姉妹ふたりで
戯言に頭を痛めた放課後だったが。光子が「やっぱ明日用事できたら明日スイカもってきて~」などとメールをぬかしてきた。
しょうがない。
スイカは家族が好きなものの一つだ。一個帰ってきても怒らないだろう。
私だけスイカが嫌いだった。理由はあれど、どうしてそこまで嫌いなのかは分からない。
夏の遅い日没がそそくさと夜の帳を降ろし、辺りは既に夜闇に沈んでいた。狗守村は町と同規模の人口だが夜は暗いのだ。街灯も少ない。
畦道を歩いていればカエルの合唱がどこもかかしこからも湧いている。茂った稲が夜風にざわめく。どこか不気味だった。
いや、普段なら不気味に思わないだろう。
それは無人駅のホームステイションを煌々と照らしている街灯のせいだ。
白熱灯の白い浮いた光が私のほうまで手を伸ばし、田んぼに不規則な影をつくる。
山から下りてくる風によって稲田は波打ち、私の髪をなびかせるのがなんだか今晩はとても気色悪く思えた。
ただ友人のいえへスイカを一個。Uタウンして持ち帰っているだけなのに。
多分帰途にきいた他愛もない「噂」の影響に違いはない。ただそれに怯えてしまっている自分が情けない。けれどあまりにも今日は風が強い。
風の音は好きじゃない。悲鳴みたいな耳障りな音がすると背筋がゾワゾワするのだ。動物も風を怖がるという、私の感覚は動物に近いのだろう。
隣でもの言わずとろとろと歩いている海美へ目をやる。母親の頼みを嫌といえず姉とスイカを届けに向かわせられた。文句はあるだろうけれど、それを面と向かってぶつけられるほど気は強くなかった。
嫌なら嫌っていいなよ。やだよ、めんどくさい。一昔前の私たちだったら、なんの気なしに会話が成立したかもしれない。お互い思春期に突入してから口数も愛想も減った。幼い弟は無邪気にはしゃいだり、誰彼構わず話しかけるものだ。
幼さを羨ましがるけれど話題をふるほど社交性を身につけていなかった。
「あのさ」
「なに?」
「今日──」
「うわっ…やだ。誰かの悪戯?」
畦道の隅っこで首のない生物が転がっていた。トラクターに轢かれたのか、柄の悪い子供の悪戯か…血だまりから察するに多少生きて、殺されたのだろう。
惨い仕打ちを前に妹も息をのみ後ずさっている。
猫や狸が死んでいるのも見かけるもののこれまで残虐な死体はあまり目にかからない。夜の暗がりの中ぼんやりと浮かび上がる毛並みが生々しさを増していた。
「…埋めてあげる?」
「うーん…埋めるというよりは近くのおじさんかおばさんに伝えた方がいいかも。ほら、殺人って動物虐待から始まるって言うじゃない?」
テレビでみた知識をひけらかして私たちは近くの民家へあの死体のことを伝えに行った。偶然にもこの家はお偉い家の人で、異常な動物虐待を半信半疑で受け止めてくれたのだった。
「やっぱ埋めてあげようよ」
妹が死骸のほうへ目をやる。ふと、妹と会話をしている事態懐かしい行為だと気付く。いつぶりだろう。どこにでもある話で、私たち姉妹は会話もしなくなっていた。
「…そうだね」
証拠確認のためそのままにしようと思っていたけれど、もしかすると夜な夜な獣たちが「あれ」を食い散らかしてしまうかもしれないのだ。
埋めてあげたほうが村の平和も確保されることとなる。
おじさんがスコップと新聞紙やらを持ってきてくれた。若い娘二人が夜な夜な歩いているのも不自然であるし、少なからず酷い殺され方をされた獣を哀れに思ったのだろう。
畦道の隅っこに死骸を埋葬し、手を合わせる。結局アレがどんな動物かはわからずじまいだったけれど無念はいくばかりか晴らされただろうか?
偽善者めいた行動に妹は満足したようだ―それでいて残酷な場面を目撃しショックを受けているみたいだった。