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2.魔王登場

「まさか、一番最初のお客様が魔王になるなんて!」

 ミアが狼狽える。

「だれかいないのかー!」

 ホールからはキャロラインの苛立った声が聞こえる。

「ミ、ミア、とりあえず行こう! うちが吹き飛ばされたら、本気で路頭に迷う!」

「そ、そうね!」

 ミアとレインは慌てて居間からホールに急ぐ。

「……でもミア、狼狽えるなら、何で……魔王に手紙送ったりした?」

「え? 一応可能性のある人には全員送ったのよ。でも、魔王は……来ないと思ったのよ!」

「でも……実際来ているよ」

「……そうなの、それが疑問なの」

 ミアが小刻みに首を振る。


「ルイ殿下からの婚約破棄も嬉々としていたって話だったから、絶対来ないと思ったのに」

「……王族からの婚約破棄を喜ぶって……相当だな」

 キャロラインが王弟の子供であるルイ・アルフォットの婚約者に決まったのは、わずか2才のころだった。

 そしてそれから20年。

 幼い頃から魔力量が多く変わっていると噂にはなっていたが、公爵令嬢なのにとうとう社交界デビューすることなく今に至っている。勉強は全て家庭教師によって行われ、表舞台に立つことがないことから、その素顔を見たものはほとんどいない。

 キャロラインは、先月、いつの間にか引きこもっていた山の中から王都に来て、ルイからの婚約破棄を嬉々として受け入れた。

 ただ、流石に婚約破棄を喜ばれるとルイの立場がなくなるからと、この話は口外しないようにされていた。が、二人の母であるメリッサはきっちりその情報を掴んでいた。


「どうしようかしら。私、魔王……いえ、キャロライン様に合いそうな相手は、検討もしてなかったわ」

 そうミアが呟いたのは、キャロラインがフードの付いた真っ黒なローブを身にまとい、腰に手を当てて仁王立ちしているのを見てからだった。フードに隠れてキャロラインの顔は見えない。

「ど、どうする気だ?」

 怯えるレインに、ミアは頷くとにっこりと笑う。

「なるようになるわ」

 レインは、このミアの度胸の良さが、時折羨ましくなることがあった。だが、今はその度胸の良さを発揮しないで欲しいと思った。


 キャロラインは、この国では珍しい魔法を使える人間だ。そのキャロラインが「魔王」と呼ばれるのは、持って生まれた魔力量の多さと、魔法の力の強さ、そこからだけではない。

 人のことをあまり考えてはいないと思える魔法の使い方、それのせいだ。

 噂によると、数か月前、町が一つ消えてしまったという。山に引きこもっていたキャロラインは、ルイからの呼び出しに機嫌を悪くして、裾野の町を一つ消滅させたと言うのだ。

 そんな「魔王」に対して、ミアは何を言い出すのか。レインはその先の展開が怖くて仕方なかった。


「ようこそ、キャロライン様。私、ミア・サムフォードと申します。以後お身を知りおきを」

 ミアが優雅な礼を取る。だが、その手にあるワンピースは、ドレスのように広がることはない。

「ああ」

 キャロラインが頷く。フードをかぶったままで顔が隠れていて、表情は読み取りにくい。

「私は、レイン・サムフォード。……一応、家督を継いでは……います。えーっと……父が亡くなり……ましたので」

 他人に挨拶をすることがほとんどないレインは、しどろもどろに挨拶をする。


「そうだったな。サムフォード男爵夫妻は、残念だった」

 しんみりと言うキャロラインに、レインとミアは少し驚いた顔をする。キャロラインがそんなことを言うとは、予想外だったからだ。だが二人ともすぐに表情を戻した。何かが起こると困るからだ。

「お気遣いありがとうございます。あの、ここで立ち話も何ですので……奥の応接室に」

 ミアがキャロラインを促す。

「……ああ。ところで、狼がサムフォード家にはいると聞いたんだが」

 キャロラインの予想外の申し出に、ミアもレインも、首をひねる。


「ええ、我が家には狼がいますわ。でも、失礼ですが、どこでお聞きになりましたか?」

 カルロはレインが拾って来た迷い狼だ。だが、引きこもりのレインになついているカルロは、人前に出ることは殆どない。だから、サムフォード男爵家で狼を飼っていることを知っている人間は僅かなのだ。

「サムフォード家に居たものが、我が家で働くことになったらしくてな。私が狼がいればと呟いたら、サムフォード家に狼がいる、と教えてくれたんだ」

 ミアとレインは納得した。雇っていた使用人の一人を、クォーレ公爵家に紹介状を持たせて行かせたのは、間違いなかった。


 狼を飼っているのは、一般的とは言えないが、秘密にするような内容ではない。狼は頭がいいため、相手になついてしまえば、飼い主の言うことを聞くからだ。

「どちらが魔力をもっているんだ?」

 キャロラインの言葉に、レインが小さく手を挙げる。狼は魔力を持った人間だけになつく。その理由ははっきりとしないが、少なくともミアの知っている限りでは、魔力を持たない人間になついた狼の話は聞いたことがない。だからカルロはレインの命令は聞いても、ミアの命令は聞いてくれない。

「魔法は……ほとんど使えませんが」

 肩をすくめるレインに、キャロラインが首を横にふる。

「狼がいる、と言うことが一番大切なことだよ」

 どうやらキャロラインは狼が好きらしい。


「あの、ところであの方は、いいんですか?」

 ミアが、ずっと居ないかの如く扱われていたが、玄関の扉の前に立ち尽くす騎士をさす。

 黒髪の切れ長の目の精悍な顔を、ミアは知らない。それだけでも社交界に出てくる貴族ではないと分かる。ただ、騎士服はクォーレ公爵家を示すもののため、クォーレ公爵家の騎士団の者であることは間違いない。だが普通、令嬢と一緒に来るのは、家族または普通の使用人もいるはずで、騎士しかいない状況は、少々不自然ではあった。

「ジョシアと申します。キャロライン様の暴走を止めるためついて参りました」

 ジョシアがその場に膝をついた。短く整えられた黒髪は、少しも乱れることはない。

 それまでキャロラインのみに意識を向けていたミアとレインは、ジョシアの堂々たる様子に目を見開いた。あのキャロラインを前にしてそんなことを言いはなった挙げ句、少しも臆した様子が見えなかった。

 キャロラインが肩をすくめた。

「ジョシアは私のお目付け役らしい。来るなと言っても行くところには付いてくる。だが、放っておけばいい」

「あの、ジョシアさんも奥の部屋へ」

 ミアは迷わずジョシアを誘った。対魔王対策だ。


「で、狼は?」

 キャロラインにとっては、ジョシアが居てもいなくてもどうでもいいらしい。

「……とりあえず、奥の部屋へ行ってからで、どうでしょうか?」

 ミアは恐る恐る提案した。隣に立つレインは事の成り行きを息をつめて見る。

「そうだな。行こう」

 キャロラインが頷いてくれてミアはホッとした。レインもようやく息を吐いた。

 静かに歩き出したミアとレインに、キャロラインとジョシアが付いてくる。


「ところで、何もない家なんだな」

「キャロライン様。もう少しソフトな言い方があると思います」

「うるさい。これが私だ。文句があるなら、勝手に言っておけ」

 遠慮もなく、ズバリとキャロラインが告げる。そしてそれをサクッと注意したジョシアに、ミアとレインは驚く。だがキャロラインは軽く文句を言っただけで、怒りはしなかった。

 ミアとレインはジョシアに尊敬の念を抱くとともに、キャロラインが噂に言われるほどとんでもない人間ではないのかもしれないと思った。

 そして、サムフォード男爵家のことの顛末は、既に王都中に広まっているとミアとレインは思っていたが、どうやらキャロラインは知らないらしい。


「父が損失を出してしまったために、家財道具も売り払わなければならなくて。店の権利も失ってしまったので」

 レインの言葉に、キャロラインが首をひねる。

「どうして家だけは残っているんだ?」

「家だけは何とか免れました」

 レインが感慨深そうにホールを見回した。

「変な話だ」

 キャロラインの言葉に、ミアとレインは顔を見合わせる。

「どうして、でしょう?」

 ミアが尋ねる。


「私の知るサムフォード男爵は、堅実な商売をしていたはずだ。どうして、そんな莫大な損失を出すことになるんだ?」

 ミアとレインは二人揃って首を横にふった。

「それは……私達にも分かりません。グルグガン商会から父が契約した書類と、それにより出てしまった損失の書類を見せられてしまったので、疑いようもなくて」

 ミアの言葉に、レインが頷く。ミアにもレインにも、それに対する明確な答えはない。今までにあった事実しか述べることはできない。

「グルグガン商会か。あそこは好かん。私は断然サムフォード家を贔屓にしていたんだ」

「「ありがとうございます」」

 レインとミアが頭を下げる。サムフォード家が営んでいた店とグルグガン商会は、どちらも何でも屋的な役割を担っていた。顧客の希望を叶えるという点では同じで、客層も貴族層と似通っていた。だが、貴族であるサムフォード家が営む店の方が、堅実な顧客をつかんでいると言うのが、一般的な理解だった。


「何だか気に入らない話だな。……やるか?」

 キャロラインの言葉に、ミアとレインがピキリと固まる。まさかそんな話になるとは思ってはいなかった。

「キャロライン様! 物騒なことおっしゃらないでください!」

 ジョシアがキャロラインを叱る。

「……ちょっとだぞ」

「キャロライン様。ちょっとだけでも、駄目だと思います」

 ジョシアが叱ってもキャロラインが怒り出さないのを見て、ミアも口をはさむ。レインはそんなミアを、驚いた目で見た。

「どいつもこいつも常識の塊め」

 忌々しそうなキャロラインに、ミアとレインは困った表情になる。

 キャロラインの思考回路が突飛すぎるだけだ。

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