ねえサルハチ。サルハチはどうちてスイカ届けてるの
「ねえサルハチ。サルハチはどうちてスイカ届けてるの。郵便屋さんなの?」
「うーん…と。」脳味噌をどこかに落っことしてきてしまったのか記憶があやふやなものとなっている。確か、光子にスイカを届けに行っていたのだ。
「友だちに届けに行ってたの。」
「へー。すごいねー。」本当にすごいと思っているのかこいつは。
青息吐息でずんずんと帰路につく。それでもヤツはついてくる。歩幅を変えてみてもぴったりとくっついてくるので、途中で無駄な抵抗は諦めた。
きっと人じゃない何か。バケモノの類いで、よく昔話に出てくる人を騙して食う―とか恐ろしい企みをしているに違いない。そんな生き物が昔話として残っているのなら実際存在していても不思議ではないだろう。
そういうことにしておこう。内心怖くて泣きたいけれど、弱みを見せたらまた噛まれる。そういえば噛まれた足からあの不気味な液体は止まっていた。あれは何?
今日起きた出来事だけで一ヶ月分の情報量があるのではないか?
もううんざりだ。
そうこうしている内に我が家が見えてきた。思わず駆け足になり、後ろからヤツも走ってついてきた。
「……あたしだよ!開けて!門限過ぎたからってこれはないよお母さん!ねー!」
思いっきりドアを叩いても返事はない。
「海美ぃ~!凪助!お姉ちゃんだよ開けてーっ!」
ああ無情な。
確かに窓から漏れる灯りは…家族がいる証拠だった。これまで門限を過ぎたことは多々あった。家の長である母は問答はあるけれど必ずドアを開けてくれる優しいお母さんだったはずだ。
けれどこちらのただいまコールを完全無視し冷徹に徹する母の意思は恐怖意外の何者でもない。
「…あれ。」
玄関の隅に割れて無残な姿になったスイカが放置されている。
エイコが届けに来てくれたのだろうか?
だったら直接私に渡してくれたほうが断然事が大きくならなかったのに!
「どうしよう…家に入れないとか。人生初だよ…。」今宵は人生初体験奮発。
「嫌われてるんだーサルハチって。」
偉そうになんなのだ。ちゃっかりスイカをなめていた「チョゲ」が楽しげにすりよってくる。こいつは死神に違いない。
「スイカもっとちょーだい。」
「あれ?な、なんで?」手元にはスイカがある。何故、割れたスイカが二つも?
訳が分からない。「もういや…やだよ。」涙が出でそうになり、すんでの所でこらえた。弱み云々とチョゲの前で涙を見せたら笑われそうな気がするからだ。
「サルハチもスイカ食べれば?」
「怒られちゃうでしょーが。」っていっても…割れてるんだから食べても文句は言われないかな?
空腹なのは変わらない。例えスイカ嫌いの私でも…背は腹に代えられぬ。
「閉めだしされたなんて笑いのネタになっちゃうよ…。」このご時世、こんな刑罰を下されている娘…なかなかいない。近所のおじさんに見られたりしたら噂になってしまうかもしれないのだ。
千里を駆け抜ける噂をこの偏狭で食い止められはしない。
村中の笑い者になってしまうのは猿橋一生の不覚という奴なのである。
「よかったねーっ幸せものねーっ!」
「あのね…私の噂を聞いた人はこの上なく楽しいでしょうけど、本人はどん底よ!」
割れてしまった一切れを口に放り込む。スイカ好きには申し訳ないがじゃりじゃりとした食感と甘いのかしょっぱいのか分からない味が咥内に広がり水が欲しくなる。
とことんついてない一日だ。
「あんたはきっと…人生に一度は現われるという妖精か何かね。それとも死神?」
「妖精って羽がついてるんでしょ?あたいは羽生えてないよ。」
「人面犬はおじさんのはずだもん。」
「じんめんけん?なにそれ?」きょとんと首を傾げられ長嘆息が漏れる。
先に述べたようにいつぞや茶の間をにぎわせた人面犬の子孫はひっそりと人里の隅で生き延びていた…となれば、空想たっぷりであるけれど納得はいく。大抵頭部はおじさんだったはずだがオスがいるならメスが居たって不思議ではないのだ。
こうなるとツチノコだって雪男だって世界のどこかで潜んでいる疑惑が浮上してくる。
こういうのは私ではなくて妹の専科なのだろうけれど…。
「朝になったら私から離れないと、村の人にあんたのこと言いふらすから!」
「サルハチ変なひとになっちゃうよ?」
くう。そうゆう所だけ悧巧なんだからっ。「へんなのー。あたちはどうせミンナにはみえないの。」と零していたあたり、奴は幻覚の手先なんだろう。