助けてやれなくてごめんね
あの朽ちたホームはあの日と変わらず、いや、そうじゃないとおかしいけれど雑草と廃材に占領されていた。
「あ…」
ホームをちらりと見てみると横にかかしが置いてあった。害獣避けのためのものにしても──悪趣味だ。
車掌の制服を着せるなんて。
あれは夜のなんちゃらというものだったのだ。我ながら恥ずかしいが夜目の効かない生物は夜に惑わせる。狐狸でもいたのだろうか。私は狐狸に踊らされて笑われていたのだろうか?
──山犬も人を化かすんだっけ。
詠子はいない。あれも化生が化けて見せていたウソモノだったのかもしれない。
摺りむいて血の出た膝を叩いてホームから降りる。そろそろ家に戻らないと、両親たちは疲労困憊してへとへとになっているだろうから。
「…」
薄明るくなったあぜ道の隅で嫌なものが転がっていた。そうみえた。夜明けだから―視界がよく見える。
虫の知らせとはこれをいうのか。私は何も考えられなくって塊の元へ駆けた。
久しぶりに見た若い緑の世界の中央で異質なものは土の上でぴくりとも動かなかった。
「チョゲ!」
獣たちの狂騒はこれが原因だったのか?
しんと静まり返った黎明の一角で血なまぐささの海に沈む獣の残骸があった。
「ひどい…」
惨殺死体といったほうが正しい。野山に住む獣が車や電車にはねられたでは済まされないおぞましい情景。同族にかみ殺され寸断された肢体は雑作もなく放られていた。
報復?シロクロの報復にあった?
例え二匹に勝てたとしても―死体の周りには山犬の足跡がたくさん残されていた。
血の海を踏みならした数多の気配が山の暗闇に逃れるように向かっている。こんなか弱い子を惨殺するなんて。
ネムフスキーは知っていたのだろうか?
チョゲが寄って集られ虐げられているのを知っていて、この私に知らせようとしていたのだろうか?
どうして早く行ってやらないんだと非難していた?それとも―彼らしく傍観していた?真相は、彼しか分からない。
「ああチョゲ…助けてやれなくてごめんね」
逃げてばかりいた、チョゲに面倒事を押しつけていた非常な私に嫌気がさしてくる。彼女は迷宮へ導き迷わせたとしても何も命の危機へ突き落すような非道な行いをしたわけではない。
何度か私を助け忠告をした。実際彼女が私を助けようとなどしていたとは断言できない。結局チョゲはチョゲなのだ。
冷たくなって血に濡れた姿態をかき集め畦道の隅へ埋めた。適切な弔いなんて知らないし、彼女へは花しか添えられなかった。添えて念仏を唱え歯を食いしばるしかできなかった。
最後までチョゲはチョゲでしかなくそれ以外を語らなかった。人面犬の経緯も、彼女の本当の名すら知らない。
私は「チョゲ」しかしらないのだ。
ぼんやりと蟻が血みどろの土へ興味を示したのを眺めいているとふと人の声音がした。これまた久しぶりだった。
ふとそちらへ目を向け人影を見つける。
山から顔を出した太陽がまぶしい。これまで生きてきた中で一番眩しくて痛い太陽の輝きに目を伏せるしかない。動いている人影がどんな人なのかも、可視できない。
何かお祭りでもしているだろうか?
何人もの大人が法被を着て駆けていく。夏だ。夏祭りの練習?
おのずと気になってよれよれとそちらへ向かう。人の流れに従いながら連れてこられたのは──私の家だった。
そうだった…失踪していたんだ。ずっと。