11.毒舌姫と変態王子のデート
どうしてこんなことに。
そう思っているのは、ミアだけではなく、ジョシアもだ。
二人は今、王都にある一番大きな庭園に来ている。その庭園は、庶民にも開放されていて、人出は多い。
いわゆる、デートだ。
命じたのは、勿論キャロライン。当のキャロラインは、サムフォードの家の応接間でカルロをわしゃわしゃと撫でまくっているはずだ。
ミアとジョシアの婚約を印象付けるためだ、というのがキャロラインの言い分だった。
ミアとジョシアは抵抗したが、キャロラインの前では無駄だった。
さすがに護衛のはずのジョシアがキャロラインから離れるのはどうか、という異議が申し立てられたが、風の魔法で邸宅を覆い訪問者を吹き飛ばす、という何とも乱暴な解決案を提示された。勿論、レインが訪問者全てが吹き飛ばされては困る、と抗議したため、サムフォード家は今、薄い膜のような風が張られ、普通の訪問者および侵入者がわかるようになっている。とりあえずミアは、キャロラインの魔法で家が木っ端みじんにならないことだけを祈っている。
そして、一応これも単なるデートというわけではない。ミアとジョシアの前には、アイルとミカルノの二人が従者をつれて連れ立って歩いている。
ミカルノの腕にアイルの手が添えられ、見た目は間違いなくデートだ。あのミカルノが、今日はおおむね普通に紳士に見える。いや、普通に見えてもらえなければ、ミアだって困るわけだが。
とりあえず、二人の会話を聞いている限り、ミカルノがあの性癖を爆発させている様子はない。ごく普通の会話……とは言えないが、概ね良好なコミュニケーションが取れているように思う。
「今、フローロ劇場でやっている歌劇を見に行きましたの」
「『モイストンラブルの夕べ』ですね?」
ミカルノを見るアイルの目が輝く。
「あら、ご存じなのね」
それでも、その言葉は冷たい。
「ええ。一応のたしなみとしては、拝見しましたよ。とても悲しいお話でしたね」
「あら。やっぱり殿方には、あの悲しい恋の機微など、理解されませんのね。悲恋だからこそ、面白いんですのよ」
アイルが馬鹿にしたような態度で告げる。普通の相手であれば、その態度はマイナスにしかならないが、相手はミカルノだ。アイルの言葉にうっとりしているに違いなかった。
「切なく身を焦がす気持ちは、わからなくはありません。私も身を焦がしたいのです。アイル嬢の手で」
ミアとジョシアは顔を見合わせた。どちらの意味でミカルノが告げたのか、意味を取りかねた。
「……ぶしつけではありませんこと?」
そう言って、ふい、と顔を背けるアイルの顔は、ほんのり赤らんでいる。どうやら言葉通りの意味としてアイルには捉えられたようだ。
「いえ。私はいつでも覚悟がありますので。アイル嬢の手で……」
ミアとジョシアが横に並び、ジョシアが咳ばらいをすると、ミカルノがハッとした。
「私の手で、何ですの?」
「いえ、アイル嬢の手にかかれば、私の気持ちなど簡単に喜びにも哀しみにも動かすことが出来るでしょう」
ミアとジョシアはホッと息をつくと、また足取りを緩めて、アイルとミカルノの後ろについた。
ミアは、このデートが始まる前に、ミカルノに口酸っぱく注意しておいた。性癖を明らかにするような発言を慎むように、と。だが、万が一のために、もしそのような発言をし始めたら、ミアとジョシアが横に並び咳ばらいをするので約束を思い出してほしい、と告げていた。
このデートの中で、既に3回目。だが、まだアイルには不審がられていない。
「そんなこと、口先だけで何とでも言えるわ」
ツンとしたアイルは、ちらりとミカルノを見て、ふいと顔を背けた。
でも、その耳は赤かった。
長年、アイルとその婚約者であるロットとの関係は、冷え込んでいたとも言われている。アイルはきっとロットからはこのような熱い言葉をかけられた経験が乏しいに違いない。だからこそ、ミカルノの情熱的に聞こえてしまう言葉が、アイルの耳に届きやすいのかもしれない。
ミアは、思いがけない効果ではあったが、今後のマッチングに役立てようと心に誓う。
やはり多くの女性は、情熱的に求められたいという希望が、心のどこかにはあるのだろう。
それでも、ミカルノの少々暴走してしまう性癖はどうにかしたいものだと、ミアはひっそりとため息をついた。
「ミア様も大変ですね」
ジョシアのトーンを潜めた言葉に、ミアが肩をすくめる。
「私よりも、ジョシアさんの方が大変でしょう? キャロライン様の命とは言え、こんなデートの真似事まで」
「いいえ。むしろ私はラッキーだと思っていますよ?」
「ラッキー、なの?」
ミアの顔が赤らむ。
そうやってひそひそと会話している姿が、仲睦ましいように見えているとは、勿論ミアもジョシアも知らない。
「アイル嬢、その木陰で一休みしませんか?」
ミカルノの声に、ミアとジョシアはミカルノたちに意識を戻す。
「イヤよ。ドレスが汚れてしまうわ」
ツン、とアイルが顎を上に上げる。だが、ミカルノは頬を緩めている。
「では、私が椅子となりましょう」
「変なことをおっしゃらないでくださる?」
ぎょっとした様子のアイルに、ミアとジョシアは慌てる。
「ミカルノ様。敷物でしたら私どもで用意してきましたので、身を挺していただかなくても大丈夫ですわ」
ミアが、ジョシアが持ったかごの中から、キルトの敷物を取り出す。
「そんなこと……」
ゴホン。とジョシアに咳ばらいをされて、ミカルノが口をつぐんだ。
「アイル嬢のドレスを汚すよりも、私が身を挺した方がよっぽどいいと思ったんです」
言い換えたミカルノに、アイルが少し居心地が悪そうに目を逸らした。
「ミカルノ様は、少し表現が過剰すぎますわ」
「そうですか? これは、私の気持ちの十分の一も表現できていないと言うのに」
アイルが耳を赤くしてうつむく。
「そう言うのが、過剰だと言っているんですわ」
言葉じりはきつかったが、その表情はどこか嬉しそうにも見えた。
ミカルノの真実を理解しているミアとジョシアには、アイルが受け取ったようには全く受け取れなかったが、真実を知らなければ、熱烈な愛の言葉に変換されるものらしい。
真実を知らないというのは、ある意味幸せなことなのかもしれないとミアは思った。
*
「で、どうだったんだ?」
サムフォード家に戻ると、珍しくキャロラインがホールに顔を出した。どうやら二人の到着に気付いて、風の魔法は解除されていたらしい。
「そうですね。……アイル様が真実に辿り着かなければ……このまま結婚へと話が進むと思いますわ」
ミアの報告に、キャロラインが首を横にふった。
「違う。あの二人の事にはもう興味などない。ミアとジョシアはどうだったか、と聞いている」
話を聞くためにホールに出て来たレインが苦笑している。ミアだって苦笑しか出てこない。
「キャロライン様。ですから、我々はふりをしているだけですので、どうなるも何もありません」
キャロラインを叱るようにジョシアが告げる。
「ふりでも何でもいい。二人は婚約していると印象付けられたのか、と聞いている」
キャロラインはため息をつきながら、ジョシアを見る。
「……それは……」
「ミア、どうだ?」
言葉に詰まるジョシアを見て、キャロラインの視線がミアに向く。
「……特にこれといったことはしておりませんが」
ミアが首をかしげると、キャロラインが大げさにため息をついて首を横にふる。
「それじゃ、ダメだ。……よし、妙案がある」
キャロラインの宣言に、ミアもジョシアもレインも曖昧な表情で微笑んだ。
「何だ、その顔は?」
「いえ、キャロライン様の妙案は、大抵……我々の予想の範囲を大幅に超えたものですので」
ジョシアの言い分に、キャロラインがふ、と鼻で笑った。
「想像力が欠如しているだけではないか」
「……そうでしょうか」
ミアが首をかしげる。キャロラインの発言を予想できた記憶は一度もなかった。
「今度のは、ごく普通、一般的なことだ」
キャロラインの「ごく普通、一般的」なことが、本当に一般的なことなのか、ミアは勿論、レインも疑いしかない。
「それで、その普通の思い付きとは、何ですか?」
レインが問いかける。
「近いうちにどこかの夜会に二人で出かければいい」
ミアは拍子抜けする。確かに、想像できない奇抜なアイデアではない。
「ですが、キャロライン様。ミア様は男爵家令嬢ですので夜会へ参加することは問題ないでしょうが、私には、参加の資格がないかと思われます」
ジョシアの言い分に、ミアもレインも確かに、と頷く。
が、キャロラインは憮然とした表情で口を開く。
「男爵家令嬢の婚約者だぞ? 十分、夜会への参加資格はあるだろう?」
「キャロライン様。ですからそれは、建前だと言っているではありませんか」
「ミアがあの男に付きまとわれて困るよりいいだろう?」
「それは……」
ジョシアが黙り込む。
「あの、キャロライン様」
見かねたのか、レインが口を開く。
「何だ? レイン」
「我が家の窮状を皆知っているため、夜会の招待状は全く届かなくなったんです」
レインの言ったことは事実だった。お茶の誘いも、ミアの仲の良い友達だけからしかない。
「では、クォーレ家である夜会に出るか?」
「……キャロライン様。それは、ちょっと……ジョシアさんには酷かと」
ミアが首を振る。
婚約したふりで、自分の職場であるクォーレ公爵家の夜会に出るなど、その後のことを考えると、ミアはジョシアに同情の気持ちしかわかなかった。
「そうか?」
うむ、とキャロラインが考え込むのを見て、これでこの話は終わりになるだろうと、三人は思った。
あ、とキャロラインが口を開く。
「あの二人の家で行われる夜会に誘ってもらえばいいではないか」
「あの二人、ですか?」
「ああ、毒舌姫と変態王子の二人だ」
「キャロライン様! 言葉を慎んでください!」
ジョシアがキャロラインを叱る。
二人が誰かは分かったが、確かに言いすぎだとミアとレインは頷いた。




