第五話 食事
「あっ、ごめん。僕が最後だったね」
あの後、体や魔力など変わったところはないかを確認した後にひと眠りした。起きたときにはすっかり日が暮れて星が浮かび始める時間帯だったため、慌てて食堂へと直行。しかし既に全員が座って待っていたため、謝罪をしてから席に着く。
目の前にはユレイアが作った料理が置かれており、どれもおいしそうだ。
思わず垂れてきそうな涎を抑えて、手を合わせる。
「それじゃあ……いただきます!」
「「「「「「いただきます」」」」」」
僕の合図のあとにみんなが合わせ、そして晩御飯へと手を付け始めた。
まずは超高級肉であるベヒモスの肉が使われたステーキにナイフを入れて、慎重に口に運ぶ。瞬間、口の中に肉汁が溢れ出し、噛めば噛むほど旨味が広がっていく。
「んくんく、んきゅっ。……うん、おいしいよ、ユレイア!」
「ほ、ほほ、本当ですか、ユキ様!? あぁ、この日のために準備してきた甲斐がありました。しかし申し訳ありません。ベヒモスの別個体が現れるまでしばらく時間がかかるようで、毎日お出しすることができません。ですが――」
「い、いや、大丈夫だから!? 別にそんな毎日豪勢な食事がしたいわけじゃなくて……その、何? えっと、ユレイアの作ってくれた料理なら何だって嬉しいからさ。張り切らなくて大丈夫だよ?」
悲しそうに喋るユレイアの話を止めて、励ましの言葉と共に、そんなのを毎日出されても困るからやめてほしいと暗に告げて宥める。
すると、ユレイアが虚ろな目をして何事かぶつぶつ呟き、やがてどこにそんな容量があるのか口の中に目の前の料理をかきこんで、食堂から走り去っていった。
「あー、うん。食べよっと」
一旦ユレイアのことを無視して食事を再開する。
「ふぅ、ごちそうさま」
残すのはもったいないと、無理して完食し、手を合わせて挨拶をする。それを待っていたのか、既に食べ終わった、未だ帰ってこないユレイア以外も手を合わせて挨拶をした。
ふと視線を感じてそちらに向けると、恍惚な表情を浮かべるアリスの姿が。
頷いて首元を見せるように軽く顔を傾かせる。すぐにアリスが近寄ってきて、ゴクリと唾を飲んだ。
「ん、いいよ?」
「い、言われなくても勝手に飲みますわ!」
口を僕の首元に当てて牙を立てると、皮膚を破って中に侵入してくる。
「……んっ」
血を吸われるという、もう何年も続けてきた行為に未だになれず、思わず息を漏らすと、アリスもそれに同調するかのようにビクンと体を震わせ、首元が血ではない別のもので濡らされていく。
アリス曰く、僕の血は死んでもいいと思えるほどおいしいらしく、僕の血を飲んでしまうと他の生物の血なんかは泥のように不味いのだとか。
そう考えると、この六百七十年間は僕の血を飲めなかったわけだし他の生き物の血を飲んでたってことだよね? 毎日泥を飲み続けるか……想像しただけでも可哀そうすぎる。酷いことしちゃったなぁ。
「んんっ、あ、アリス? そ、そろそろ僕も血が……。の、飲みすぎ……」
考え事をしている間にもみるみると血を吸われていき、人間の僕には流石にキツいところまで達してしまう。
いくら世界屈指の力を持っていようと、血が少なくなってしまったらどんな人間でも耐えられない。まぁ、血を必要としない生き物とかもいるんだけど……。
いつもなら言われた時点ですぐにやめるアリスが、いつまでもやめないことに気が付き、アリスへと視線を向ける。
そこには、汗をびっしりと浮かべ、細かく震えているアリスの姿があった。
「え、ちょ、アリ――」
瞬間、アリスの足辺りから湯気がもくもくと立ち始め、水の音が鳴り響いた。
慌ててアリスを引きはがすと、なるべく目を向けないように体を支えて、最も適役なシャロンにアリスを渡す。
「何て幸せそうな顔で気絶してるのよ……。でも、私も血が吸えたらこんなことになるようなものが……ぶつぶつ」
……今すごく危険な言葉が聞こえた気がしたけど、恐らく気のせいなのだろう。
シャロンがアリスをどこかに運んでいったところで今度は僕の下にアイが近づいてきた。
「……マスター、魔力欲しい。ちょうだい?」
「か、かわ……コホン。うん、いいよ。じゃあおでこを近づけて?」
思わず出しそうになった言葉をしまい込み、近づけてきたおでこに手を乗せる。
ちなみに、アイの種族である機械種が血を必要としない種族のうちの一つだ。機械種は魔力炉というものが体内に備え付けられており、そこにためられた魔力を動力源としている。そのため、定期的に魔力を注入しなくてはいけないのだ。
本来、機械種は魔力さえ注入できれば、相手は誰でもいいのだけれど、アイは僕以外の魔力を入れると汚されると言って僕以外から貰いたがらない。
非常時のために魔道具に溜めておいた僕の魔力があるから、多分それを使ってここまで耐えてきたんだろうけど、これで心配せずアイは僕の魔力を貰うことができる。
おでこに当てた手へと魔力を動かして、急に注入されないようにゆっくりと入れていく。気持ちがいいのか、アイは僕の背中に手をまわしてギュッと抱き着いてきた。
女の子特有の甘い匂いが鼻を通り抜けていき、クラっと眩暈がする。
「っとと、こんなものかな。はい、それじゃあ少し部屋で休んできな?」
「……うん、分かった、マスター。バイバイ」
魔力が満タンになる一歩手前で注入をやめて、頭を二回優しく叩くと、名残惜しそうにしながらも手を振って食堂から出て行った。
残ったのは、ギルドの男、バレンとルーウェンに僕のみ。
「それでは、私は城内の見回りに行ってきます」
「あ、うん。いつもありがとね? 何か困ってることがあったらいつでも僕に――」
「いえ、お気持ちだけで十分です。ゆっくりとお休みください」
ルーウェンは一礼をして、食堂から出て行ってしまう。
大きく息を吐き、しかしみんな僕のことを好いていてくれてるからこその反応だと思うと何だが嬉しい気持ちになる。……まぁ、二人ほど良くない反応があったけどね。
「……ったく、大変だなぁ、ユキは。あんなにも好かれてると逆に疲れるだろ」
「ん、まぁね。でも待たせたのは僕の責任でもあるし、しばらくは付き合ってあげようかな。バレンも、何かしてほしいことがあったら言ってね? 可能な範囲はやってあげるからさ」
リーリアの言葉を思い出しそう言うも、すぐにバレンの性格を思い出して、はっとする。
だが、時すでに遅く、バレンが喜びの声を上げた。
「そうか! なら、俺とバトルしてくれよな? 当然ハンデはつけてもらうが、俺が飽きるまで付き合ってもらうぜ?」
「……が、がんばるよ」
しょうがないと諦め、バレンからの提案に了承する。
「話が変わるがよぉ、前から思ってたんだが、このギルドってレズしかいねぇのか?」
「は、え? レズ? そ、そうなの?」
「……あぁ、なるほど。まぁいい。なんでもねぇわ。そんじゃ、俺も戻るとすっか。あっと、それと、世界征服するなら戦争の要素も入れといてくれ。強いやつがいなくて暇してるんだよ。頼んだぜ」
バレンも、手を上げて振り向かずに食堂から去っていった。
……待って。四人全員レズだったの?
次話は明日の午前九時です!