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18.2回目のいいところ探し

「ケイトが妊娠してる?」

 翌日もたらされたフォレスの報告に、ミアもレインもフォレスの報告に驚く。ここはレインの私室で、フォレスの改まった表情に、人のいないところで話をすることになったためだった。


 勿論、ケイトは妊娠したとしておかしくない年齢ではあるのだが、ケイトは未婚だし、結婚する予定があるとも聞いていなかったからだ。

「ええ。ただ、ケイトさんは結婚の予定はないし、可能であればサムフォード家で働き続けたいと言っています」


 ミアとレインは顔を見合わせて頷いた。

「ケイトが働き続けたいって言うのであれば、それは歓迎するわ」

 ミアが先に口を開いた。

「そう、だね」

 レインが戸惑ったように告げる。

「あら、お兄様は反対なの?」

 ミアの言葉に、レインは首を振った。


「反対ではないよ。折角のベテランを手放すのは惜しいよ。ケイトは性格もいいし、使用人たちのいいまとめ役になっているだろう?」

「ええ。そうね」

「とりあえず……ケイトを呼んでもらっても、いいかな?」

 レインの言葉に、フォレスが頷いて部屋を出ていく。


 *


 トントン。

 扉がノックされる音に、ミアとレインは頷いた。

「どうぞ」

 ミアが口を開く。

 入って来たケイトは、不安そうな表情だ。

 ミアが慌ててケイトに近づく。


「いやだ、フォレスったら、ケイトに何と言って連れてきたの?」

「えーっと、レイン様に呼ばれたと」

 フォレスの言葉に、ミアがレインを勢いよく振り向く。

「お兄様! ケイトは今大事な時期なのよ! 不安にさせるなんてひどいわ!」


「あ、いや、不安にさせるつもりはなかったんだけど……呼んできて欲しいって言っただけなんだけどな……」

 困ったように眉を下げるレインに、ケイトが力を抜いた。

 ケイトはミアに連れられて、ソファに座る。その様子はどこか落ち着かなかった。


「えーっと、ケイトは妊娠していて、だけど仕事をやめたくないんだと話を聞いたんだけど、それで間違いないかな?」

 レインの問いかけに、ケイトはコクリとうなずいた。

「うちとしても、ケイトに辞められてしまうよりは、続けてもらえる方が助かる。今まで、結婚しても続けたいって使用人がいなくて、結婚したら辞めるような流れになっていたけど、それをケイトが変えてくれるのなら、ありがたいくらいだよ」


 レインの言葉に、ケイトはきょとんとする。

「あの、結婚してもやめる必要はなかったんですか?」

 ケイトの質問に、レインとミアが顔を見合わせた。

「寧ろ、続けたい人が今までいなかったんだと思っていたんだけど?」

 ミアの答えに、ケイトは首をふった。

「続けたいと思っていた人たちはいました。ですが、それが許されるとも思っていなかったですし……婚家から当然のように退職を促されるので……誰も声をあげなかったと言いますか……」


「当然、か。その当然という意識のせいで、我々は大事な戦力をどんどん失っていたんだな」

 レインの溜め息に、ケイトの表情が緩む。

「あの、もし仕事に復帰したいと言っている人がいたら、声を掛けてもいいですか?」

 ケイトの言葉に、レインもミアもニッコリと笑った。

「勿論」


「えーっと、それで、レイン様。ケイトはどのようにすればよろしいですか?」

 フォレスの言葉に、レインが首をかしげる。

「子供は、あとどれくらいで生まれてくるのかな?」

「たぶん、あと6か月ほどだと」

「あと半年……直前までは働かせない方が良いでしょうね?」

 ミアがレインを振りかえる。レインが頷く。


「では、あと4か月ほど働いてもらって……復帰はどうしたらいいんだろう?」

「……子供もどうしたら、いいんでしょうか?」

 ケイトの質問に、レインとミアは顔を見合わせて、肩をすくめた。レインもミアも子供などいないため、全く想像がつかなかったのだ。

「あの、意見を言ってもよろしいでしょうか?」

 フォレスが小さく手を挙げると、レインもミアも頷いた。


「何かいいアイデアが?」

 ミアの言葉にフォレスが頷く。

「働く女性が子供を預けられる場所を作るといいと思うんですが」

 ケイトは聞いたこともないアイデアに目を見開く。レインとミアが弾むように頷く。

「それはいいわね! ……まだ需要は少ないかもしれないけど、それだったらケイトみたいに出産後も働き続けることができるわよね!」


「だが、どういったものたちを雇う?」

 レインの言葉に考え込んだミアが、弾かれるように顔をあげた。

「貴族の家で乳母をしていた経験がある人を雇うってどうかしら?」

 レインがなるほど、と声を漏らす。

「信頼されていた人物であれば、子供を預けるのに不安は少ないかもな。ケイトはどう思う?」


「ええ。自分の子供と他人の子供を育てた経験のあるかたに見てもらえるのであれば、不安は少ないように思います……ですが、私のためだけにそんなことをしてもらうわけには……」

 ミアが首を横にふる。

「これは決してケイトだけのためのものではないわ! これから子供を産んでも……いえ、結婚してからも働き続けたい人のためにやることよ! サムフォード家の新しい事業よ」


 ケイトの向かいに座るミアが力強く言い切る。 

「まずは、ケイトが仕事できないところをフォローできる人を雇わないといけないな。乳母を募集するのは、それからだ」

 レインの言葉に、部屋にいた皆が頷いた。


 *


「悪いが、3回目の見合いは中止にしてくれないか」

 応接間のソファーに座るなり、クエッテが告げた。

「どうしてでしょう?」

 ミアが首を傾げる。

「もしかしたら、忙しくなるかもしれなくて、見合いどころではない」


「……お仕事、ですか」

 ミアがマーガレットを見る。

「好きにしたらいいわ」

 マーガレットはツン、としたまま告げた。

 レインはその方が良いだろうと、心の中で同意した。だが、ミアに任せている以上、レインは口を出さなかった。キャロラインは相変わらずカルロを撫でまわしている。二人が来てからもまだ、一言も口を開いていなかった。ほとんど空気のようなものだ。


「……そうですね……、その件は一旦保留しましょう」

 ミアは即断しなかった。レインは天井を見上げた。だが、今のミアならそう言うかもしれないとも納得していた。

「この見合いに意味があるとは、思えないがな」

 クエッテが皮肉げに笑う。


「意味があるかどうかは、終わってからでないと分からないと思いますわ」

 ミアが首を横にふった。

クエッテは目を細めたが、それ以上のことは口にしなかった。

ミアは頷いてクエッテとマーガレットを見る。

「それでは、お二人のいいと思うところを10個、出しましょう」

 クエッテとマーガレットが目を見開いた。


「それは、前回もやったではないか」

 クエッテの言葉に、マーガレットも頷く。

「もう出てこないわ!」

 ミアは目をつぶって首を振った。

「同じ事でもよろしいですわ。10個、相手のいいところを言いましょう」


 ミアの頑なな態度に、クエッテはため息をついた。マーガレットは呆れたように肩をすくめた。

「えーっと、肌が白い、髪が美しい、手が綺麗、それから……何だったかな」

「何を言ったかしら……強そうに見える、筋肉がついている、それと……上司からは信頼されているんでしょうね」


 マーガレットの最後に告げた言葉に、レインは、おや、と思う。

 前回の時には聞いた記憶のない内容だったからだ。

「なぜそう思う?」

 クエッテがマーガレットに尋ねる。

「だって、上司の方が、貴方に昇進してもらうために結婚をすすめているんでしょう? 信頼もしていない部下にそんなこと求める人がいるとは思えないわ」


「……そう、かな」

「どうでもいいと思っている部下の結婚をどうこう言うほど、上司たちは暇なの?」

「……いや、暇じゃないだろうな」

「じゃあ、そうなんじゃなくって」

 そう言いながらも、マーガレットはふい、とクエッテから顔を背けた。


「所作が優雅だ」

 前回のいざこざをレインは思い出したが、今回はマーガレットの気には障らなかったようでホッとする。

「意思が強そうだわ」

 マーガレットはそう言って、物思いに沈む。

「頭が良さそうだ。それと、髪が絹糸のようだ」

「声が落ち着いているわ。……眉が立派ね」


 マーガレットの声に、クエッテの眉がピクリと動く。レインはドキリとしたが、ミアはニコニコと笑っている。

「声は耳に心地よい」

 “は”の部分を強調したクエッテに、レインはハラハラする。だが、マーガレットは反応せずに考え込んでいる。ふいに顔を上げたマーガレットが、クエッテを見て口を開く。

「目が、力強いわ」


「やはり肉感的だな」

 クエッテがサッとマーガレットの姿を目に入れて告げると、マーガレットの顔に朱が走る。

「もっと上品な誉め言葉はないのかしら」

 冷たく告げるマーガレットに、クエッテが肩をすくめる。

「グラマラスだ」

 まだ気が済んだのか、マーガレットがクエッテから視線を逸らした。


「重いものが持てそうね」

「議論をすれば面白いかもしれない」

「それはお互い様じゃなくて? あなたも議論をすれば面白そうに見えるわ」

「黙っていれば、魅惑的に見えなくもない」

 クエッテの言葉に、マーガレットがキッと睨む。レインは困ったようにミアを見たが、ミアは首を傾げただけだった。


「頭の回転は速そうね」

 ふん、と顔を背けたマーガレットの言葉に、ミアが頷く。

「これで、お互いのいいところを10ずつ出せましたね!」

 レインはホッとする。少なくとも、前回と同じような殺伐とした雰囲気はなかったからだ。 

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