ジョシア殿がそのサロンに行けたんですか?」

「兄上が協力してくれた」

 キャロラインはいつの間にか手元にやって来たカルロに頬を緩めている。


「なるほど、キャロライン様の兄上が手伝ってくれた、と。キャロライン様、十分無茶をされているじゃありませんか!」

 レインがキャロラインを叱りつける。キャロラインは小さくため息をつくと、レインを見上げた。

「兄上は誘われたサロンに行っただけだ。そして、ジョシアはその護衛だ。何かおかしいことはあるか?」


「ジョシア殿はキャロライン様の護衛でしょう? なのに、どうしてそのサロンに行く必要があるんですか?」

「ジョシアはクォーレ公爵家の騎士だ。クォーレ公爵家の誰の護衛をしようと、関係なかろう」

 ふん、とキャロラインは顔を背け、カルロを撫でた。

「例えご兄弟が行ったとしても、意図的に潜入されるなど、無茶ですよ」

 レインが大きくため息をついた。だが、キャロラインはニヤリとしてカルロを抱きかかえる。


「心配はいらん。私がどれだけ危ない目にあって来たと思っているんだ。全て私の力で危機を逃れて来た」

「……一体、どんな目にあって来たというのです? 一応我が国は平和な国だと思っているのですが」

 レインが首を振ると、キャロラインは肩をすくめた。

「この見た目が悪いのか、どうやら甘くみられるようでな。公爵家というネームバリューが魅力的なんだろうな。何度か誘拐をされかけた。大丈夫だ、心配されるべきは、犯人のほうだ。な、ジョシア」

 ミアがおどろいたように目を見開いた。

 ニヤリとキャロラインが笑うと、ジョシアが困ったように首をかしげた。


 レインは更に怒った表情になる。

「キャロライン様。それだけ危ない目にあっているのに、どうして自ら足を突っ込もうとされるんですか!?」

「悪事は許せん。ただ、それだけだ」

 ふい、とキャロラインが顔を背ける。

「だとしてもです! 自ら危険に向かわなくとも!」


 力説するレインをキャロラインがギロリと睨む。

「じゃあ、誰かモートン子爵のしっぽをつかめているのか?」

「それは……」

 レインが唇を噛む。

「王立騎士団では、モートン子爵のサロンには入り込むことは出来ん。ならば、できる人間がやればいいだけの話だ」


「ですが、下手をすればキャロライン様だけではなく、兄上殿も、ジョシア殿だって危険な目にあうかもしれないのです」

 レインの声は固い。

「それはこちらで責任を持つ。だから、気にするな。それに、ただサロンに行っただけだ。家の中をかき回したわけでもない。目をつけられるようなことはないだろう?」

 キャロラインはいつものようにカルロを撫でまくっている。レインの言葉を聞く気はないのだろうと、ミアは思った。


 だが、静まり返ったレインは、静かに怒りを湛えていることも、ミアは気付く。はっきり言って、こんな風に怒る兄の姿を見るのは、ミアは初めてだった。

「キャロライン様」

 低い声でレインがキャロラインの名前を呼んだ。

 不穏な空気を感じたんだろうキャロラインが半目でレインを見上げた。

「何だ?」


「心配をするな、とおっしゃるのであれば、クォーレ家にお帰りになられてはどうですか?」

 ふ、と息を吐いたキャロラインは、首をゆっくりとふった。

「カルロがいないだろう?」

 レインがゆっくりと頷いた。

「わかりました。キャロライン様。今後、このような無茶をされるようでしたら、カルロは預けることが出来ません。ですから、カルロ接近禁止とさせていただきます」

 カッとキャロラインが目を見開いた。


「ちょっと待て。カルロは連れて行くことはできないから、関係ないだろう?!」

「いえ。どうやらキャロライン様は、危険を顧みることがないようですので、我が家に居ても、どんな危険があるかわかりませんので、やはりクォーレ家へ帰っていただいた方が良いかと。貸していただいたお金については、今後利子も付けさせていただいて、きっちりとお返ししますので」

 淡々と告げるレインの表情は動かない。


「いや、お金などいいし、追い出される方が困る」

 キャロラインがひしっとカルロを抱きしめた。

「では、今後無茶をしない、とお約束いただけますか?」

「だが! 私は正義のために戦いたいのだ!」

 キャロラインがレインを真っ直ぐな視線で見上げる。


「キャロライン様。確かに正義を貫こうとする姿は素晴らしいと思います。ですが、その正義のために、キャロライン様は不名誉なあだ名すらつけられていますよね? それは、それだけ破天荒な方法だ、ということです。無茶をされてきた、ということです。私はあなたに無茶をして欲しいと思っていない。今は我が家の客人です。我が家のルールを守っていただかないと困ります」

 レインが首をふる。


「正論ばかり言っても、世の中は何も変わらないだろう?」

 ふ、とキャロラインが目を伏せた。

「だとしても、です。あなたの正義が全ての人の正義だとは限らない」

 レインが首を横にふった。

「なぜだ」

「悪事をしようとする者にとっては、キャロライン様の正義は邪魔でしかないからです。悪事をしようとしている者にとっては、キャロライン様の正義こそ、悪でしかない」


「それは、詭弁だ」

 キャロラインがレインを睨みつける。

「それに、無茶をすることで、たとえ正義だとしても、万人の賛同を得られるわけではない。それは、ご自身が一番よくお分かりの事でしょう?」

 レインが滔々と告げる言葉に、キャロラインが目を逸らした。

「それは、正義を貫く対価だ。万人に賛同される方法など、存在しないだろう。それこそ、悪いことをしようとしている者や、それに加担しようとしている者にとっては」

 キャロラインの視線が、レインに戻る。


 レインは大きなため息をついた。

「キャロライン様。それは、それだけ恨みを買う可能性がある、と言うことです。もっと穏便にことを運ぶようにしませんか?」

「私には出来ぬ!」

 ムッとするキャロラインに、レインが困ったように肩をすくめた。


「あの……お兄様」

 ミアが口を開いた。

「何だ、ミア」

「キャロライン様が心配だから無茶をしないで欲しい、ってこと、ですよね?」

「あー、まあ、そうなる……かな」


「でしたら、そうおっしゃればいいのに。どうして男性って、理詰めで説得しようとするのかしら。クエッテ様もそうだけど」 

 ミアが小さくため息をつく。

「だが、キャロライン様は、心配だからと言っても聞きはしないだろう?」

 レインが首を振ると、ミアが首をかしげた。

「そうかしら? 案外、素直に聞いてくださるかもしれなくてよ?」


 レインがキャロラインを見ると、キャロラインは気まずそうにレインを見ていた。

「キャロライン様。私も、キャロライン様のことが心配ですわ。出来たら無茶はなさらないで?」

 ミアの言葉に、視線を揺らしたキャロラインはゆっくりと口を開いた。

「あー。まあ、無茶はしないように努力はしてみよう」

 キャロラインの言葉に目を点にするレインに、ミアが視線を向ける。


「ほら、お兄様。キャロライン様だって人間だもの。心配されたら、言葉は届くわ」

「いや、でも、今までだって、キャロライン様は色んな無茶をしてきているし、きっと誰かが心配したとしても、話を聞いてくださってないと思うんだが」

 レインの言葉に、キャロラインがクククと笑う。

「基本的に私に対しては皆、説教しかしないのだ。だが、説教されると反論したいと思うのが、それこそ人間というものだろう?」


「それは皆、キャロライン様を心配して!」

 ムッとしたレインがキャロラインを睨む。

「心配、もあるだろうがな。迷惑、という言葉が透けて見える」

 ふん、とキャロラインがそっぽを向く。

「迷惑、と言うよりは、私はキャロライン様が無茶をされて……ケガなどされると……やはり、迷惑ですね……」

 言葉尻が小さくなるレインに、キャロラインが胡乱な目を向ける。

「ほらな」


「いえ、心配が増えて迷惑なんです」

 パッとキャロラインの顔が赤らむ。

「いや、迷惑だと思うのは変わらないだろう」

 だが、その口から出てきたのは、レインに対抗する言葉だった。

 ミアがクスリと笑う。ジョシアも声はたてないものの肩を震わせ始める。

 そしてレインはニッコリと笑う。


「それで、キャロライン様。無茶はしないでくださるんですね?」

 キャロラインは憮然とした顔をしてレインから目を逸らした。

「努力はしよう」

「本気で努力してください。心配事がこれ以上増えるのはゴメンです」

 ようやくレインが肩の力を抜いた。 


「ところで、クエッテは何をしに来ていたんだ?」

 キャロラインの疑問に、ミアとレインが顔を見合わせた。

「……恋の悩み相談、と言うところでしょうか」

 ミアが考えつつ口にすると、キャロラインが肩をすくめた。

「何だ。もうあの二人の見合いはないのか?」

「そうですね。多分、もうお見合いの必要はないかと」

 ミアが頷く。


「そうすると、次の見合いが決まるまでは、暇になるのか?」

 キャロラインが首を傾げる。

「それについては、もう決まっていますの」

 ミアの言葉に、レインがおどろいた様子でミアを見る。

「いつ、そんな話が来たんだ?」


「先日、ルルリアーノ様からお手紙を頂いたの」

「ルルリアーノ、と言うとカリファル侯爵家か?」

 キャロラインの言葉に、ミアがおどろいたように頷く。

「ご存知ですか?」

「名前だけはな。何しろ、お互い不名誉な二つ名がある」


 ククク、とキャロラインが笑う。

「不名誉な二つ名?」

 レインが首を傾げると、ミアがため息と共に口を開いた。

「氷の令嬢、ですわ」

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