15.女主人の仕事
「いいえ、やってもらいます!」
明らかに駄目な空気だと分かっているからこそ、ミアはきっぱりと告げた。
クエッテもマーガレットもミアに冷ややかな視線を向ける。
「いやですわ」
「絶対無理だ」
取り付く島もない。レインは小さくため息を零した。
「いえ、やります」
それでもミアはきっぱりと告げた。
「……どうせ、この見合いは上手くいくことがない。やるだけ無駄だ」
クエッテがそっぽを向いた。マーガレットがわなわなと震えている。
「言われなくとも、私もこんな相手とは御免ですわ!」
プイ、と効果音が付きそうな様子で、マーガレットもクエッテと反対方向を見る。
ミアは天井を仰いだ。
クククク、と場にそぐわない笑い声が聞こえてくる。言わずと知れた、キャロラインだ。
「何だ?」
反応したのは、クエッテだった。
「いや、面白いと思ってな」
キャロラインがわしゃわしゃとカルロを撫でる。カルロは既にキャロラインに撫でられるのに慣れたらしく、以前のような困った顔はみせなくなった。
「何がだ」
クエッテの声は固い。勿論表情も険しい。
だが、これ以上状況が悪くなることもないだろうと、ミアとレインは静観することにした。止めたところで、キャロラインだ。止められそうな気がしなかったのもあった。
「王家の騎士ともあろうものが、こんな小娘にカリカリと。底が知れる」
「キャル様!」
ミアも慌てる。流石にこれは、これ以上状況が悪くなる油になりそうだ。
「底……」
真っ赤な顔をしたクエッテが、何かを耐えている。
気が付けば、ジョシアも応接間に出て来ていた。流石にキャロラインに怪我があってはまずいからだろう。
「小娘ですって!?」
そして、小娘呼ばわりされたマーガレットも、キィ! と声を挙げた。
レインは首を小さく振った。もっと最悪な事態が起こるとは、想像もしていなかったからだ。
レインがミアを見れば、ミアがコクリと頷く。落ち着いているミアの表情から、レインはミアが何か妙案を思いついたのだと理解して、心の中でホッとする。
「でも、今のお二人には、第三者にはそのようにしか見えないと言うことですわ」
ミアの言葉に、一瞬、応接間の中がシンと静まり返った。
レインは焦る。ミアにアイコンタクトを取ると、ミアは大丈夫とでも言うように、首をゆっくり一度だけ横にふった。レインにはミアの意図は分からなかったが、口を挟むのは辞めることにする。
「何ですって!」
「……納得がいかん」
不満そうな二人の声の後に、ハハハ、と笑い声が響く。当然、キャロラインの声だ。
「自らがどのように見えているのか理解していないとは愚かだな」
レインは頭が痛くなってこめかみを揉んだ。ジョシアは申し訳なさそうにミアとレインに視線を向けた。
「そういうあなたはどうなのよ! 黒いフードかぶって、キモチワルイ!」
マーガレットがキャロラインに叫ぶ。
「私は理解している。それに、そう思われてもいいと思ってやっているのだ。誰かに好かれたいとは思っていないからな」
だが、キャロラインは飄々と告げた。ミアもレインもジョシアも、そうだろうとも、と心の中で頷いた。
「私は自分のことが分かっている。わざわざ誰かに好かれなくともよいと思っているのだ!」
クエッテが強く言い切る。
「じゃあ、なぜ結婚しようとするんだ? 好かれる気もなければ、しなければいいじゃないか」
キャロラインが肩をすくめる。
「好かれていなくても、結婚は可能だ」
クエッテが吐き捨てる。
「クエッテ様。確かに好かれていなくても、結婚は可能ですわ。ですが、私共としては、お互いに少なくとも嫌っていない相手と結婚していただきたいと考えております」
ミアの言葉に、クエッテが立ち上がった。
「私はそのようなことは望んではいない。ただ、結婚相手を紹介してくれればよい」
クエッテは帰り支度を始める。
「クエッテ様。お座りください」
ミアがきっぱりと告げた。
「いや、私は帰る」
「クエッテ様。お座りください」
ミアは尚も告げた。
「帰ると言っている」
クエッテは取り付く島がない。
「クエッテ様。お座りください。お見合いを組むに当たり、3回はきちんと会っていただくと約束をしたはずです」
ミアがクエッテを淡々とした声で追及する。
だがクエッテは首を横にふって、皮肉げに笑った。
「1回目は、もう約束通り来たではないか」
「滞在時間は30分で、お二人で会話したのは、ほんの少し。しかも、互いをののしる言葉だけ。それでお見合いをしたと?」
ミアの問いかけに、クエッテが頷いた。
「見合いの場に来るのだけが約束したことだろう?」
クエッテの顔は、堂々としていた。
「確かに、そういうお約束でした」
ミアが頷く。
「では、私は帰る」
きっぱりとクエッテが宣言した。
「クエッテ様は、見合い相手を罵るだけ罵って、見合いを受けるつもりがないようですし、結婚相手に対して嫌われていてもいいと思われているようなので、たとえ結婚したとしてもすぐお相手に離縁されるのではないか、と上司のカセドラ様に報告しておきますわ」
ミアの告げた言葉に、クエッテが止まる。
「なぜ、カセドラ隊長に、報告されるのだ」
クエッテの表情は固まっている。カセドラ隊長は、王都の騎士団の隊長のことだ。
「そもそも、お見合いの話はカセドラ様より承った話ですから、私はありのままを報告するだけですわ。そうですね、結婚する気はなさそうに見える、とも付け加えておきます」
ミアがニッコリと笑う。
「いや、相手がこれだから私は罵っただけだ! それに、私だって……結婚したいと思っている!」
クエッテが焦った声を出す。
「ですが、この見合いでの様子を見る限り、クエッテ様は結婚には否定的に思えますわ」
ミアの言葉に、クエッテが首を振る。
「私が言うことに従ってくれさえすれば良い。このように口答えをする相手など御免だ」
「メイドを雇えばいいんじゃないか」
キャロラインの言葉に、クエッテはキャロラインをギロっと睨みつける。ジョシアが緊張する。
「私は妻が欲しいのだ」
クエッテの声は低い。
「言うことに従って口答えをしないのは、メイドくらいのものだろう」
キャロラインはケロッとした声で告げた。
「そういう妻もいる」
「……クエッテ様、お相手にも意思はありますし、クエッテ様の希望通りの方は、私共では紹介出来かねます」
「……ならば、どうしろと言うのだ」
不機嫌な様子で、クエッテがソファーにどさりと座った。
「お見合いに3回、きっちりと出席してください」
ミアは同じ説明を繰り返した。
クエッテは大きなため息をつきはしたものの、もう立ち上がることはなかった。
だが、今度はマーガレットが立ち上がる。レインは遠くを見つめる。一難去ってまた一難だ。
「いてもどうもなりそうにないですし、私は帰りますわ」
ツン、とすました顔で、マーガレットがクエッテを一瞥する。
「お約束と違いますわ」
ミアの言葉に、マーガレットが首を振る。
「お見合い分のお金は支払いますわ。それでよろしいでしょう?」
「男爵様からは、3回、きっちりとお見合いを受けるようにご依頼を受けておりますので」
ミアがはっきりと告げる。
「……でしたら、3回受けた、と報告すればいいじゃありませんか」
マーガレットが片眉を上げてミアを見る。
「私は、嘘は言いたくありませんので。きっちりと、まず出合い頭にクエッテ様に嫌味を言って、お相手の不興を買った、と報告させていただきます。そして、今マーガレット様がおっしゃったことはそのまま、お伝えいたします」
「それは、やめて下さらない?」
「それから、エルグレド侯爵様へもご報告を」
淡々と告げるミアは、しっかりとマーガレットを見ている。
「やめて!」
マーガレットが激しく拒否反応を示す。レインは、エルグレド侯爵が、マーガレットの祖父に当たることを思い出した。男爵は、エルグレド侯爵の3男で、エルグレド侯爵の爵位を譲られて男爵になったのだ。
「おじい様は本当に怖いのよ! 婚約破棄された時だって、本当に怖かったんだから!」
ぶるりと体を震わしたマーガレットに、レインは、どうやら祖父が一番怖いのだと理解する。だが、次の瞬間、でも、とマーガレットは落ち着いた様子を見せる。
「どうしてあなたたちがおじい様と連絡を取れるんです? 親交もないはずですのに」
そのマーガレットの疑問は、もっともだった。侯爵と男爵という立場の違いと、そもそもレインは社交の場には出て行っていなかったし、ミアも令嬢という立場で、個人的に新交があるはずはないのだ。
「脅しなら、無駄よ」
マーガレットの言葉に、ミアがおもむろに封筒を取り出す。
「では、こちらの手紙を」
マーガレットはその手紙を見て、目を見開く。
「これは……おじい様の……」
エルグレド侯爵家の封印が押されている。それは、偽造しようがないものだ。
「ええ、そうですわ。中の手紙も読んでくださいますか?」
手紙を開いて読み始めたマーガレットが、徐々に青ざめる。
「……一体どうして……」
「私たちは、侯爵様のご希望も叶えねばならないようですので、お座りいただけますか?」
ミアが堂々と告げると、マーガレットが崩れ落ちるようにソファに座り込んだ。
「それでは、お二方。先ほど言いましたように、お互いの良いところを探してくださいませ」
ニッコリと笑うミアが、レインには何時もの妹とは違う様に見えた。
まだ再公開してない三谷作品で、これ読みたい! と思う作品があれば、感想欄でいいのでコメント下さい。その作品を公開してほしい要望が10あれば、再公開を検討します。
ただ、既に消してしまった作品も多いため、おこたえできない可能性もあることをご了承ください。
あと、タイトル忘れちゃってても、ストーリーを何となく書いてくれればわかると思いますので、それで大丈夫です。




