28.新たな展開
「クエッテ様が、いらっしゃっております」
居間にいたミアとレインは、フォレスの言葉に顔を見合わせた。
あれから2週間。
ミアは丁度昨日、マーガレットを見舞っていたが、マーガレットの表情はまだ暗く浮かなかった。
襲われるようなことがあったのだから、致し方ないことで、早くいつもの調子を取り戻してほしいとミアもレインも願っている。
クエッテとマーガレットが婚約したとの話もまだ聞いてはいなかったが、ミアもレインもクエッテがサムフォード家に来る理由にも思い至らなかった。何しろ、見合いの話は終わっているからだ。
ミアはすぐに口を開いた。
「ええ、クエッテ様を応接室にお通しして。お茶はケイトに運ばせてくれる?」
「畏まりました」
フォレスが部屋を出ていくと、ミアとレインはもう一度顔を見合わせた。
「どういうことだと思いますか、お兄様」
「……うちが何か協力できるようなことができたのかな。……事件について」
ミアもレインも、それぞれの次の仕事のために資料を集めたりしていたため、特段事件については情報を集めたりはしていなかった。
「とにかく、行って見ましょう?」
「そうだな」
二人は腑に落ちない表情で応接室に向かった。
応接室には、明らかに肩を落としているクエッテがいた。
「クエッテ様、どうかいたしましたか?」
ミアの声に、クエッテは顔を上げた。その表情は途方に暮れているように見える。
「力を貸してほしくて」
「一体、どんな力をおかしすれば?」
首を傾げたレインに、クエッテが苦笑する。
「マーガレット嬢が、婚約しないと言うんだ」
「そう、なんですね」
ミアは目を伏せた。
「その方が安全だと、お互いに利がある話だと言っているが、マーガレット嬢は頷かない」
「それは……そうだと思いますわ。いくら身の安全のためとは言え、簡単に婚約することに同意するとは……」
ミアが顔を上げる。クエッテは首を横にふった。
「では、どういう理由ならば、婚約に同意するんだ? 実際に、マーガレット嬢はモートン子爵に狙われているのは間違いないだろう?」
クエッテの溜め息に、レインが口を開いた。
「……モートン子爵が捕まったとの話は聞いていませんね」
レインの言葉に、クエッテが項垂れるように頷く。
「モートン子爵までつながる情報が掴めなかった。単なる偶然とは、思えないんだが……」
クエッテが髪を掻きむしる。
「そうなんですか。……キャロライン様も、特にこれといった情報はつかめていないようなんです」
ミアは告げた。
「キャロライン嬢は、今日はいないようだが?」
顔を上げたクエッテが、肩をすくめた。
「最近は、何かと出かけておられます」
レインは何をしに、とは言わなかったが、クエッテは眉を寄せる。
「あの方に無茶をするな、と言うほど無理なこともないんだろうが……無茶をしないで欲しいが」
ミアとレインも頷く。
「キャロライン様は、キャロライン様ですから」
首を傾げるミアを見てもう一度頷いたレインが、クエッテを見る。
「……それで、クエッテ殿のお願いとは?」
レインの言葉に、クエッテが苦笑する。
「マーガレット嬢が婚約に同意しない、と言ったつもりだが?」
「それは、マーガレット様が婚約するように説得して欲しい、と言うことでしょうか?」
ミアが体を乗り出す。
「ああ。その通りだ」
頷くクエッテに、ミアは首を横にふった。
「それは、出来かねます」
きっぱりとしたミアの言葉に、クエッテが目を見開いた。
「なぜ? ここは、結婚相談所、だろう?」
「ええ。結婚相談所ですわ。ですから、お相手の紹介は致します。ですが、結婚の決断をするのは、本人もしくはそのご家族が行うことですわ。私たち紹介する側の意思で結婚を決めるものではないのです」
ミアの言葉に、レインは頷いたが、クエッテはまた髪を掻きむしった。
「じゃあ、どうすればいいんだ」
どさり、とクエッテは体をソファーに預けた。
「どうして、クエッテ様はマーガレット様と婚約したいと?」
ミアが首を傾げると、クエッテがギロリとミアを見た。
「それが一番、手っ取り早く丸く解決するからだ」
ミアがぱちくりと瞬きをした。
「そう、でしょうか?」
「そうだろう?」
「例えクエッテ様とマーガレット様が婚約したとしても、モートン子爵は諦めないかもしれませんわ」
ミアはそう告げながら肩をすくめた。
「それは、例え、だろう? 少なくとも、モートン子爵は結婚を、いや子供を作ることを焦っている。婚約した相手など見向きもしないだろう。時間の無駄だ」
クエッテが首を横にふった。
「それは、クエッテ様の理論なのではなくて? 証拠はなくとも、マーガレット様をかどわかそうとしたかもしれない方が、婚約したからってあきらめるとは限らないんじゃありませんか?」
「そんなこと、許せるわけがないだろう!」
クエッテが声を荒げる。ミアは少し目を見開いたが、クエッテの剣幕におびえる様子もなく更に身を乗り出した。レインはミアのその態度に目を見開いた。
「ええ、許せないとは思います。私だって、そんなことがあって欲しくはないですわ。でも、クエッテ様との婚約がマーガレット様にとって一番いい選択肢だとは思えませんの。他にも方法はあるんじゃないかしら」
「だが、私が婚約者ともなれば、マーガレット嬢に目が行き届く。私が婚約者になる方が、マーガレット嬢にはメリットがあるだろう?」
真剣な顔で告げたクエッテに、ミアとレインは顔を見合わせた。
「何だ?」
クエッテが二人を量るように視線を揺らす。口を開いたのは、レインだった。
「えーっと、クエッテ殿。それは……マーガレット嬢のことが心配だということ、でいいのかな?」
レインの問いかけに、クエッテは憮然とした表情になる。
「そうだが。それの何がおかしい?」
「それならば、素直に、マーガレット様のことが心配で仕方ないから、婚約してひとまず安心したいんだ、と告げてみてはどうでしょうか?」
ミアが頷く。
「な」
言葉に詰まったクエッテの顔が、見る見るうちに赤くなる。
「クエッテ様は、結婚するメリットがあるとしかおっしゃらないから、マーガレット様も話を聞いてくれないんじゃないかしら?」
「そうだな。きっと、心配していると言われた方が、心証は良いだろうな。それに、事実だ」
ウンウンと頷くレインを、クエッテがギロリと睨んだ。まだその顔は赤い。
「し、心配はしているが、それは知っている相手だからであって……」
「クエッテ様。知り合いが襲われたからって、クエッテ様は誰とでも婚約をしようと言い出しますか?」
ミアの問いかけに、クエッテが首を傾げる。
「いや、だが、マーガレット嬢は、見合い相手だったわけだし……何もおかしいことはないだろう?」
ミアとレインは呆れた様子で首を横にふった。
「クエッテ様は、あのお見合い自体が、ありえないと思っていらっしゃいましたよね?」
ミアの言葉に、クエッテがぶすりとなる。
「それはそうだろう? 見合いだと言うのに、あんな風に喧嘩腰の態度をされては」
「なのに、婚約されるのですか?」
「いや、だから……これはマーガレット嬢の身を守るために……」
「では、モートン子爵を捕まえることが出来れば、婚約は破棄されるんですか?」
「え、いや……」
「マーガレット様は、身を守るために婚約したのだから、また婚約破棄されたとしても致し方ないと思っておられるわけですか?」
「いや、婚約は……破棄するつもりはない……」
「でも、クエッテ様は、婚約することが身を守るためだとおっしゃいましたよね? でも、モートン子爵が捕まれば、マーガレット様の身の安全は保障されるんじゃありませんか?」
「いや、だから……」
「じゃあ、どうしてクエッテ様は、そのまま結婚しようと思われているんですか?」
「だから……」
ミアの剣幕に、クエッテがしどろもどろになる。
「ミア、それぐらいにして差し上げろ」
レインの言葉に、ミアが前のめりになっていた体を引いた。クエッテが小さく息をつく。
「私は……」
口を開いたクエッテに、ミアはニコリと笑う。
「続きは、私たちではなくて、マーガレット様に伝えてください。マーガレット様は、まだ傷ついておられますわ。メリットがあるから婚約しようと言われても、男性が怖いと思っている状況では、戸惑うだけです。クエッテ様の誠意に触れれば、少しは癒されることもあるかもしれませんし……上手くいくとは限りませんけど」
最後のミアの一言にクエッテは苦笑すると立ち上がった。
「申し訳ない。突然押しかけて、無理を言った」
ミアもレインも立ち上がると首を横にふった。
「いえ。健闘を祈っています」
レインの言葉に、クエッテが頷く。
「マーガレット様との相性は、案外悪くないと思うんです」
ミアが微笑むと、クエッテは小さくため息をついた。
「とりあえず、信じてもらうまでが長そうだ」
クエッテとマーガレットのやり取りを見ていたミアとレインも、それには同意するしかなかった。
ホールに向かうクエッテに、ミアとレインが付いて行く。
「では、失礼する」
「健闘を祈りますわ」
玄関扉に向かうクエッテの足が止まった。扉が開いたからだった。
「丁度良かった」
顔を出したのは、キャロラインとジョシアの二人だった。
「キャロライン嬢、丁度、とは?」
クエッテが首を傾げると、キャロラインがメモをクエッテに押し付けた。
「礼には及ばん」
キャロラインに押し付けられたメモを見たクエッテの目が見開いた。ミアとレインもクエッテに近づくが、そのメモは目にする前にしまわれた。
「正直今は打つ手もなくなりかけていましたから、これについては感謝いたします。ですが、無茶はしないように、と告げましたよね? キャロライン様の身の安全の方が、心配です」
クエッテの声色は、固い。
「大丈夫だ。私は直接名前を聞いたわけじゃない。モートン子爵が口にした名前を拾って来ただけだ」
「だからそれが!」
ムッとするクエッテに、キャロラインはケロッとした顔で肩をすくめた。
「私は一切顔を出していない。全て人づてだ。なあ、ジョシア?」
振り向かれたジョシアは、渋々と言った体で頷いた。どうやら色々とあったらしいとミアとレインは顔を見合わせた。
「……変に足を突っ込まないで欲しい。私が助けに入れるとも限らない」
クエッテの言葉に、キャロラインがクククと笑う。
「自分の身は自分で守る。幼いころからどれだけ危ない目にあって来たと思っているんだ」
あっけらかんと告げたキャロラインに、クエッテは小さく首を振る。
「油断大敵、と言う言葉を、頭の隅に置いておいてください」
「わかった、わかった。この情報、上手く使ってくれ」
あしらう様子のキャロラインに、他の面々は苦笑しかない。
「ありがとうございます」
頭を下げたクエッテが、玄関を出ていく。
「キャロライン様」
和やかにも思えた雰囲気が固まったのは、レインの声が怒っていたから、だった。苦笑する面々の中で、ただレインだけが難しい顔をしていたのだ。




