死後のホーム
黄昏時のうす暗い中、同化する黒がうぞりと蠢いた。死後に迎えにきた悪魔?
本気にしそうになって背筋が凍りついた。
けれど白い相貌と彼女の纏っているジメっぽい雰囲気は悪魔より恐ろしかった。
私の視線に彼女はちらりと尻目に一個横へずれた。どうぞと態度で表されて断れなくなる。渋々ホームヘ上がることにした。
影井 詠子が喪服のままホームに座っていたのだ。
「ああ。いたんだ。もう行っちゃったのかと」
これが初めてだった。こうして視線を合わせて話しているのは。
「…行っちゃった?」
「あの世に」
さっぱりとした口調で彼女は言い放った。
あの世。そうか。もう。この世では生きていけない。肉体すら失ってしまったのだ。
「ご愁傷さま。葬式もドタバタして休まる気がしなかったでしょ」
さっきから他人事だ。まあ他人であるけれど。
「…君の妹さんカルトにハマってたみたいだね?それに…様子がおかしかったし」
「海美は良い子だよ」
あの子はとっても大人しくて気弱で…独りでは生きていけない子だ。──そうだったはずだ…。今はもう、道の誤りも正すこともできない。
臆病者が。人を殺せるはずがない。
罰があたったのだ。海美のような善なる臆病者が悪事を働いてしまった代償はでかかった。
「…死者の花向けを踏みにじるのはよそうかな」
クールというか人間味がないというか。彼女は予想をはるかに上回った印象だった。
「あははっあの子も酷いもんだ。私が脅したら慌てて猿橋さんの葬式に参拝したみたいだね。私の脅し文句は鶴の一声だから」
詠子さんがけらけらと笑う。
私の存在を者ともせず会話する。けれど、あの夜に感じた印象とはまた違う一面を見てしまった。
彼女は陰湿だった。
「私は死者が見えるんだ」
きっと彼女にもそう告げたのだろう。
そして犯人に自供させた。仲間が死ぬ所を見せつけて…自らの過ちを認めされた。その子に私がつけていたワッペンをつけさせて、葬式に参加させた。
「詠子さんはどうやってワッペンを剥ぎ取ったの?」
「虫の知らせかな。私、良く死体を見つけちゃうんだ。山を散歩したりするとだいたい」
犬も歩けばと申したいのかもしれないが、彼女の場合闇があるのだと悟る。くわえて打ち明けてくれないことも。
「…光子さんがいたんだ。あれこそ晴天の霹靂というのか、いや、偶然はあるのか…光子さんはご存知だと思うけどスイカを取りに行こうと夜な夜なあなたの家に向かっていたそうだ。そこで妹さんとあの女の子があなたを運んでいるところを発見してしまった。…あたしは姉の墓参りで路頭に迷ってただけなんだけど」
まだ墓参りにこだわっていたのか…なにがなんでもさが伝わってくる。
「大分錯乱して参ってたもんで、私がなんとかすることにして解散した。そのときにワッペンを頂戴したんだ」
山を下りて光子の両親と相談し、死体を見に行った。すると死体はさっぱり消えていたらしい。光子の両親は真実を知っていて今日中に私の両親へと在るべき真相を伝えようとしていた矢先だった。
あんな形で終わってしまうなんて誰も予想しなかっただろう。
いや、詠子はトリッキーとなって妹を苦しませたのだ。
混乱してしまうほどの衝撃を与えてしまったのである。…決して妹のしたことは許されない。大罪を犯したのだ。
けれどそれにしたって呆気かった。
「海美は今、どこにいるか分かる?見かけた?」
私がさ迷ったように異界を放浪しているだろうか?
「さあ。きっと恐ろしい世界を彷徨っているんじゃないのかな?人殺しへ容赦なさそうだからね、あの人たち」
あの人たち?
地獄の門番?あの狼たちは地獄の鬼たちだったのだろうか?分からないまま私は妹を哀れに思う。
「そうだ。私を墓に案内してよ。地元民でしょ?」未だに墓参りへの熱意を燃やしているらしい。
「いいよ」