最後
彼は彼なりの思想で孤高を貫いていた。淀みのない銀の光はそれを表していた、凝視すればするほど彼は神々しく勇ましく気高い。全てが女王なら彼こそ真の王なのだろうか?
…そんなことおこがましくて。私は息を殺して彼の姿態を目で追った。
「あれなに…?」
疑問符にいち早く反応したネムスフキーとばちりと眼が合う。冷たい冬の夜を切り取った瞳が神秘の力で満ちている。畏怖までも漂わせるそれは私を確実に凝視していた。
私が何であるか理解しているみたいだった。
口元に塊が加えられている。獣?──獣にしては丸っこくて、ぞっとさせる造形をしていた。
悲鳴を上げる前に逃げ出したくなった。彼がいつ、寡黙で無害ないきものだと錯覚していたのだろう。奴らと同じ獣なのに。
ネムスフキーの口元にチョゲの頭が加えられている。彼の眼がぎらりと不気味な輝きをして沈下していった。
歩みを止め身軽にこちらへ降りてくる。初めて私に歩み寄ったネムスフキーは夜叉の如くおぞましく、悪魔に見えた。光に包まれていたせいで彼の醜さがありありと観察できてしまう。
「…それをどうするの」
蔑視されているにも関わらず彼は耳をピンと立てていた。見放すまいと私を凝視して放さない。
彼がやったのだろうか。チョゲの首を噛みちぎって──あのまま放置したのは。
「……」
あの、か細い遠吠えはチョゲだったのだろう。最後の力を込めて私の叫びに応えた。蹴散らされる前に鳴いた一声であった。…そうならば、彼女は何を伝えなかったんだろう。
土に塗れたチョゲの生首を咥えたままじっと私を見下していた。ふらふらと揺れるその顔を私は今さらながら知っていた。
エイコに似ていた。
チョゲは…エイコの妹で。
電車に引かれそのまま──野犬に貪られて。
「…やっぱり…」
「チョゲ」は野犬に貪られた状態で見つかったのだそうだ。彼女の無残な亡骸は隣町の霊園に…。
エイコはもしかしたら廃線になったあの駅で妹の最後を想像していたのかもしれない。ホームの対岸で無邪気に遊んでいた妹の姿を。
同じ日に。同じ時刻で。
「ちょげは…あなたも元は人間だったの?」
ネムフスキーは何も言わない。ただ寡黙そのものでこちらを伺っている。
「あなたは誰なの?この村の人なの?」
死していった者どもは山へ行き先祖の霊となり村を見守る。それが村の死後の概念だった。山の世界こそが死後の異界として扱われていた。
彼はいったい何をして死んでしまったのだろうか?