南風美は死んだ
「お母さん…!」
ドアを潜ると久々に家族をみた。
蚊取り線香の匂いと人の文化が漂わすさまざまなものが放つ匂いが身に沁みる。ああ、なんて温かくてほっとするんだろう。
冷房もついておらず暑い。熱の籠ったリビングで通年行事のスイカが小分けにされ皿に乗せられていた。蠅避けもされず野ざらしにされていた。
その乱雑とした空間の中でぼんやりしている母を見つけた。服装も、顔も披露して乱れている。
「ねえ。お母さん」
母は何も答えない。ただ、私がチョゲの簡易な墓を見つめるようにスイカを眺めているだけだった。
「ごめんってば。いろいろあってさ迷ってたの。ねーえ、何か言ってよ」
空元気に笑ってみても母はぴくりともしなかった。
「ねえ…」
「ごめんなさいねえ。私があの日、スイカを届けてこいって言わなきゃ…今頃皆でスイカ食べてるはずだったのにねえ」
「え、うん。…ホントごめんってばぁー…」
何をいまさら。ビンタされて怒鳴られるぐらいの心配をかけたのに、何故母から謝られなきゃいけないのだろう?
再び沈黙に服してしまった母はとり憑かれたようにスイカを見つめていた。
テレビから間延びした平和な音楽と摩訶不思議な集団がなにやら騒いでいた。最近都会で流行っているという不思議な歌だ。確か…妹もCDをかけていたような。
「ねえ。海美たちは?どこにいるの?まだ家に帰ってこないの?」
「みつけたぞーっ!」
近所のおじさんたちの声がして、弟が弾丸のようにかけていった。──何を?
夜警団の人たちに導かれるように人ごみの渦に身を詰る。やじうまと化したご近所さんたちが口々に悲嘆を吐き、怯えている。彼らの視線を独り占めしているのは…。
「わたし…」
死人として地面に上げられた私だった。
犬塚沼の畔に。
「死んでる」と弟が呟く。それを耳にした父が決して見せなかったであろう涙を流した。
「…そ、そんなどうして」
妹が唇を真っ青にして後づ去っていく。肉親が死したショックで気を失い、ご近所さんに支えられた。「海美ちゃんが倒れた。早く家に運んでやってくれ」
「可哀想に…お姉ちゃんッ子だったもんなあ」