16.いいところ探し
「いい……ところ?」
クエッテが眉を寄せた。
「……いいところ、ですって?」
マーガレットは、ため息をついて天井を見上げた。
しばらく応接間には、キャロラインが「よしよし」とカルロを撫でまわす声のみが聞こえた。
あ、とマーガレットが声を漏らす。
「力は強いはずよ」
ようやく一つ挙げられて、マーガレットはホッと息をついた。
そして、ミアを見る。
「もう私は言ったわ」
「ええ、その調子で、あと9つ、出してください」
ミアがニッコリと笑う。
「9つですって?!」
マーガレットが、声を高くする。ミアは動じることなく、頷いた。
「ええ。お願いします」
マーガレットが諦めたように、ソファーに体をもたれかけさせた。
「紛れもなく貴族、だな」
クエッテがぼそりと告げた。
「ええ、クエッテ様、その調子でお願いします」
またクエッテが黙り込む。
レインは、果たして貴族であることが良いところなのかは分からなかったが、ミアが口を挟まなかったため、そのままにすることにした。もはやレインには、傍観以外やることはなさそうだった。
キャロラインは、あれだけかき回したにも関わらず、もうすでに我関せずでカルロを堪能している。
ジョシアは出てきてしまった手前、そのまま部屋にとどまっているが、少々表情が硬い。多分、この状況に耐えられないんだろうと、レインは思った。レインだって同じくである。
むしろ、平然としているミアが信じられなった。
「背が高いわ」
「いいですね。その調子ですわ」
ミアがマーガレットを褒める。マーガレットはふい、と顔を逸らした。褒められたくはないんだろうと、レインにも分かった。
「髪が美しい」
「嘘言わないで」
クエッテの言葉に、マーガレットが即座に反応した。
「嘘ではない。美しいと思ったから褒めたのだ」
「こんな真っ黒な髪、美しくもなんともないわ」
どうやらマーガレットは、真っ黒な髪がコンプレックスらしい。
「それは、マーガレット嬢の基準だろう。私は私の基準で褒めている。いちいち口を出さないで欲しい」
憮然とした表情でクエッテが告げる。マーガレットもムッとした表情で、そっぽを向いた。
「人が良いと思うところは、人それぞれですわ。自分が良いと思っていなくても、他の人にとっては褒める点だったりもするわけです」
ミアの言葉に、クエッテが頷いた。
「肌が白い」
クエッテの言葉に、ミアが頷いた。
「王家の騎士になるくらいなんですから、剣の腕がすばらしいんじゃなくて? 私は知りませんけど」
マーガレットが告げる。
「肉感的だ」
「失礼ね!」
クエッテの言葉に、マーガレットが即座に反応する。顔が赤い。確かに、マーガレットの胸は、豊満と言っていい部類だった。
「褒めている」
クエッテの顔は、真顔だ。
「ああ、もう! ……色んなことを譲らない顔をしているわ」
「それは、けなしているのでは?」
クエッテの目が細くなる。
「褒めていますわ! 騎士として働くのに人の意見に流されてばかりじゃ困るんじゃありませんこと!」
「そうか……手が綺麗だ」
クエッテの視線に、ふい、とマーガレットが顔を背ける。案外良い兆候かもしれない、とレインは思った。
「流石に水仕事などをしないだけあるな」
続けられたクエッテの言葉に、レインの予感は砕け散った。どう聞いても、誉め言葉のようには思えなかった。
「何か悪くて?」
「いや、私の妻になるものは、手が荒れるだろうと思って」
クエッテが淡々と告げる。どうやらクエッテには悪気があったわけではなかったらしい。
「クエッテ様、昇進すれば、使用人も雇えるようになるでしょうから、女主人が家事を全てこなさなくともよいのでは?」
ミアの言葉に、クエッテが肩をすくめる。
「そうなのかもしれないな。何しろ今の立場では、使用人を雇えるような状況ではなくてな」
「それはそれは、使用人たちの手は、働き者の手でしょうね!」
それでも、不満が残るマーガレットは、そう言ってクエッテを睨みつけた。
「所作は優雅だな」
“は”の部分をクエッテは強調した。ミアは小さく息をついて、レインは天井を見あげた。
マーガレットは、顔を赤くしている。
「細かいところによく気が付きますのね!」
マーガレットの言い方は、少なくとも褒めているようには聞こえなかった。レインは首を振った。
「口が達者だ」
クエッテの言葉に、ミアが遠くを見た。
「顔が強そうに見えるわ!」
ツン、とマーガレットがそっぽを向いた。クエッテの顔が更にこわばる。
「頭は良さそうに見える」
淡々と告げたクエッテは、またもや“は”を強調した。
「脳も筋肉でできてるんではなくて?」
クエッテがマーガレットを睨みつける。
「それは、誉め言葉ではない」
クエッテが即座に告げた。
「いーえ。筋肉に命を捧げている人からすれば、きっと誉め言葉よ!」
フン、とマーガレットの鼻息は、荒い。
「えーっと、流石に、今のは誉め言葉に聞こえませんので……ほかのものを」
ミアがやんわりと告げた。
マーガレットはムッとはしたものの、文句は言わなかった。きっと自分でも誉め言葉ではないと十分理解しているんだろう。
「鼻が高いわ」
「安直だな。概ね、みんなの鼻は、高いだろう?」
「褒めているのよ! 文句を言わないで!」
ギロリ、とクエッテがミアを見たが、ミアは首を横にふった。少なくとも、けなしているわけではないし、ごくまれに、鼻が低いことをコンプレックスに持っている人だっているのだ。
「髪が太いわ」
どうやらマーガレットは、見た目で褒めるところを細かく探すことにしたらしい。
「……髪が絹糸のようだ」
「眉が立派ね」
「もう10は言ったぞ」
クエッテが冷えた目でミアを見た。
「いえ、クエッテ様、あと一つあります。マーガレット様も」
クエッテがうんざりした顔をした。その顔を見てマーガレットの目が吊り上がる。
「口喧嘩が強そうだわ!」
フン、とマーガレットが顔を背ける。
「相当ツンツンしているからな、甘えた時には、可愛らしく見える……可能性はあるだろうな」
クエッテはマーガレットに向かって告げると、そっぽを向いた。
静かになった応接間に、レインの小さなため息が落ちた。
ミアは平然とした顔をして、にっこりと笑った。
「それでは、お互いに相手に変えて欲しいところを5つ、言いましょう!」
え、とレインがミアを見る。
まだ続ける気なのか、という気持ちは、勿論レインだけが持ったものではない。マーガレットもクエッテも、信じられないようなものを見る目で、ミアを見ていた。
ククク、とキャロラインだけがおかしそうに笑っている。
「あの、お茶を入れなおしてきますので、休憩にしませんか」
それまで口を開かなかったジョシアが口を開いた。
少なくともレインはホッとしたし、マーガレットとクエッテの間にあった緊張も、僅かに緩んだ。
「そうね。そうしましょう」
なぜか、ミアが立ち上がった。
「お茶の用意をしてきますわ。皆さま、歓談なさっていて」
この部屋に残されるレインは目を見開いた。
どうやらジョシアもミアに連れていかれるようだし、キャロラインなど話す気はないだろう。どうも話を振らなければいけないのは、レインらしい。
ミアとジョシアが応接間を出ると、レインは意を決して口を開いた。
*
「えーっと、ミア様、何か?」
台所へ一応向かいながら、ジョシアがミアに問いかける。
「どうして邪魔をされるんですか?」
ミアがジョシアを見る。その目は鋭くはなかったが、しっかりとジョシアを見ていた。
「邪魔、をしたつもりはありませんが、あの空気のままではいけないと思いまして」
「そうですか?」
ミアが首を傾げる。
「……ミア様は、あの二人が結婚するのを望んでいないので?」
「奇跡が起これば、望まないわけではありません。でも、今の状況では、どうやっても無理ですよね?」
ミアの言葉に、ジョシアが頷く。
「まあ……そうでしょうね。でも、見合いを組むからには、どうにかやって上手くいくようにするのが、結婚相談所のあり方なのではないでしょうか?」
ジョシアの言葉に、ミアは首を振った。
「あの二人は、きっと私が準備する方、どなたを連れてきても、今のままでは上手くいきません。そうであれば、今日は、本人たちの欠点を指摘する良い時間となるはずです」
「……それで、欠点の指摘、ですか」
ジョシアが首を振った。
「ええ。きっと二人なら、あっという間に5個は出せるでしょう。あの勢いのままならね」
「えーっと、それを私が邪魔をしたと?」
ジョシアをミアがじっと見つめる。
「そうなりますわね」
ミアは大きく頷いた。
「……ミア様。考えていることは、わからなくはありません。ですが、今日やっていることは、かなり毒をはらんでいる。下手をすれば、あの二人は傷つくだけだ」
ジョシアが告げた言葉に、ミアが微笑む。まさか微笑まれると思わなかったジョシアは戸惑う。
「ジョシア様は、優しいのね」
「えーっと、お褒めに頂き光栄です」
だが、褒めたはずのミアは首を横にふった。
「でもね、それは本当に優しいのかしら? あの二人が、良き伴侶を求めるのであれば、自分自身が変わらなければならないと思うの」
「いや、あの……そうかもしれませんが」
「せっかく、お互いに思う存分言い合える相手がいるのよ? なら、きっぱりと喧嘩させてしまって、お互いの悪いところをしっかりと見てもらった方が良いと思うの」
「いや、今それをやったら、間違いなく喧嘩しか始まりませんよね?」
ふふ、とミアが笑う。
「ジョシアさん、お忘れになって? あの二人、嫌でもあと2回は会って話をしなければならないのよ。3回も喧嘩すれば、少しは心に響くんじゃなくって?」
ジョシアが固まる。
「本気で、あと2回も、いや3回も喧嘩させようと考えているんですか?」
「ええ。私、結構本気よ」
ミアは真顔だ。ジョシアは首を振る。
「……何だか、マーガレット様とクエッテ殿が不憫に思えてきました……」
「正直、これが正解だとは思わないわ。ただ、この二人は、喧嘩するだけ喧嘩して、お互いに相手を心底嫌いになっても、別に日常で関わることがある訳でもないから。日常的に顔を合わせる相手だったら、こんなことしないわ」
「……この結婚相談所に来ようとする人が……減るんでは?」
ジョシアの疑問に、ミアが、そーね、と肩をすくめる。
「正直、1組目がすんなり行き過ぎたのよ。あそこはたまたま上手くいっただけで、実際、思っているようにことが運ばないことの方が多いんじゃなくて? それに、形ばかり上手くいっても、結婚生活は長いわ。この結婚相談所に相談すると結婚は出来るけど離婚も多いと言われる方が、困るわ」
「いえ、離婚云々の前に、結婚も出来なさそうだ、となると……」
ジョシアの言葉に、ミアは首を横にふる。
「一応、二人には次の人を用意しているのよ。お兄様にはそうする気はないと言ったけれど、二人の今の基準で、OKとなりそうな相手。勿論、相手の気持ちもあるものだから、一概に結婚に話が向かうかはわからないし、本当は今の基準を変えて欲しいから嫌なんだけど」
「……この見合い、する意味って……」
ジョシアが首を傾げる。
「あるわ。結婚って、きっと価値をすり合わせなきゃいけないと思うの。だから、自分の言いたいことを言って、かつ相手の言っていることの話を聞かなきゃ。二人は、言いたいことは言えても、話を聞けないわ。だから、話を聞く練習よ」
「話を聞く……練習ですか」
腑に落ちない表情でジョシアが曖昧に頷いた。




