地獄行き
あれから、流れるように時間は進んだ。私が呆然としていたせいかもしれない。
私は胸に抱いていた日記帳を、さらに強く抱きしめる。混乱してちぐはぐな記憶を噛み締めて涙をこらえる。
私は死んでいた。
スイカは好きだったよ。でも、私はスイカみたいに割れちゃったんだ。割れてからスイカが嫌いになっちゃったんだ。
警察が来たり、テレビの取材が来たりして狗守村は騒然としていた。
けれど光子は静かにしていた。ただ、何かを必死に探してたまに不安げに苛立ち、爪を噛んでいた。
「探しているんだ。これを」
不思議な夜を通して対峙した光子に似た化け物の記憶を忘れぬように、私は反芻する。
村では影井家が犯人扱いされて、疑心の目が向けられていた。憔悴した海美も影井家を睨んでいた。
けれども、葬式が執り行われ私はじっと献花を見つめていた。部外者の物もある。
私たちは世間からしたら可哀想な人たちになっていたから。
「海美?」
縮こまって震えている。それは人が死んだことに対しての恐怖ではなく、何かに怯え身を隠そうとしている仕草だった。
私の心の内でどす黒いものがもたげる。妹は隠している。何かを。
「海美。私に何かしたの。ねえ」
「お姉ちゃん!ごめんなさい!」懺悔にもならないぐらい錯乱して、妹は立ちあがった。
──私が視えている?
いや、彼女が見ているのは参列者のほうで…いきなり上がった悲鳴に葬式へ居合わせた者すべてが妹を見た。それすら意に介さず妹は一目散に弾幕へ飛び付く。幻覚から逃げる一心で。
「許して…怨まないで、わざとじゃないの!あの時カッとなって…わざとじゃなのいよお!お姉ちゃんのこと、嫌いじゃないもん!大好きだん!だからっ…!」
この期に及んで告白とは大した度胸だ。でも、おかげて私は思い出した。
何故私が命を落したのかが。
何故、犬塚沼で漂流したのか。
妹と取っ組み合いになり、石で殴られた。頭が割れた。血が流れた。
サスペンスのようには死なず私は咄嗟に妹の髪を掴みバランスを取ったはずだった。場所は近所の近くの桟橋で…妹を宥め、和解するはずだったのに。
いつの間にか喧嘩になり殴り合いにまで発展してしまった。なんて浅はか。私は態勢崩して沼に転落した。いいや、その前に──妹が私の頭をもう一度強く殴った。
蔑視と憎しみの籠った罵りで、肉親を殺した。
その瞬間妹は神からも地球上にある森羅万象から見放された。
「私を地獄へ落とさないで!」
壁にじり叫んだ妹は地獄へ吸い込まれるようにして私の視界から消える。まさか、地獄の門が開いたわけじゃない。弾幕の後ろに隠されていた窓から真っ逆さまに落ちていったのだ。
新たな惨劇に母親が悲鳴を上げた。
目の前で消えた娘を探すべく参列者たちが窓に駆け寄る。
悲嘆と悲鳴に混じって「ありゃもうだめだ。」と状況を伝える言葉が飛び込んできた。ああ。なんとひどいことを。
この世は無慈悲だ。
まるで罪滅ぼしをさせるのかのように、妹まで命を失わせるなんて。