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22.ミアとジョシアのデート

 店中の視線が自分に集まっているんじゃないか、とジョシアは思うくらいだった。

「ジョシア様。はい、どうぞ?」

 ニッコリと笑うミアに戸惑った表情を見せるジョシアがいるのは、雑然とした雰囲気の菓子店のティールームだった。

 ミアの笑顔は、多分他人から見れば微笑んでいるように見えるだろうが、ジョシアからすれば、脅されているような気分だった。


「ありがとうございます」

 だが、ジョシアも持ち合わせた精神力で、ニコリと笑い返した。そして、口を開け、ミアが差し出したスプーンの中身を口に入れた。

 店の中が一瞬でざわめく。ジョシアは今の今まで有名人だったつもりはなかったが、どうやらこのティールームの中では十分有名人になったらしい。


「ふふふ。おいしい?」

 首を傾げるミアに、ジョシアはコクリうなずいてみせた。周囲でほぉ、というため息が漏れているのは、一体どういう意味なのか、ジョシアには分かり兼ねた。が、どうやら周囲の女性陣たちにとっては好意的にとらえられたらしいとだけ分かった。

「美味しいですが、私には少々甘すぎるようです。味見は一口だけで大丈夫です」


 ジョシアは断りのつもりでそう告げた。だが、なぜか周辺できゃぁ、と小さな悲鳴がいくつか聞こえた。ジョシアは困惑するが、ミアは悠然としている。

 一体、どうしてジョシアの言葉や行動に、周囲の女性たちが反応しているのか、ジョシアにはさっぱり分からなかった。

「……私は、おかしなことを言いましたか?」

 ボソボソとジョシアが尋ねると、ミアは大きく首を振った。


「いえ。全く。ただ……」

「ただ?」

「人気作家のレディー・フィルの新作にあったシーンに似ていましたの」

 ふふ、と笑うミアに、ジョシアは首を傾げた。

「レディー・フィル、ですか。名前は存じ上げませんが……人気作家……なんですか?」

 ジョシアはコーヒーを一口含む。その動作にすら、周囲の視線が集まっている気がした。


「女性向けのロマンス小説を書いている作家なんですわ。丁度、新作が貴族令嬢と騎士の秘めた恋を描いたものですのよ」

 ミアの説明に、ジョシアは何とか吹き出しそうになるのを堪えた。なるほど、周囲の女性たちは、どうやらミアとジョシアのことを、その新作ロマンスになぞらえているらしい。

「秘めた恋、とは違う様に思いますが」


 何とかコーヒーを飲み込んだジョシアは、口を開いた。どう考えても、ミアとジョシアは堂々としているし、誰かに隠そうとする意図はない。むしろ、大っぴらにするために、このティールームにいるようなものだ。

「想像する方からすれば、貴族の令嬢と騎士、という組み合わせだけで大満足なんですわ」


 ニコリと笑うミアの表情から、ジョシアはどうやらそのロマンス小説の一部をミアが再現しようとしたのだということが理解できた。

 そして、ジョシアはどうやら、ロマンス小説に添うような反応を見せたらしい。だからこその、周囲の女性たちのあの反応なのだ。

 ジョシアはここまで見世物になるつもりはなかったのに、と思いつつ、またカップを取った。


 視界の端に、アイザックが店の前を通るのが見えて、気を引き締める。

「ミア嬢。二人でこうやって出かけるのも、楽しいものですね」

 突然演じるモードに入ったジョシアの目配せに、ミアはすぐに気が付いて大きく頷いた。

「ええ。あなたと出かけられるのなら、どこでも楽しいわ」

 ミアも答えながら、視界の端に入って来たアイザックが顔を歪めるのを見て、スッとする。


「はい、どうぞ?」

 もう一度、ミアはフォークでお菓子をすくうと、ジョシアの口元に運ぶ。

「君が食べて欲しいというのなら、仕方がない」

 答えながらジョシアは、よくこんな言葉が出るものだと、自分自身でも驚いていた。アイザックに見せつけるための演技、だとは思ってはいるが、本音も混じってしまっているのかもしれない。


 ぱくり、とジョシアがミアのフォークからお菓子を口に入れると、アイザックが忌々しそうにジョシアを睨んでいるのが見えた。

「どう?」

「君から与えられるものは全てが甘いね」

 自分でもどうかと思ったが、ジョシアの告げた言葉に、周りの女性たちがざわめいているので、これできっと正解なんだろうとジョシアは自分に言い聞かせた。

 今日の目的は、アイザックに二人の仲を見せつけることだからだ。


「流石に、照れますわ」

 ミアが耳を赤くしているのは、本当らしい。ジョシアはどうとでも取れるように、肩をすくめた。

 アイザックは照れてうつむくミアと向かいに座るジョシアを忌々しそうにしばらく見た後、一緒に居る人間に何かを話しかけられて、渋々動き出した。

 同行者がいなければ、ミアたちのテーブルに突撃したかったのかもしれない。だが、流石にグルグガン商会の取引先で騒動を起こすこともないだろう、ともミア達は考えていた。


 雑多な雰囲気は、ミアもジョシアも落ち着かなかったし、口にしたお菓子も甘すぎて好みとは言えなかったが、アイザックの耳に二人がイチャイチャしていた、ということを届けるためだけに、ミアとジョシアはこの店でイチャイチャしてみせたのだ。

 この店は、グルグガン商会の取引先だと、ミアが言い出さなければ、きっとジョシアもこの店にくることなどなかっただろう。


 そうでなければ、ジョシアも演技と割り切って、臭いセリフなど言えなかっただろう。

「甘いものも食べたことだし、我々の目的は達成されたね」

 ジョシアが言外にアイザックが去ったことを告げると、ミアがニコリと笑って頷いた。

「そうですわね。ねえ、ジョシア様。私、庭園を散歩したいわ」

「そうですね」


 この雑多な雰囲気と女性たちの視線から逃げ出したいジョシアは、返事をするなり立ち上がって、ミアに手を差し出した。

「行きましょうか」

 その行動一つをしても、ため息をつかれる状況に、ジョシアには苦笑しかない。勿論、心の中、でだが。

「ええ」

 微笑むミアは、ジョシアの手を取り立ち上がった。だが、ふらり、と体が揺れる。


「危ない」

 ジョシアが抱き留める。周囲にまたため息が漏れる。そして、ミアが顔を上げた。

「ごめんなさい。ありがとう」

 微笑むミアは、はた目には婚約者の行動を純粋に喜んでいるように見えているかもしれないが、間近でミアの顔を見たジョシアは、その目がいたずらっ子っぽくきらめいているのに気付いている。


 この行動は、ミアとジョシアの仲を印象付けるための一連の行動でしかない。よろけたのを咄嗟にジョシアが抱き留めたのは、ジョシアの反射神経の賜物だが、それも、ミアの計算の中にきっと組み込まれていたのだろう。

 ジョシアは出てきそうになるため息を飲み込むと、ミアが姿勢を直すのを手伝った。

「では、行きましょうか」

「はい」


 ジョシアは一刻も早くこの店から出たかった。

 完全にミアとジョシアの二人は、店内の女性たちの見世物になっていた。

「静かなところに行きましょう」

 ジョシアの本音すら、店内の女性からは、すばらしい言葉に変換され、鬱陶しい視線を感じることになるのだが。


 *


 ミカルノたちのデートに付き添った庭園にたどり着くと、ジョシアはホッと息をついた。

「ふふふ。お疲れさまでした」

 ミアが微笑む。

「……ミア様は、お疲れにならないのですか?」

 ジョシアはミアの表情を伺うが、心の底まで疲れた気分のジョシアとは違って、ミアはケロッとしている。


「これくらいの演技で疲れていたら、貴族なんて務まらないんですわ」

「……なるほど。私も、仕事上の事でしたら、いくらでも感情のコントロールはつくのですが……これはちょっと毛色が違うので、予想以上に疲れます」

「そうですわね。折角でしたから、レディー・フィルの小説を読んでもらっておけばよかったかもしれませんわ」

 いたずらっぽく笑うミアに、ジョシアは首を横にふる。


「申し訳ないのですが、ロマンス小説というものに興味が持てそうにありません」

「あら。案外面白いのよ?」

「……えーっと、女性に好まれるような甘いセリフのオンパレードだと聞いております。私には耐えられないかと」

 眉をひそめたジョシアに、ミアがクスリと笑う。


「あら、案外ためになるのよ? それに、レディー・フィルの小説は、それだけじゃなくて、貴族の間のいざこざとかが、きちんと描かれていてリアリティーがあるのよ? だから、貴族の女性たちもレディー・フィルの小説を楽しめるし、市井の人たちも、貴族の社会を垣間見れて楽しめるのですわ」

 ミアの熱弁に、ジョシアは、気の抜けた返事しかできそうにもなかった。


「そうそう。丁度、レディー・フィルの新作のヒロインは、両親の死によって家が立ち行かなくなってしまった男爵令嬢で、ヒーローは、王家の騎士って設定なの」

 続けられたミアの説明に、ジョシアはおでこを押さえた。

「えーっと、それは……まるで……私たちを模したようなヒロインとヒーローですね」


「それと、ヒーローの恋敵は、お金で貴族位を買った新興男爵家の息子なの。ヒロインは男爵位だけど伝統ある家で、その家の箔が欲しい新興男爵家が、ヒロインと無理やり結婚させようと画策するんだけどって話ね」

 ミアが続けようとした言葉に、ジョシアが手のひらで静止した。

「きくだけでお腹がいっぱいになりそうです。……それは、もしかしなくても、ミア様とアイザックと、私のことがモデルではありませんか?」


 ジョシアの言葉に、ミアがニッコリと笑う。

「たぶん、ほぼそうでしょうね」

 ジョシアはおでこに手を当てると、小さくため息をつく。

「キャロライン様に言われなくても、十分有名になっているではありませんか」

「そうみたいね」

 当然のように告げたミアに、ジョシアはムッとして顔を上げた。


 その視界の端の木の影に、嫌がる女性が見えた。

「ミア様。あれは」

 ジョシアの声に、ミアはジョシアの視線の先を見た。

「マーガレット様と……モートン子爵だわ」

 マーガレットはモートン子爵に腕を掴まれ嫌がっているが、マーガレットと一緒にいる使用人は、何もできずオロオロしている。


「モートン子爵は、今結婚相手を探しているのよ」

 ミアがぼそりと告げた。どうやらそういう噂があるらしい。

「でも、マーガレット嬢は、相手が……」

 ジョシアの言葉に、ミアが首を横にふった。

「でも、婚約はしていないわ」

 ミアとジョシアは頷き合うと、マーガレットたちに向かって歩き出した。

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